第46話 読書少女の新作小説と俺達の家庭
さて、読書少女兼物書きさんである橘と話すようになって数日後の朝。
「というわけで、例の小説の第1話、下書きが出来たんですけど、見てもらえますか?」
そう言って、iPadを差し出してきた。
幸太郎と雪華が見ていないところで、ということで、空き教室を指定したのだ。
「おお!これ、iPad Proだよな。高級品だ……」
「ほんとだ。橘さんって、これで執筆してるの?」
小説より先に、タブレットに興味津々の俺たちである。
それもそのはず。iPadのハイエンドモデルであるiPad Proを持ってきたのだ。
同級生でiPadを持っている奴はいるが、Proは初めて見た。
「ええ。専用キーボードもあるので、パソコンの代わりにもなりますし」
「確か10万円超えたよな。うちだとちょっと買えないな」
「みーくん」
「っと悪い。で、小説だったか」
カキヨムの下書き画面に表示されたタイトルは、
『交際して5年。ゴールインした幼馴染な彼と私は、ワンルームで世知辛い結婚生活を送ります!』
というものだった。
「なんか、割とそのまんまだな」
というのが第一印象。
しかし、ネット小説の例に漏れず、長文タイトルだけど……うーん。
「橘さん。世知辛い、っていうのは、私たちが節約してること?」
古織も同じ事を感じたのか、疑問顔だ。
「お二人が普段話しているのを聞いていて。問題あるようだったらやめますけど」
「いや、別にそれはいいんだ。どうせ、クラスの奴らは皆知ってるだろうし、な」
「うん。時々、差し入れまでくれるし」
節約生活をしている俺たちを応援しているのか、なんなのか。
時折、「少しでも食費浮かせて」と言ってクーポンを渡されたり。
「お祖母ちゃんから漬物が送られてきたんだけど、おすそ分け」とか。
何かしら物を恵んでくれる奴らが結構いる。
正直、現状で生活出来てるので、やり過ぎ感があるんだけどなあ。
まあ、厚意を無下にも出来ないしで、結局受け取っているんだけど。
「まあ、読んでみるか」
主人公、竹下節子には幼馴染がいた。
名前は草薙慎二。優しくて、長身のイケメン。
中学校の時に、ふとしたきっかけで付き合うことになった二人は、大学生になってゴールイン。
しかし、貧困家庭に生まれた二人は、ろくに仕送りも期待出来ない。
バイトでお金を稼ぎ、節約に勤めながら、世知辛くも幸せな暮らしを始める、と言った内容だ。
「内容が、妙に現実的な感じっていうか。生々しいな」
というのが第一印象。
「ええ。さすがに、高校生で結婚だと、盛り過ぎかな、と……」
少し小さな声で言う橘だが……。
「橘。それ、俺達に喧嘩売ってるのか?」
ちょっとイラっと来た。
「いえ、そういうつもりでは。ただ、あまり聞かない話ですし」
「まあいいか」
俺たちも自覚してはいるのだ。あんまり聞かない話だということは。
主人公である慎二君のバイトは、ホームセンターでの接客業。
「なんで、ホームセンターなんだ?」
「いえ。お父さんが昔、ホームセンターでバイトしてたことがあったんです」
「なるほど。経験を生かした描写をしたいと」
書き手というのも、設定一つでも色々考えるんだな。
一方、幼馴染の節子ちゃんのバイトは、シナリオライター。
ソシャゲのシナリオなどを請け負っているらしい。
「橘さん。シナリオライターっていうのは……」
「さすがにネット小説家だと現実味がないですし、シナリオライターだと丁度いいかなと」
「でも、そんなアルバイトがあるんだね。初めて知ったよ」
「お父さんの友達に、副業でやってる人がいるんですよ」
なんともはや。
「しかし、ちょっと凝りすぎじゃないか?そんな設定、あんま気にして読まないぞ?」
「でも、書く以上、設定は凝りたいんです!」
「ま、まあ。色々あるよな」
これ以上触れてはいけないと俺の直感が判断している。
要は橘は設定にこだわりたい奴なんだろう。
時折、「ここまで読まないって」という設定まで書き込まれた作品を見ることがある。
橘もそういう人種だということだ。
さらに読み進めて行く。二人の新居はワンルームの、二人暮らしには狭い一室。
なるほど。これがタイトルにつながるわけか。
「なんか、俺達が滅茶苦茶恵まれてる気がしてきたな」
「2LDKだもんね、私達」
オール電化で、調理器具もIHクッキングヒーターのみ。
食器類を置く場所も非常に限られている。
「うーん。マジで世知辛いな」
この環境だと、自炊するのにもかなり工夫が必要そうだ。
案の定、食器類はそれぞれコップと大皿一つのみ。
食事は炊いたご飯に、焼くか炒めた、もやしや鶏肉がおかず。
大学生活だと、友達と外食に行くにもお金が必要ということで、
節約した分を交際費に当てているらしい。
「世知辛いを極めてるな、こいつら」
「私達、贅沢だったんだね……」
極貧生活を送る彼らに思わず同情してしまう。
それでも、めげずに彼らは愛のある暮らしを送っていく。
その辺りで、1話は切られていた。
「なあ、感想言っていいか?」
「え、ええ」
「色々、切なすぎるんだが。幸せな新婚生活とか無いのか?」
「あ、それは2話以降で描く予定です」
「でも、これはこれで面白いよ。単にイチャイチャしてるよりも」
イチャイチャラブコメを書いている古織がそれを言うか。
「まあ、確かに、妙な味はあるな。とりあえず、変なところはないし、オッケー」
「そ、そうですか。良かったです」
ほっとした様子で胸を撫で下ろす橘。
その日の帰り。
「俺たち、節約と言ってもなんだかんだ恵まれてたんだな」
「家賃も交通費もお父さん持ちだもんね」
「それもだけど、バイトせずに仕送りももらってるわけだし」
「お父さんたちに感謝、だね」
「ほんと、そうだな」
しみじみとそう感じる。
本当の節約生活の厳しさが俺たちにはない。
それは、もちろん最初からわかっていたことなのだけど。
お義父さんがどれだけ配慮してくれていたかよくわかる。
「でも、なおさら、甘えないようにしないとな」
この状態で、お義父さんに泣きつくようなみっともない真似は出来ない。
そもそも、お金の事を疎かにしたから、俺の元の家は壊れたのだ。
きちんと、大学に入るまでは、今の生活を続けよう、と誓ったのだった。
「……」
しかし、古織は何やら言いたげな表情。
「どした?」
「ううん。やっぱり、みーくんは、お義父さんの事」
「まあ、正直、今でも思うところはあるよ。借金背負ったにしても、さすがにいきなり息子放って逃げるなよとか。母さんもだけど。俺がそれで、どれだけ大変だったか」
「もし、お義父さんとお義母さんが戻ってきたら、どうする?」
古織は、真剣な顔で問いかけてきた。
「どうだろうな。許せるかっつうと微妙だけどな。でも……」
とそこで、ふと思ったのだった。
「それで、古織と一緒の生活が始まったわけだし。今更、恨めないかもな」
「そっか」
古織は、それだけを返して、俺の手をぐっと強く握って来た。
「私たちは、ずっと一緒だからね?」
「ああ、約束したしな」
そんな事を語りながら、家路についた俺たちだった。
超世知辛い、読書少女橘さんの新作小説を前にして改めて自分たちの事を振り返る二人でした。
これで、この章は終わりになります。次の章は……高校3年生らしく、受験絡みの話を描こうかなと
思います。
引き続き、二人の物語を応援してくださる方は、感想やブクマ、評価で応援していただけると嬉しいです。




