第70話 文化祭その2~嫁とメイド服~
矢沢と二人で文化祭の校内をしばしうろついた後のこと。
「じゃあ、メイド喫茶の方行ってくる」
「教室でいちゃつき過ぎるなよー」
「ああ。自重はするさ」
というわけで、古織が給仕をやっている様子をながめに、メイド喫茶へ。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」」
クラス女子が出迎えてくれたかと思えば。
「なーんだ、道久君か」
「なんだとは失礼な。一応、客だぞ」
「どうせ、嫁さんに会いに、でしょ」
古織ー、と教室の奥に向かって呼びかける声がする。
今はバックヤードか。
「ああ、みーく……お帰りなさいませ、ご主人様♪」
何故だか、手にハートマークを作ってのお出迎え。
はて。そんな仕草、事前準備ではなかったけど。
「これは、何かスペシャルなサービスで?」
「はい。特別なご主人様のために、です❤」
普段俺に見せるのとはまた違うスマイル。
これはこれで、楽しいかもしれない。
「早速、注文をしたいんだけど……ですけど、いいですか?」
一瞬、普段通りタメで接するか、お客として接するか迷ってしまう。
しかし、普通にタメでしゃべってたら、内輪でおしゃべりしてるのと変わらない。
というわけで、一応、丁寧な言葉で。
「ひよこピヨピヨオムライスがオススメですが、いかがですか?」
は?それは、あのメイド喫茶のものであって。
文化祭は、通常の「オムライス(ケチャップ文字付き)」だったはず。
しかし、よく見ると悪戯っけのある笑み。なるほど。
「では、それで。確か、ケチャップ文字を書いてもらえるんですよね?」
「ええ、はい。それはもう。ご主人様のために、特別サービスしちゃいます」
もう、俺との対応は完璧特別仕様でいくらしい。
古織なりに、最後の文化祭だから、特別感でも出したいんだろうか。
「どんな文字になさいますか?ご主人様。いえ、旦那様♪」
おいおい。なんか、古織が暴走し出したぞ。旦那様、とか。
しかも、意外にノリノリだ。でも、まあ。
それなら、付き合うのが夫というものだろう。
しかし、愛のメッセージというのも、大概言い尽くした感はある。
何かいいネタになるものはないだろうか。
と、そうだ。俺たちはまだ式を挙げていないのだった。
「「来年は結婚式をしような。古織」で」
「う……」
さすがに予想外のメッセージだったらしい。一瞬、フリーズ。
「では、その、お絵かきします、ね。ご主人様、いえ、旦那様」
おー。照れている。ふっふっふ。
ケチャップで文字を書いている間、古織はぷるぷると腕を震わせて、
とても緊張していた模様。
そして、文字を書き終えた古織はといえば、
「旦那様。その、メイドとして、そのような言葉をかけていただけるのは大変嬉しいのですが。どうか、場所を選んでくださいませんでしょうか?」
メイド古織としての苦情を真っ赤な顔で言い渡してきた。
周りの客もなんだなんだとこちらを見ている。
それに、クラスの奴らも「やりやがった……」という顔。
「せっかくの文化祭ですから。こういうのもたまにはいいものでしょう?」
俺は俺で素知らぬ顔で、やり返す。
「意地悪なご主人様ですね。後で覚えていてくださいね!」
「楽しみにしていますよ」
なんだか、即興でノリノリのお芝居をしている俺たち。
というわけで、客としての来訪を終えて廊下に出たのだけど。
「せっかくシフト離したのに、ぜんっぜん自重しなかったわね」
雪華が出てきて、睨んでくる。
「今日はお祭りなんだ。それくらい、いいだろ?」
「きっと、この事、後々まで残るわよ?」
「それもいい思い出だろ?」
「あんたに言うだけ無駄だったわね」
と、去っていこうとする雪華に向けて。
「あ、色々気を遣ってくれて、ありがとな」
「何のことよ?」
「準備とかで、だいぶ手伝ってもらっただろ?」
「私なりに、最後の文化祭を頑張りたかっただけよ」
「そっか。まあ、続きは打ち上げで」
さて、メイド喫茶を客として楽しむという目的は果たした。
そして、そろそろ俺もシフトの時間が近づいて来ている。
(たぶん、今度は古織の奴が来るんだろうなあ)
どんなお返しを用意してくるだろうか。
そんな事を楽しみにしている自分が居るのに気がつく。
まだまだ、文化祭当日は続きます。
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