第73話 受験のその後に
文化祭が終わってからというもの。
瞬く間に月日は過ぎて行った。
秋は受験勉強で忙しく、デート出来る回数もだいぶ減った。
ただ、そんな中でも、家で一緒に勉強出来たので辛くはなかった。
もっとも、古織に教えられることの方が多かったけど。
受験勉強の日々でも、クリスマス・イヴや年末年始には一息ついた。
クリスマス・イヴには、安い鶏肉を買ってきてパーティーをしたし。
年末年始は、古織の家に帰って、ゆっくり過ごした。
親父たちは、まだ少し気まずそうだったのが気がかりではあったけど。
ともあれ、お義父さんも親父たちの事を許したようで。
お正月には両家が集まって年始を祝ったりもした。
そして、さらに月日が過ぎて-受験の季節となった。
俺たちは、第一志望の東京工業大学に合格。
名前の通り、工学系の名門として知られている大学。
俺はといえば、手に職をつけるには、やはり工学系が良いだろうという判断。
古織は強い希望はなかったものの、俺に志望校を合わせるという形になった。
とはいえ、東京工業大学も結構な難関大学だったので、特に俺は必死だった。
だから、合格出来た時は、二人で抱き合って喜びを分かち合ったものだった。
雪華と幸太郎は神奈川県にある国立大学に合格。
二人の成績だと無難に行けるだろうと思っていたけど。
そして、合格から数日が経った夜のこと-
俺は、とあるモノを忍ばせて、少し緊張していた。
「美味しかった。ご馳走様、古織」
寒い冬の中。鶏肉と白菜を中心とした水炊き鍋だ。
安く済む上に、美味しいしヘルシーだし、手間もかからない。
とは、古織の談だ。
「お粗末さまでした。お茶、淹れるね」
いつものように、食後のお茶を淹れる様子は様になっている。
本当に、こんな風景がすっかり日常になったなあと感慨深い。
とはいえ、今日は、重要な日なのだ。
少し緊張する。
「はい、お茶」
お茶の入った湯呑みを古織が渡してくれる。
「サンキュ」
ズズッとお茶を飲む。温かさが身体中に広がってほっとする。
「あ、あのさ……」
机の下にブツを忍ばせつつ、話を切り出す。
「どうしたの?みーくん」
不思議そうな表情で首をかしげる古織。
「いや、あの。もうすぐ、結婚して一年になるよな」
我ながら、話の切り出し方が下手だ。
「なに?そんなこと考えてたの?」
「いや、まあ。色々あったよなって」
「うん。最初は、やりくりも苦労したよね」
「最初の月は、直前に泣きそうになってたもんな」
食費をセーブ出来ずに、ギリギリだった事を思い出す。
「あの頃の私とはもう違うよ?」
「わかってるって。今は俺が別に言う必要ないしな」
実際、古織も特に食費の面で色々安く済ますすべを取得したらしい。
どこのスーパーは肉が安いだの、見切り品だの。
食事については、古織に完全におまかせになってしまっている。
それに、掃除も。
「みーくんに手伝ってもらうより、私がやった方が早い」らしい。
俺も出来ることを、と思っていたけど片なしだ。
「で、さ。俺たちも結婚してもうすぐ一年経つわけだけど……えーと」
「うん?」
「いや、その、婚約指輪もまだ渡してなかったなって、思い出したんだ」
まあ、我ながら、順番が逆じゃないかと思うけど。
「みーくん、ひょっとして、机の下に隠してるのは」
それだけで、もう察したらしい。
さすがに鋭い。
「いや、なんていうか、順番が色々ちぐはぐだと思ったんだけどな」
隠し持っていた、婚約指輪のケースを机の上に置く。
「私たち、もう結婚してるのに、婚約指輪なんて」
「もちろん、結婚指輪は別に買うつもりだけどさ。ちゃんとしたかったんだ」
以前にさりげなく指輪のサイズは聞いたので、把握していた。
「ありがと。でも、婚約指輪、結構したんじゃ?」
ああ、やっぱり、そこ気にするよな。
「まあ、家計のこともあるし、貯金崩して二万円くらいのだけどな」
とはいえ、まだ貯蓄が多いわけじゃない。
俺にとってはそれなりの出費ではある。
「その、みーくんが嵌めてくれる?」
もっと緊張するかと思っていたけど、あっさりしたやり取り。
「ああ」
そう言いながら、俺も落ち着いて、彼女の指に婚約指輪を嵌める。
指を電灯にかざして、古織が何やらニヤニヤしている。
「ぷふっ。古織、結構、ニヤけてるぞ」
「それは、やっぱり嬉しいよ。たぶん、合格してからって思ってたんでしょ?」
「お見通しか」
伊達に長い付き合いじゃない。
「結婚指輪と……あと、式とか披露宴は大学入ってから、出来ればって感じだけど」
「それで十分だよ。そうだよね。私、お嫁さんなんだよね」
「やっぱり、俺たち高校生だしなあ。きっかけないと忘れそうになるよな」
だって、学校生活では、夫婦でも恋人でも凄く大きな違いがあるわけじゃない。
だから、こうした節目にでも、思い出せるのは気分がいい。
「だね。式も挙げたら、もっと実感出来るようになるかな?」
「どうだろな。そうなったらいいと思ってるぞ」
ただ、と。
「でも、夫婦であっても、そうでなくても、あの約束はずっと有効だからな」
「それは、私の方こそ。ずっと一緒に居るから」
小学校の遠い昔にしたあの約束。
思えば、あれが、やっぱり本当の始まりだったように思う。
「大学に入ったら、どんな生活が待ってるのかな?」
「俺もさっぱり。高校の頃より自由らしいとは聞いてるけど」
「私たち、帰宅部だったし、大学に入ったらサークルに入りたいな」
「俺も。古織はどんなサークルに入りたい?」
「うーんとね……」
未来の生活に思いを馳せた話し合いは夜遅くまで続いたのだった。