第68話 祭の前とバカ夫婦
「「「お帰りなさいませ!お嬢様!」」」
燕尾服を来た男子たちが、台詞を復唱する声が聞こえてくる。
結局、メイド&執事喫茶になったため、男子たちも燕尾服を着て接客だ。
実は、執事喫茶にも取材に行ったのだが、執事らしくより丁寧な物腰が求められるらしい。男子たちも、腰を丁寧に折ってお辞儀をしている。
そして、一方-
「「「お帰りなさいませ!ご主人様!」」」
白と黒のクラシック(?)なメイド服を着た女子たちが、同じく台詞を復唱している。せっかくなので、男性客には出来るだけメイド女子が、女性客には出来るだけ執事男子が対応するというシステムになった。
人が出払っているときは……なんとかなるだろう。それにしても……
「どしたの?みーくん」
同じくメイド服を着た古織が俺の顔を覗き込んで来た。
「いや、古織のメイド服も似合うもんだなって」
古織の服は色々見ているけど、カチューシャをつけて、落ち着いた感じのメイド服に身を包んだこいつは、何かうまくいえないけど、ぐっと来るものがある。
「も、もう……!みーくんも、燕尾服、似合ってるよ?」
顔を赤らめて、お盆で少し顔を隠す仕草が可愛い。
「お、おう。そうか。ありがとな」
嫁に服を似合っていると言われて嬉しくないわけがない。しかし、燕尾服の似合うような長身イケメンじゃないしなあ。でも、古織の事だから本心だろう。
「まーた、やってるよ。あの二人」
「ほっときましょ?後の準備は私たちだけで出来るし」
通りがかったクラスメイトの生暖かい言葉に、はっと我に返る。
「準備に戻ろうか」
「そうだな……」
いよいよ、明日は文化祭当日だ。今日まで、それに向かって準備を続けていた俺たちだが、思わぬ副作用があった。日頃、見慣れないメイド服&燕尾服に、お互い妙にドギマギしてしまうのだ。
というわけで、たびたび、こんな甘ったるい雰囲気になるもんだから、クラスメイトも、完璧にスルーするようになってしまった。
「今日はまだいいけど、明日はそんな事にならないでよ?バカ夫婦」
雪華にそう言われても、グウの音も出ない。
「まあまあ。そのために、二人のシフトずらしたんだから、さ」
幸太郎は宥めに入ってくれるが、それもまた微妙だ。
「こいつらを同時に接客させたら、まずいと思う人、挙手ー!」
と先日仲良くなった矢沢が提案したのだ。そして、多数決で、俺と古織のシフトはずらされることになってしまった。まあ、準備期間中に何度も見られたんだから、いいんだけど、さ。
「でも、仕方ないだろ?そういう雰囲気になるものはなるんだから」
「そうそう。仕方ないんだよー」
夫婦揃って力説するも。
「あんたたち、結婚して、もう半年でしょ。なんで、急に初々しくなってるのよ」
「いや、なんか、たまになるんだって。京都旅行の時とか」
「ねー」
強いていうなら、第六感が反応したとでも言おうか。京都旅行のときもそうだったけど、普段と違うシチュエーションでこうなってしまうことがある。
「でも、ま。あんたたちのおかげで準備は順調だし。先に帰っても大丈夫よ?」
「いや、俺たちが責任者だろ。さすがにそれはな……」
「本番、ちゃんとやってくれればいいから。ほら、ほら」
雪華に強引に教室の外に押し出されてしまう。
「あいつなりの気遣いなんだろうけどな」
服のレンタルや人員の配置など、大まかな部分は俺たち二人が決める形になったし、実際、今日はもう俺たちの出番はないといえば無い。それに、俺と古織が居ないときは、既に雪華と幸太郎が指揮を取ってくれているし。でも、なあ。
「せっかくの文化祭前日だし、このまま帰るのも惜しいよなあ」
学校中皆が、祭りに向けて動いている、この、文化祭前日の雰囲気がとても好きで。しかも、俺達は高校三年生。そんな風景も今年最後だ。
「それじゃあ、どこか空いてる教室に移動しない?みーくんと二人で、準備の様子眺めるのも楽しいよ、きっと」
確かに、夫婦揃って、窓の外や廊下を眺めるのもいいかもしれない。
文化祭前日とあって、普段空いている教室も物品保管庫に使われていることが多かったりしたけど、いい具合に机と椅子で埋まっている教室を見つけて転がり込むことに成功。
「はい、みーくん」
椅子を引っ張り出して、古織が俺の前に置いてくれる。
二人揃って、隣り合って座って、ぼーっと窓の外を眺める。
「屋外の模擬店の準備は大変そうだなー」
「こっちと違って、火も使うもんね」
結局、我がクラスのメイド&執事喫茶では、火を使うものは家庭科室で調理した上で持って来て、その上で、ある程度作り置きしておく方針になった。時間が経った奴はレンジでチンという方式。
「……こういうのも、今年で最後なんだな」
夕日を西に見ながら、しんみりとした気持ちになってしまう。
「来年からは、大学の学園祭で、また、一緒にやろうよ?」
「もちろん。ただ、高校生活最後の大イベントだしな」
文化祭が終われば、行事らしい行事は終了。後は、受験勉強を残すのみだ。
「みーくんは、そういうところ、感傷的なんだから」
「……知ってるだろ?」
「うん。お義父さんとお義母さんが居なくなってからだよね」
ずずっと椅子を近づけて、こてんと肩を預けてきた。
こういうときに、何も言わずとも気持ちを察してくれるのはありがたい。
「ま、でも、今は古織が居るしな」
「……でも、なんとかならないかな?」
古織が言っているのは、俺の実の両親の事だろう。幸い、二人とも無事だったし、俺もわだかまりはない。ただ、お義父さんは未だに二人……特に、親父を微妙な目線で見ているし、親父達もどうにも気まずそうだ。
「考えてみれば、親父たちがあれからどういう生活してたかも聞けてないんだよな。まずは、そこからかもしれない」
「そうだね。文化祭終わったら、聞いてみよっか」
今はもうただ哀れにしか思えない二人だけど、それからを聞けば少し変わるだろうか。
「ま、湿っぽい話はこれくらいにして。イチャつくか」
「そだね。せっかく、皆が気を利かしてくれたんだし」
椅子を向かい合わせにして、お互いをぎゅっと抱きしめ合う。
「なんだか、変な感じ。京都旅行のときもだったけど」
古織のくすぐったそうな声。
「だよな。なんか、無性にこうしたくなるっていうか」
皆が文化祭の準備をしているのを尻目に、こうして、二人で抱き合っている。
それが、少し後ろめたくて、でも、少し楽しい。
お互いを離した後は、深い深い口づけ。
物置きになっている部屋だ。誰も来ないだろう、と。
でも、気がついてしまった。
「ちょっと、なんか、興奮、して来た、んだけど」
目をうるませて、何かを懇願するような声。
「落ち着け、落ち着け。ここ、教室の中だぞ」
「そ、そうだよね」
「そういうのは、家に帰ってから、な」
「う、うん」
さすがにいくらバカ夫婦と言われようと、それくらいの節度はある。
ただ、どうしようもなく気持ちが盛り上がっているのは確かで-。
「今日は、もう、帰るか。続きは家で、な」
「う、うん。家で、ね」
お互い目を見合わせてうなずく。さすがに、明日になる前に色々発散させないと何かまずいとお互い思っているんだろう。
結局、二人揃って一足先に下校する最中のこと。
「そういえば、ふと、思ったんだけどさ」
「どしたの?」
「古織もメイド服着て、「お帰りなさいませ!御主人様!」やるんだよな?」
「そうだけど?」
「いや、なんか、その様子を想像すると、色々とな……」
別に、盗られるとかそういうわけではないのはわかっている。
しかし、どうにももやもやとする。
「ひょっとして、独占欲?」
「どうもそれっぽい」
「んふふ。お嫁さんとしては、ちょっと嬉しいかも」
古織としては、男子に嫉妬してくれるのが嬉しいらしい。なんだか、ご機嫌だ。
「でも、みーくんも、「お帰りなさいませ!お嬢様!」ってやるんだよね?」
「まあな」
「少しモヤモヤしてきた……」
急に瞳に暗い炎が灯った気がした。
「それこそ、別に盗られるとかないだろ」
「みーくん、女の子相手にガツガツしないから、意外と評判いいんだよ?」
「だとしたら、古織のおかげだろうな」
いつも近くに、こんな彼女……いや、嫁がいるんだし。
今更、女子相手にどうこう思ったりはしない。
「でも、やっぱりモヤモヤする」
「なんだよ。古織も独占欲か?」
「そ、そうだけど?」
「旦那としては、嬉しい気分だな」
やはり、嫁が妬いてくれるのはいいもんだ。
「とにかく、明日までには調子もどそうな?」
「そ、そだね。でも、コスプレで……はナシだよ」
「マジツッコミすると、明日からの文化祭で困るだろ」
「みーくんなら、その場の勢いでしかねないもん」
「それ言うなら、古織の方こそしそうだぞ」
正直、4:6くらいで古織がそういう事に積極的な事は多い。
「さっさと帰ろうか」
「うん。なんか、私たち、ダメダメだね」
と言いつつも楽しそうな古織と二人して帰ったのだった。
結局、その夜は色々盛り上がってしまった。
さて、何やら盛り上がってしまった二人の図でした。
次は、たぶん(?)文化祭当日です。
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