第64話 メイド喫茶取材デート(後編)
「ええと、千葉の市川辺りなんですが」
「ですから、どこから帰宅されました?」
最初、何を言われてるのかさっぱりわからなかった。
しかし、周囲のお客さんの様子を見ていると、
「ちょっと火星に行ってたんだ」
「じゃあ、銀河鉄道でございますか?」
「ああ、長旅だったので、ほっとしてるよ」
なるほど。そういうノリか。
つまり、「設定」を話せという。
あと、「ごっこ」なせいだろうか。タメでもいいんだな。
「みっちー君と私は、違う世界線に行ってたんだよ、ね?」
幸い、古織が助け舟を出してくれた。しかし、世界線か。
夏休みに一緒に鑑賞したシュタゲネタだな。
「γ世界線は本当、大変だったよな。何度も死にそうになるし」
「そうそう。ω世界線は、人間関係丸ごと変わっちゃってるし」
「ご主人様とお嬢様は随分と長い旅をされて来たのですね」
「ああ、ようやく、家に帰ってきたんだって感じるよ」
「私を助けるために、何度もループしてくれてありがとう、みっちー君」
「幼稚園からの付き合いだからな」
アドリブで適当にそれっぽいネタを放り込んでみる。
「ご主人様とお嬢様は、幼馴染だったのですか?」
「そうそう。ほんとに、長い付き合い。ね、みーくん」
「だな。古織と結婚まで行くとは思ってなかったけど」
って、あ。素で話してた。さっきの「幼稚園からの付き合い」
からのネタフリだったのに。
見ると、メイドの「ミュー」さんが気まずそうだ。
「あ、すいません。つい、リアルの話が普通に出てしまって」
「新米メイドの身ですが。ご結婚、おめでとうございます」
切り替えが早い。そういう設定で行くらしい。
「あ、ああ。これから、ここが俺たちの新居になるかと思うと感慨深いよ」
「ねね。子どもは何人作ろうか?男の子?女の子?」
「俺は上が女の子で、下が男の子がいいな」
「私も、私も。兄妹育ててみたいー」
「設定」なんだけど、半分以上は事実でもある。
適当なノリでいい加減な事を喋れるのは案外楽しい。
「では、お食事をお持ちしますので、しばらくお待ちください」
といい感じで会話を切り上げて、メイドさんは戻って行った。
「意外と面白いな。なりきりっていうのか」
「うんうん。でも、子どもは兄妹がいいって、あれ、単なる設定?」
興味深々という顔で見つめてくる古織。
「ちょっとは本音入ってた。古織はどうなんだよ」
「わ、わたしも、ちょっとだけ、本音入ってたよ」
うーむ。こそばゆい。でも、深く掘り下げるところじゃないか。
と話していると、先程のメイドさんが戻ってきた。
これ、同じメイドさんが出来るだけ担当するシステム?
「『えびちゃんとサーモンくんのマリン丼』をお持ちしました、ご主人様」
と言って、出されたのは、要は海老とサーモンの海鮮丼だ。
普通そう、という事で頼んだのだ。
「あ、こちらは、「ぴぴよぴよぴよ♪ ひよこさんライス」です。お嬢様」
また、別のメイドさんが古織の頼んだのを運んできた。要はオムライス。
さすがに、二人への対応を一人のメイドさんだけがやるのは無理か。
ちなみに、名札には「シータ」とついている。由来はなんだろう。
「好きな言葉を刻めますよ。いかがなさいます、お嬢様?」
「好きな言葉、かあ……」
数秒の間、思案顔になる古織。
少し、赤くなったり、恥ずかしそうにしてるけど、何考えてるんだか。
「じゃ、じゃあ。「みーくん、だいすき」で」
「え」
お前、よりにもよって、なんて恥ずかしい言葉を……。
「はい。「みーくん、だいすき」でございます、ね」
一瞬動揺した様子の「シータ」さん。しかし、そこはプロか。
立ち直りが早い。
手慣れた様子で、オムライスの上に、「みーくん、だいすき」
という言葉がケチャップで描かれていく。
嬉しいやら恥ずかしいやら。見てる古織も、なんだか様子がおかしい。
「うぅ」とか「あぁ」とかうめき声を漏らしているし。
わかってるならやるなよ、とは言えない。嬉しいし。
「では、お料理をもっと美味しくするために、魔法の呪文をかけさせていただきますね。お嬢様もご主人様も、手をこのようにして、「萌え萌え、キュンキュン」とおっしゃってくださいね」
と、手でハートマークを作りながら言う、メイド「シータ」さん。
なんだよ、それ。でも、ごっこだ、ごっこ。
「萌え萌え、キュンキュン」
「「萌え萌え、キュンキュン」」
二人で揃って、メイドさんに続いて復唱する。
これ、夫婦だからともかく、独り身で来てる人たち、どんな気分なんだろう。
「追加で、注文いいですか?「ぴぴよぴよぴよ♪ ひよこさんライス」をもう一つ」
「はい。大丈夫ですよ」
さっきの「みーくん、だいすき」を見て、俺も思い浮かんだ事があった。
「みーくん、ひょっとして……」
「羞恥プレイやるなら、いっそのこと、俺もって思ってな」
「そっか」
出された食事に手もつけずに、しばし、二人して黙り込んでしまう。
同じように返してもいいんだけど、少しだけ捻ってみるか。
例のオムライス(仮)を運んで来たメイドさんに頼む。
「文字は、「あいしてる、こおりちゃん」で」
「そうですか。仲が良くて羨ましいですね」
さすがに、カップルで愛のメッセージを送り合っているのに気づいたのか。
一瞬だけ、メイドさんが素で喋っていた。
こうして、残されたのは、
「みーくん、だいすき」と描かれたオムライス。
それに、「あいしてる、こおりちゃん」と描かれたオムライス。
あとは、海鮮丼(仮)だ。
しかし、冷静に考えて、とんでもないことをしたことに気づく。
「なあ、俺たち、一応、文化祭のために取材で来てるわけだよな」
「う、うん」
「この料理、写真に撮って、クラスの連中にシェアするんだよな」
「う、うん。そ、そうだね」
古織もようやく、遅まきながら、何をやらかしたのか理解したらしい。
「クラスの奴らに絶対、囃し立てられるな」
「うう。少しだけ、後悔……」
とはいえ、料理の写真を見せないわけにもいかないだろう。
ケチャップ文字が目立たないようにと角度を変えてみるが、どうにも無理だ。
諦めて、この羞恥プレイ状態のオムライスを撮ったのだった。
でも、こうなりゃヤケだ、ヤケ。
「なあ、追加料金払えば、たぶん、ツーショットもオッケーだよな」
「まさか、みーくん」
「取材だ、取材。アレもアップするんだから、似たようなもんだろ」
「もっと、恥ずかしいんだけど。わかった……」
顔から湯気が出るんじゃないろうかという状態の古織。
きっと、俺も顔から湯気が出ているだろう。
そう思うくらい、恥ずかしい。過去最大級の恥ずかしさだ。
こうして、俺達のツーショットに、メイドさんも交えた三人の写真。
あと、恥ずかしさたっぷりの料理写真。
そんな、後で身悶えしそうな歴史が作られたのだった。
「「行ってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様」」
会計を終えると、メイドさんたちのそんな声が響く。
そうか。来店が帰宅なら、帰るのは、家を出ることなんだな。
「なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい思いした気がするぞ」
ビルを出て、ようやく平常モードに切り替えると、疲れがこみ上げてくる。
「みーくんも、なんだかんだ楽しんでたと思うけど?」
「まあ、な。でも、なんだ。今夜は滅茶苦茶意識しそうだ」
「う、うん。私も」
なんとなく、京都に新婚旅行に行った時の、あの妙な雰囲気になっている。
この状態になると、なかなか収まらないんだよなあ。
「なあ、帰ったら、思いっきりイチャイチャしたくなってきたんだが」
「私も。今、他の事が考えられないし」
取材デートのはずが、とんだ結末に終わってしまった。
でも、まだまだ新婚なんだし、こんなデートもいいか。
クラスの連中の反応は、今は考えないようにしよう。
甘々な取材デートをこなした二人でした。文化祭編、続きます。
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