第20話 お金で壊れた僕の家
主人公の過去話です。
僕が生まれた家庭は決して大金持ちではなかった。それでも、不幸ではなかった。
フリーランスでデザイナーをしていた父さんと、側で支える母さん。
お小遣いは月に500円はもらえたから好きな漫画を買うことだって出来た。
古織ちゃんと二人きりでデートをするのも楽しかった。
友達が群れて遊んでいる中で、二人っきりで遊ぶのは、どこか誇らしかった。
当時の僕はデートが何を意味するのかもよくわかっていなかったけど。
「ねえ。今日は何して遊ぶ?」
僕は古織ちゃんに聞く。
「今日はキャッチボールしよ?」
古織ちゃんは女の子なのに、結構運動が好きな方だ。
「うん!じゃあ、グローブとボール取りに行こ!」
二人で秘密のデートをする日々。
もちろん、時には、皆で集まってゲームをしたりと、普通の遊びもした。
僕らにとっては、二人きりが本来の普通だったけど。
ただ楽しい毎日はある日、唐突に失われた。
「ねえ、あなた!これ、どういうことなの。お仕事は順調だって。そう言ってたじゃないの……!」
ある日家に帰った僕は、母さんが凄い勢いで父さんに詰め寄る様子を目撃してしまった。
よくわからない紙切れをバンと父さんに突きつけている。
「……えーと、それは」
困ったような表情になる父さん。
「700万円の借金って、昨日、今日こさえた額じゃないわよね!一体、いつからだったの……?」
怒ったような、泣きそうな表情でいう母さん。
借金。その意味は、まだ小学校5年生だった僕にもよくわかった。
でも、父さんはそんな様子、おくびにも出さなかったのに。
「すまない。数年以上前から、仕事が自転車操業だったんだ。借金を返すためにさらに借金をしていたら、いつの間にかそんなことになってた。本当にすまない」
自転車操業、という言葉の意味はわからなかった。
でも、苦しそうな顔からは、仕事が順調じゃないことはすぐわかった。
「せめて、借金をする前に相談してくれたって良かったじゃない!?」
母さんが父さんの襟首を掴んで詰め寄っている。
「ちょっと母さん、父さんに乱暴するのは止めて!」
父さんを見ていられなくて、僕は止めに入った。でも。
「道久は黙ってなさい!今は夫婦の話をしているの!」
そう言って、跳ね除けられてしまった。
「生活が苦しいって知ってれば、私だってもっと節制したのに。お金のこと聞いても、いつも「大丈夫、大丈夫。僕のクライアントは金払いがいいから」なんて偉そうに言ってたじゃない!」
ひたすら父さんを責める母さん。
「本当に悪かった。僕の見栄だったんだよ。君や道久に我慢させたくなかったから」
ひたすら謝る父さん。そんな父さんに怒る気をなくしたのだろうか。
「……もういいわよ。過ぎたことを責めても仕方ないし。とりあえず、これから借金を返していく方法を一緒に考えましょう?」
矛を収める母さん。
「ああ。ありがとう。ほんとにごめん」
また謝る父さん。
借金のことは心配だったけど、これで、元通りになる。
そう思ったのだけど-
翌朝、
「隠していてすまない」
それだけのメッセージを残して、父さんは家から居なくなっていた。
こうして、僕は、唐突に父さんを失った。
残された母さんは、慣れない仕事をして必死だった。
毎日、朝から晩まで仕事をして、夜になったら疲れた顔をして帰ってくるのが常。
お小遣いなんてあるわけもない。
食事も、渡されたお金でカップ麺やパンを焼いて食べるだけの毎日。
でも、そんな生活は半年も続かなかった。
ある日の夜、疲れて帰ってきた母さんは、翌朝、唐突に居なくなっていた。
「ごめんなさい」
ただそれだけの手紙を残して。
半年の間、母さんは毎日のようにお酒を飲んでは、何やらよくわからない事を口走っていた。
お局さんが私を馬鹿にする、だの。仕事が出来ないって苛められる、だの。
だから、仕事が辛いのだろうなということは子ども心によくわかった。
僕が酔いつぶれた母さんを心配する度に、こう言われたのだった。
「駄目な母親でごめんなさいね、道久。もっとお金があれば……」
僕は、よくわからない謝罪に困惑するばかりだった。
こうして、父さんも母さんもお金が原因で蒸発して、僕は天涯孤独の身になった。
後で知ったのだけど、父さんも母さんも、親戚筋にお金をせびっていたらしい。
親戚で僕を引き取ろうとする人は誰も居なかった。
ただ、よくわからない経緯で、古織ちゃんの家が僕を引き取ってくれることになった。
古織ちゃんの家に引き取られた事で僕の境遇は一変した。
美味しいご飯に、十分なお小遣い。厳しいけど優しい、古織ちゃんの両親。
でも、古織ちゃんのお父さんもお母さんも、いつもどこか気遣わしげだった。
「こいびと」の古織ちゃんも、僕にいつも何か言いたげだったのが嫌だった。
まるで、可哀想な子だと、そう憐れまれているようで。
そんな一連の出来事は、僕の心に深い傷を残した。
お金がないだけで、どんな幸せも無くなってしまうのだと。
逆に、お金さえあれば幸せは買えるんだと。
こうして、僕は、グレてしまったのだった。
古織ちゃんが心を痛めていたとも知らずに。
金銭問題で家庭はぶっ壊れるよね、というただそれだけのお話です。
過去話の続きは、また別の挿話として入れる予定です。