第66話 バカ夫婦と放課後のカラオケ
前話で盛り上がったノリのまま、放課後のカラオケに行く一同。
「カラオケなんて久しぶりだよなあ。結婚してからは初めてじゃないか?」
「うん。なんだかんだ、行く機会がなかったよね」
結局、あれから盛り上がった有志十名でカラオケ店へ向かう道中である。
「あんたたちの結婚前は行ってたわよね。夫婦の邪魔しても悪いと思ってたけど」
「久しぶりに行くのもいいものだね」
雪華と幸太郎がうんうんとうなずく。
そういえば。
「なんか、付き合いが悪くなってたと思ったけど。気遣いだったのか」
「別に、普通に誘ってくれても良かったのに。水臭いよ」
二人の気持ちはありがたく思うけど、やっぱりそんな感想が思い浮かぶ。
「そうね。恋人ならともかく、夫婦なら色々あるんじゃないかと思っちゃって」
「もちろん、家事とかやりくりとか、やることは増えたけど、大丈夫だよー」
「そうそう。受験勉強の方がよっぽど時間使うって」
正直な感想だ。別に二人きりの時間が減ったという感じもしないし。
「なあ、実際問題、結婚生活ってどんな感じなんだ?興味あるぜ」
後ろから声をかけて来たのは矢沢。
去年も同クラで、バスケ部所属の、長身な体育会系な奴だ。
親しい仲じゃないけど、爽やかという印象がある。
「そうだな……しかし、矢沢は確か彼女持ちじゃなかったか?」
「彼女と嫁だと、さすがに全然違うだろ。ちょっと憧れるんだよな」
憧れる、か。確かに、同年代の奴にとっては、お付き合いの先にあるものだし。
「といっても、わざわざ、言葉にして考えた事があんまないんだよなあ」
「一緒のお布団で寝起き出来るのは、恋人だった時と違って、新鮮、かも」
「ちょ、古織。なんてネタ振りするんだ」
「だって、真っ先に思い浮かんじゃったんだもん!」
言ってから、相当に恥ずかしい事に気づいたらしい古織だ。
「それ、正直羨ましいな。雰囲気盛り上がっても、彼女んとこも門限あるし」
何か、しみじみと言った様子の矢沢。
「すっごい意外なんだけど。矢沢って、いっつも爽やかなイメージだったし」
「道久も男ならわかるだろ。お泊りはロマンなんだよ!」
「わかるっちゃわかる。半分だけどな」
「半分ってどういうことだよ?」
「言ったろ。古織の家に引き取られたから……」
その先は、少し言葉を濁してしまう。
「つまり、結婚前から実質、同棲状態だったわけか。有罪だ、有罪!」
「しかしなあ。小学校の頃からだぞ?同棲なんて意識なかったっつの」
「意識がない辺りが、さらに罪深いぞ。どうせあれだろ?今も、「あなた、ご飯にする?お風呂にする?それとも……アタシ?」とかやってるんだろ?」
矢沢とはあんまり親しく話したことはなかったが、案外ノリがいいんだなあ。
「そんなテンプレぽいやりとりはしないっての。な、古織?」
「みーくんの方が恥ずかしい話、振ってこないでよう」
「もう、今日は開き直ろうぜ。たまにはいいだろ」
なんとなく、こんな光景が嬉しくて、ハイになっているのかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて。実際問題、どんな感じなんだ?」
「そうだなあ。やっぱ、古織はすっごい尽くしてくれるんだよ」
「尽くして!?や、やっぱ、ご奉仕とかそういうのか?」
「みーくん?」
何やら話が盛り上がって来たところに、嫁からのストップがかかる。
視線は、「睦事のことは話さないでね?」と雄弁に語っている。
「悪い。そこら辺は、さすがにストップで。でも、そうだな。料理も洗濯も、その他の家事も引き受けてくれて。料理も、予算の制限があるのに、色々工夫してくれて。正直、二度とこんな出来た嫁は出会えないと思ってるぞ?」
「も、もう。みーくん。でも、みーくんだって、やりくりするために、色々手伝ってくれてるんだし。お互い様だよ」
「いやいや、古織の方がよくやってくれてるよ」
「みーくんの方が……」
などと、お互い、嫁が、旦那が、いかに良いかを言い合う俺たち。
ふと、周りがシーンとしているのに気がついてみると、同行してるクラスメイトたちの視線が、生暖かいものだったり、恥ずかしくて目を背けてたり、興味津々なものに変わっているのに気がつく。
「お前ら、教室でもバカップルだったけど、想像以上だったんだな」
呆れてるのか何なのか。でも、矢沢は不思議と楽しそうだった。
「だから、この子たちは、バカップルじゃなくて、バカ夫婦なのよ。矢沢君もよくわかったでしょ?」
さんざん、俺達の関係を「バカ夫婦」と称している雪華。それみたことかと言わんばかりだ。
「俺も彼女の事は好きな自信があるが、お前らには及ばないな。敗北だ……」
「勝手に敗北宣言されても困るっつの」
「そ、そうだよ。それに、バカップルなんかじゃないよ!?」
単に、お互いが好きなだけなのに、バカップルだのバカ夫婦だの。大変遺憾だ。
その様子に、今まで遠慮気味だった、他の奴らも積極的に話に絡んできて、カラオケに行く前だというのに、大盛りあがりだった。
◇◇◇◇
「じゃあ、まずは、工藤夫妻の結婚を祝って。カンパーイ!」
「「「「カンパーイ!」」」」
こういう場に慣れているのか、矢沢の奴がいつの間にか場を取り仕切っていた。
「で、早速だけど、夫婦でデュエットしてもらおうか。曲は入れておいたぜ」
「おお!夫婦でデュエット!聞いてみたいー!」
「早く、早く!」
もう完全にデュエットしないといけない流れだ。
「ま、仕方ない、か」
視線で合図を送る。
「そうだな。やろっか」
同じく、視線で合図が返ってくる。
曲は……『たんぽぽ』というものだ。
初見だけど、きっと、夫婦にちなんだ曲なんだろう。
「~~♪」
「~~♪」
幸い、曲はスローテンポなものだったので、歌うのには苦労しなかった。
でも、幸せの誓い、か。それは、俺達にとっては、あの日から始まったものだったけど、心に染み渡る良い曲だった。
聞いているクラスメイト達も、だまって、静かに聞いてくれている。
「道久も古織ちゃんも歌、上手いなー。よく歌ってるのか?」
「いやいや、初見。テンポがゆっくりだから、いけただけだ。な?」
「うん。でも、結構、いい曲だよね。歌ってて、ちょっと感動しちゃった」
歌い終えて、なんだか、清々しいような、暖かいような気持ちになる。
「ほんと二人とも仲良しなんだね。息ぴったりだったよ」
クラスメイトの女子の一人が反応する。
「ま、まあ。仲良くして来たつもりだけど」
「そこまで言われると、照れちゃうよ」
思えば、俺たち二人とも、どこか、世間一般とは外れていた。
疎外される事こそ無かったものの、雪華たちを除けば、こんな風なムードになったのは初めてだった。
「で、次は矢沢。お前も、歌え。彼女持ちのお前に合うように、ミスチルの『しるし』入れといたから」
『しるし』は、やはり、恋人同士の愛の歌だ。恥ずかしい思いをさせられたんだから、これくらいやり返してもいいだろう。
「ちょ、おま。なんて曲を……」
「お互い様だろ」
「まあ、仕方ない。でも、歌は下手だから、勘弁してくれよ」
「そんなの気にしないっての」
そして、矢沢の歌が始まる。俺よりも声が低い矢沢だが、歌い慣れてる。
大盛りあがりした宴は、二時間余り続いて、解散となったのだった。
◇◇◇◇
皆での帰り道。
「今まで、矢沢のこと、あんま知らなかったけど。案外、普通だったんだな」
「人の事、どんな目で見てたんだよ」
「いや、体育会系とは縁無かったからなー。ウェイ系じゃないかとか思ってたよ」
「どんな偏見だよ。俺もバスケ部では、体育会系ノリは好きじゃない方だけどな」
「そりゃ意外だな。むさ苦しい青春送ってるんだろうなーとか思ってた」
「俺はバスケは楽しめれば十分派なんだよ。大会とかどーでもいい」
「そっか。矢沢とは仲良くなれそうな気がするな」
「なーに、恥ずかしいこと言ってるんだよ。ま、悪い気分じゃないけどな」
違うグループでも、気の合いそうな奴がいるんだな、と少し感慨深い気持ちだ。
見れば、古織のやつも、いつもあまり話さない女子と楽しそうに話している。
ほんと、こういう機会を設けてくれた事に感謝だ。
と、分かれ道にさしかかった。そろそろ、名残惜しいけど、お開きか。
「皆、今日はわざわざ俺たちのためにありがとな。楽しかった」
「うん。ちょっと、披露宴気分だったかも」
夜の繁華街で、少しだけしんみりとした気分で話す。
「ま、それはともかく。明日から、文化祭の準備、一緒にやってこうぜ」
「夫婦ともども、よろしくお願いします」
二人で頭を下げる。恋人の時は、ありえなかった光景。
こうして、盛り上がった放課後のカラオケパーティーは解散となった。
「明日から、文化祭の準備、頑張ろうね」
市川駅からの二人だけの帰り道。
もう午後八時を回っている。でも、こうして当然のように二人で歩いているのも夫婦ならでは、か。
「ああ。古織のメイド服も楽しみにしてるぞ」
「も、もう。露出高いのはナシだからね?」
「しないって。可愛い感じのを着てもらいたい」
「みーくん、コスプレ趣味があったんだ……」
「男としては夢だろ」
「あんまり変なものじゃなければ、着てあげる。文化祭に限らず、ね」
恥ずかしげにつぶやいた古織の言葉は、旦那のためにコスプレをしてあげてもやぶさかではないということ。
「じゃ、古織に似合いそうなメイド服、探しておくから」
「うん、お願い」
夜の街灯に照らされた中、そんな何気ない会話を交わしたのだった。
次話から、いよいよ文化祭準備(=メイド喫茶の準備)回やってきます。
文化祭編が終わったら、いよいよ、終盤にさしかかるので、このまま突っ走っていきたいです。
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