第48話 色々な職業を調べてみた
将来の夢というのを考えようということで、夕食の後、二人して共用のパソコンに向かう俺たち。
「小説家、漫画家、プロ野球選手、声優、俳優。この辺りはよく聞くよな」
「みーくんは昔、腕一本で食っていくのが夢だとか言ってたよね」
「小学校の頃だっけ。あの頃は、職種とかよくわかってなかったしなあ」
あまり認めたくはないが、フリーランスで生計を立てていた親父の事が頭の隅にあったんだろう。
「で、古織は……お嫁さん、だったか。小学校の作文の授業で言ってたよな」
その光景が今実現してしまっているのだけど。
「もう忘れて!それに、叶っちゃったし」
「ま、お嫁さんなんて職業はないしな」
「その物言いはどうかと思うよ?」
「いや、冗談だって、冗談。他には……色々あるなあ」
クリックしてページをめくると実に多種多様な職業があるのがわかる。
「プログラマーとか適当なイメージだったけど、Webプログラマー、ゲームプログラマー、システムエンジニア、ネットワークエンジニアとか色々あるんだな」
「今、私達が使ってるこのアプリも、誰かが作ったものなんだよね」
「ちょっと実感わかないけど、そうなんだろうな」
まさに、パソコンでアプリを起動させながら言っているととても奇妙な気分になる。
「美術スタッフ、って、スタッフロールとかでよく見るよね。何をやるのかな?」
「舞台装置とか小道具を作るとか書いてあるけど、裏方って感じがするな」
「でも、作った小道具が大ヒット映画で使われてる、とか素敵だと思うな」
映画好きな古織は、普段見る映画に使われている色々を思い浮かべているんだろうか。
どこか、思い入れの籠もった声だ。
「映像カメラマンって、ああなるほど。普段見てる番組もカメラマンが撮ってるんだよなあ」
「ね。ニュースもドラマもバラエティも、カメラマンさんが後ろにいるんだよね」
「なんか、めちゃくちゃ疲れそうだよな。視点がグリグリ動くし」
テレビの映像を見ているだけでも、ああいう「見栄えのする映像」を撮るのは大変そうだなと想像できる。
「映画監督は憧れるけど、とっても難しそう」
「ヒットした映画とか、一部だもんな。売れない人とかどうしてるんだろうな」
一緒に見に行って、つまらないと思った映画にも裏には苦労した監督さんが居るのだろう。
「もうちょっと、手堅いのだとどうかな?地方公務員とか、安定してるって聞くけど」
「でも、区役所に行っても、なんかだるそうな人多くないか?」
「みーくん、それは偏見だよ」
「悪い。でもさ、最近、公務員叩きとかニュースになってたろ」
「あれ、可哀相だったよね。必死に働いてるのに、「税金泥棒!」とか」
ツイッターでトレンドになっていた、公務員叩きの数々を思い出す。
身を粉にして働いてくれている人たちは凄いと思うけど、標的にはなりたくないな。
「翻訳家ってちょっと興味あるかも」
「訳:なんちゃらさんってあるよな。英語力は要りそうだけど、案外古織向きかもな」
「そうかな?」
首を捻っている古織だが、実感がないらしい。
「おまえ、高校でも英語力トップクラスだし、よく、英語のページそのまま読んでるだろ」
「でも、まだ、読むのに時間かかるよ?」
「いやいや、普通に読めるだけでも凄いって」
俺が英語のニュース記事渡されたら、絶対途中で挫折する。
「みーくんは、お金を扱うお仕事はどう?公認会計士とか、税理士とか」
「そういえば、親父がよく税理士さんとやり取りしてたな」
当時の俺には意味がよくわからなかったけど、今なら前よりはわかる気がする。
「でも、別に趣味が節約ってわけじゃないしなあ。資格あれば安泰そうなイメージだけど。それに、今の勉強がつながる気がしないんだよなあ」
高校の授業でお金の取り扱いについて学ぶことはないわけだし。
「言い出したら、ほとんどの授業がそうだよー」
「そうなんだけどな。理系の話は好きだから、研究者は憧れるな」
「博士号取得が最低要件って書いてあるよ」
「博士って……学部含めて最低9年か。お金で苦労しそうだ」
大学、大学院とお義父さんに金銭的負担をかけ続けるかと思うと、少し心苦しい。
「みーくん、お父さんに負担かけるかもって心配してる?」
表情から読んだのだろうか。気遣わしげな表情。
「そりゃな。大学までは仕方ないとしても、それ以上は気がひけるさ」
「お父さんは気にしないと思うよ?」
「それはわかってるんだけどな。古織の家を継ぐって道もあるよな」
お義父さんはうるさく言ってこないから、つい忘れそうになってしまう。
しかし、古織の実家は会社を経営してるのだ。
「みーくんのしたいことが、お父さんの後を継ぐことならいいけど……」
「お義父さんの会社って内容よく知らないんだよな。調べてみるか」
古織の家の会社名を打ち込んで調べてみる。
「へー。学校とかオフィス向けの掃除道具とか、ベンチとか、マットとか作ってるんだな。さすがに、うちの高校の……はないか」
「でも、見て?このベンチ、中庭にあるのとそっくりだよ!」
人差し指の先を見ると、確かに何やら見慣れたデザインのベンチがあった。
「マジか。意外なところで、お義父さんの会社、関係してたんだな」
そうなると、俄然興味が湧いてくるな。
「他には、と……」
裁判官、弁護士、検事など法律関係の職業。
医師、看護師、薬剤師、助産師など、医療方面の職業。
果ては陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊まで。
色々な職業の概要をぱらぱらと見てみた。
しかし、具体的なイメージが湧かないのも多くて、決定打に欠ける。
「なんかさ」
「どしたの?」
「いや、先に大学行っとけって言われる理由がわかった気がする」
「うん。今すぐ選べって言われても無理、だよね」
達した結論は実に陳腐なものだった。
「古織の家を継ぐってのは、割と真剣に考えた方がいい気がして来たけど」
「お父さんは、「まずは大学出てからにしなさい」って、きっと言うよ?」
「だな。あとは、選択肢の広い大学とか学部行っとくくらいか」
結局、イメージが浮かばなければどうしようもない。
将来の夢、と言っても、子どもの頃のように簡単に一言で言えない。
そんな現実を思い知る俺たちだった。
「結局、受験勉強真面目にやれって結論に戻って来ちまうな」
「なら、やっぱり、塾とか予備校も考えてもいいんじゃないかな?」
「それは……やっぱ、お義父さんに負担かけるし」
「みーくん、そういうところは頑固だよね……」
どこか諦めたように言いつつ、それでも古織は何か言いたそうだった。
おおかた、お義父さんに遠慮し過ぎってところだろうけど。
でも、そう簡単に頼るわけにはいかないのだ。
一度甘えたら、どこまでも甘えてしまいそうな気がするから。
色々な職種を調べてみたけど、決定打がないという、とても現実的な結論になった二人でした。




