五十嵐羽衣 3話
「ただいま。」
「おかえり?どうしたの、こんな時間に。」
時刻は10時を過ぎた頃だ。
朝と同じ格好で帰宅した羽衣に、心配そうに母親が声を掛ける。
「それがさぁ、学校で事件があって、救急車と警察が来て、今日は休校だって。」
「あぁ、朝のサイレンはそれかい。いっぱい鳴っていたけど。
事件って、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫じゃないかな。
部屋で勉強してるね。」
「はいはい。」
2階に上がり、自室のベッドに腰掛ける。
母親に話そうかと思ったが、どう話せば良いか判らなかった。
朝の出来事を思い返してみる。
学校では、警察に目撃者として事情を聴かれた。
担当した警察官はこちらの話をまったく信じず、集団催眠とか幻覚剤の散布とか言っていた。
名前と連絡先を書類に記入して、教室に戻る。
同じクラスには朝練参加者はいなかったので、皆、羽衣に話を聞きたがった。
野球部員の友人の男の子や数人の女の子は泣いていた。
警察から話をしないように言われているから。と、その場をやりすごす。
正直、羽衣にも何が起こったのか正確には判らないのだ。
グラウンドには、まだ遺体が並らび、救急隊員や警察官が対応していた。
やがて担任が教室にやってきて、今日の休校と自宅学習を伝えた。
明日以降の予定は夕方頃に連絡メールがあるそうだ。
胸に手を当て、自分が助けを求めた時に聞こえた猫の鳴き声を思い返す。
(猫ちゃんが、助けてくれたんだ。)
「そうだ。」
服を着替え、バッグを手に階段を下りる。
「お母さん、お線香ちょうだい。猫ちゃんのお墓にあげてくる。」
「和室のお仏壇の所にあるけど。」
「そっか。」
箱に入っているお線香を数本持ち出そうとするが、手を止める。
このまま持ち出すと、折れてしまいそうだ。
(何か入れ物に入れないと。)
母親が巾着袋を持って、仏壇下の引き出しから線香の束を取り出した。
さらにマッチと数珠を取り出し巾着袋に入れてくれる。
「はい、気を付けていってらっしゃい」
「ありがとう」
自転車に乗り、神社へと向かう。
10分ほどで到着し、階段横の草むら、黒猫がいた場所に辿り着く。
あの粒子の塊はほとんど残って居らず、流れ出た血の跡を残す地面があった。
今朝の黒猫の姿が脳裏に蘇る。
土をかき集め線香を立てる土台を作り、線香にマッチの火をつけ、土台に立てる。
線香の香りが周囲を包む。
数珠を持ち、手を合わせた。
「助けてくれて、ありがとう。」
墓標が無い事に気づき、周囲を見るが適当な木片は見当たらない。
(墓標を作って持ってこよう。)
「また来るね。」
そう告げると、自転車にまたがり、帰路についた。
――――――――――
途中、交差点の赤信号で自転車を止めていると、声を掛けられた。
「あっ、あの、先輩。」
「はい?」
見ると3人の少年が立っていた。
一人は中学の制服姿。
二人は土で汚れた野球のユニフォーム姿だ。
「助けてくれてありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
いきなり3人揃って深々とお辞儀をする。
どうやら、最初に頭を下げた野球少年は羽衣が助けた部員の一人の様だ。
「あっ、いやぁ、そんなぁ。」
他人からこんな風に頭を下げられたことがないので、羽衣は返答に困る。
「えっと、君たちは今朝の・・・」
「はい!あっ、僕は滝といいます。こっちが吉岡で、もう一人は竹内です。」
「吉岡です。」
「竹内です。滝を助けてくれてありがとうございます。」
「あっ、いえいえ、とんでもない。えと、私は五十嵐です。3年2組です。」
どうやら羽衣が助けたのが滝君、もう一人のユニフォーム姿が吉岡君、制服姿が竹内君のようだ。
その吉岡君が羽衣に聞きたいことがある、というので、近くの公園に4人で移動した。
ベンチに羽衣が座り、ベンチの端に竹内が離れて座る。
ベンチ前の地面に滝と吉岡が腰を下ろした。
「五十嵐先輩は、いつから空を飛べる様になったんですか?」
地面に座るなり、吉岡が羽衣に聞いてきた。
「はい?」
いきなり直球で質問を投げつけられる。
さすが野球部だ。
対する羽衣に回答の用意はできていなかった。
3人の視線が羽衣に集まる。
「えっ、いやぁ、いつからと聞かれても、あの時が初めてだから・・・今朝から?かなぁ。」
「そうですか、実は俺は昨日からなんです。」
「えっ?」
「あっ、俺は空は飛べません。俺は土です。土の中の様子が判るんですよ。」
それから、吉岡の口から延々と話を聞かされた。
吉岡は、あのグラウンドが流砂から土の固さを取り戻した後、自力で這い出てきた部員だった。
先週の週末は野球部の練習が無かったので、祖父母の家の畑の手伝いに行ってきたそうだ。
その畑での作業中。
草むしりをしていた吉岡は茶色っぽい、ふわふわとした球体を見かけた。
何だろうと思い、追いかけて掴まえると、それは体の中にすぅっと入りこみ、吉岡はその場で倒れる。
気が付いた時は祖父の家の中で寝ていて、疲れて畑で倒れたんだろう、と祖父に言われたそうだ。
そして、昨日の日曜日。
畑での草むしりを手伝っている最中に、突然、吉岡の感覚が畑の状態が判る様になったという。
地面に埋まっている石や、伸びている根っこ。
地下水の水の流れ。
固い土、軟らかい土。
大興奮である。
テレビのニュースで街の方での騒動は知っていた。
金曜日の学校では朝のニュースで見た空飛ぶ人間の話で大盛り上がりした。
だから、自分も土の魔法使いになったのかもしれない。
今朝は、その力のおかげで、土の中でも息ができたし、仲間の場所も判った。
それで、仲間の身体を地上に出せないか、念じてみたらできたそうだ。
「でも、間に合わなかった。」
そこまで一気にしゃべっていた吉岡が押し黙る。
羽衣達3人も声を掛けれなかった。
「あいつ、一年の後藤、だったよな。」
「そうだ。後藤だよ。野田の奴、そうとう怒っていたもんな。」
「朝練に遅刻ばっかしてたからな。キャプテンとしてはそりゃ怒るさ。」
どうやら、今朝の遅刻君の事らしい。
吉岡と滝が言い合う。
羽衣は吉岡の話にでてきた”茶色っぽい球体”が気になっていた。
(猫ちゃんの魂は、薄緑の球体だった。
あれが、魔法の元?)
「おーい、ねぇちゃーん!!」
見ると弟の翼が公園の入り口からこちらに手を振っていた。
弟の周りには6人ぐらいの小学生がいる。
1,2年生の小さな子も居るので、集団下校らしい。
羽衣は手を振り返す。
「あっ、弟さんですか?」
竹内が聞いてくる。
「そう、弟の翼。」
「けっこう時間たったかな。」
「お前ばっかしゃべってるからだよ。
あっ、先輩、今日はこれで解散で。また今度、話しても良いですか?」
「うん、じゃあ、またね。」
自転車を押して、弟たちの後を追う。
3人はまだ座っているので、あちらの話は続きそうだ。
「翼、集団下校?」
「そう。姉ちゃんは公園デート?」
ゲシ!
両手がふさがっているので、翼のお尻に蹴りを入れた。
小さい子たちは「デート、デート」と囃し立てる。
「違います。ぜんぜん違うってば。」
家までの帰り道は賑やかなものとなった。




