五十嵐羽衣 2話
中学校のグラウンド側の道から学校入口へと向かう。
今朝は野球部がグラウンドを使用していた。
野球部とサッカー部はグラウンド使用を日替わりで行っている。
羽衣の学校では朝練は自由参加となっている。
時間も部活によってまちまちで、羽衣の陸上部は7:30から8:20までだ。
ストレッチやランニング中心で、競技によってスタート練習やバトントス練習をしている。
野球部は7:00からと時間も早く、ランニング、キャッチボール、守備練習、走塁練習としっかりやっている。
更衣室に荷物を置く為に、グラウンド脇を通り体育館入口へと向かう。
体育館前に陸上部のメンバーが何人か見えた。
「遅いぞ!!」
いきなり大きな声が聞こえてきた。
後ろを振り返る。
野球部のメンバーが数人、一人は練習用ユニフォーム姿に鞄を手に持っている。
どうやら遅刻してきたようだ。
(びっくりしたぁ。私じゃないよね。)
「あっ、五十嵐先輩おはようござまーす。」
「おはーす!」
「おはよう。先いってて、追いつくから。」
「はーい。廻ってきまーす。」
どうやらストレッチは終わっていたようだ。
校舎の敷地周辺を周回するのが朝のランニングになっている。
羽衣は体育館に入り、女子更衣室に荷物を置く。
体育館では、バレー部とバスケット部を中心に朝練をしていた。
グラウンドに戻り、端のスペースでストレッチを始める。
グラウンドの奥側ではサッカー部がボールなしの練習をしていた。
「うるさーい!!」
大きな声がグラウンドに響いた。
先ほどの遅刻君への説教が続いていたようだ。
どうやら遅刻君が反抗しているらしい。大きな声で先輩らしき数人にわめいている。
「みんな、みんな、沈んでしまえ!!」
羽衣の耳にその叫びが聞こえてきたのと同時に、羽衣の身体は沈んだ。
グラウンドがいきなり池になったようだ。
砂は水の様に流れ、羽衣の身体を地中に吸い込む。
「うわっぷ!」
沈む時に口の中に砂が入った。
土がすべて流砂に変わった様だ。
足は着かない。
手足を動かそうにも、砂は水よりも重く、動かない。
頭まで沈んだ様だ。
(く、苦しい。助けて・・・、息が・・・)
ニャオン
猫の声が聞こえたのは幻聴だっただろうか。
ほほを風がなでるような感覚がする。
身体を圧迫していた砂の感覚がなくなる。
身体が、風の中にいる様な浮遊感がある。
恐る恐る目を開くと、目の前5cmぐらいのところに土の壁があった。
「なっ、げぇ、ぺっぺっぺっ。」
口の中に入り込んでいた砂を吐き出す。
手のひらで口を拭う。
手が自由に動くことに気が付いた。
手を目の前に持ってくると、手の周囲にも空気の層ができている。
まるで羽衣の身体が風に守られている様だ。
(上に出られるかな?)
頭上に穴が開いて自分がそこから地上に飛び出すイメージが想い描かれた。
すると、周囲の風が動き羽衣の頭上の砂を押し広げていく。
空が見えた。
と同時に羽衣の身体が持ち上がる。
(すごーい)
地上に出られた様だ。
羽衣の足元は10cm程地面から浮かんでいる。
「た、たすけ・・・」
声の方を見る。
男子の顔と手が見えた。
(助けなくちゃ!)
そう思うと体が動いた。
男子生徒の手を目掛けて、地上を飛ぶ。
右手で掴んで持ち上げようとするが、重くて上がらない。
「風さん、持ち上げて!」
すると風が吹き、男子生徒の身体を包み込み、持ち上げる。
周囲を見ると彼同様に溺れている野球部員の姿が見える。
持ち上げた野球部員をどうしようか、と逡巡していると、
「こっちだ、こっちに降ろせ。」
と声が掛かる。
見るとサッカー部員達がこちらに手を振っている。
どうやら彼らの場所は固いままの様だ。
羽衣は助けた野球部員をそこに降ろし、次の部員を助けに飛び出す。
だが、2人目を助けた所で、見えていた手は、全て地中に沈んでしまった。
「そ、そんな・・・」
へたりこむ羽衣。
全員が沈んだからなのか、それまで波打っていた地面はその動きを止め、流動していた砂は固い土に戻っていた。
呆然とする生徒達。
ボコッ
グラウンドの地面が盛り上がり、一人の野球部員が這い出てきた。
彼は立ち上がると、両の拳を握りしめ、集中する。
「あいつ、何やってるんだ?」
サッカー部員がつぶやく。
ボコッボコッボコッ
あちこちのグラウンドの地面が盛り上がり生徒たちの身体が地面に出てくる。
だが、動きがあるのは数人で、ほとんどの身体が動いていない。
最初の男子生徒が傍の部員に走りより、人工呼吸で胸を圧迫し始める。
「俺達も行こう。」
「職員室へ行って、先生と救急車を呼んでくる。」
羽衣、サッカー部員、羽衣が助けた野球部員たちが走り出す。
だが、地上に現れた野球部員21名の内、息を吹き返した者は一人もいなかった。
やがて、救急車と警察が来て、羽衣たちは事情を聴かれ、学校は休みとなった。




