江山静江 5話
「いやぁ、響子が目覚めてくれて、ほんと良かったよ。」
「心配かけてごめんね。しず。」
朝食に静江がサンドイッチを作り、牛乳をコップに入れようとした時に、響子が声を掛けた。
「あれ、朝はコーヒーじゃないの?」
「うん、停電にガスも止まっててさ。ポットもやかんも出番なしなんだ。」
「うーん、私、お湯を沸かせるかも。」
「へっ?」
「ちょっと、やかん貸して。」
響子はやかんを受け取り蓋を外すと静江に向ける。
「お水、お願い。」
「はい。」
水の入ったやかんを両手で包む様に持ち、響子は目を閉じる。
すぐにフツフツ、コトコト、シュンシュンと湯気が立つ。
「すごい。すごいよ、響子。」
「ふふ。コーヒー淹れよ。」
そして二人は朝食をとり、コーヒーを飲みながら、昨夜のことを報告しあった。
「しず、手をみせて!」
「えっ、はい。」
静江の話を聞き、響子は静江の手のひらを確認する。
「よかった。火傷してないね。」
「そうなんだよ。治ったみたい。」
「じゃあ、やっぱり火傷はしたの?」
「うん。でも朝起きたら治ってたよ。」
続いて響子の話を聞き、静江は考え込む。
「じゃあ、あの赤いのが"火"なのかな。」
「多分ね。」
「そうすると、私の水の力は青い珠かな。」
「風は何色かしら?水色?」
「うーん、何色だろ。
響子のイメージカラーで白かな。
そもそも何種類もあるのかなぁ。
で、その珠をたくさん集めると、どんどんパワーアップしていくの。」
「それはどうかなぁ。
私の感じだと、あれ、凄く怖いよ。」
「そうなんだ。」
「うん、しずがいなかったら私、負けていたかも。」
「いやぁ、響子が目覚めてくれて、本当に良かったよ。」
「こちらこそ、ありがとうね。しず。」
「さて、今日はいかがいたしましょう。」
「まずは濡れたしずの服を干して、床を拭いて、スーパーでお買い物。」
「よし、働きますか。」
「働きましょう。」
そうして二人は動く。
濡れてる響子のベッドの説明をしたり、
下の部屋への水漏れに気づいて謝りに行ったが留守だったり、
部屋の水が氷になった時に窓ガラスが割れたので、
窓をビニール袋と段ボールで塞ぎ、外に散乱した物をかたしたり、
買い物に行ったスーパーに凄い人が集まっていて、缶詰とパスタの乾麺しか買えなかったり、
と、慌ただしい一日を過ごした。
夕刻、午後のほとんどをスーパーの行列に費やした二人は帰宅する。
「疲れたぁ。」
「疲れたねぇ。
あ、お湯沸かすね。
コーヒーで良い?」
「ありがとう。」
響子がコーヒーを淹れる間に、買ってきた物を片づける。
「しばらくパスタ生活かなぁ。」
「そうねぇ。火事とか停電が重なって、みんなが不安になってるみたいだから。落ち着くまでは、大変かなぁ。」
「停電が問題だよ。スーパーも冷凍食品とかお肉とかお魚とか全部ダメだったし。」
「うちのお肉もダメかしら?」
「あっ、しまった。」
静江は冷凍庫を開ける。お肉を取り出し匂いを嗅いでみる。
「大丈夫かな。私、氷を作れるんだから、凍らせておけば良かった。」
「じゃあ、それは今夜食べて、残りは凍らしてもらえる?」
「うん。今夜こそエビチャーハン作ろう。」
「ごはん、お鍋で炊ける?」
「なせば成る。」
「しず。頼もしい。はい、コーヒー。」
「ありがとう。」
「でも、お鍋でお米を炊くとなると、私がずっと持ってる事になる。のね。」
ブフッ
「あー、そっかぁ。
いや火を点けてもらって、って、そうなるとキャンプになるのかぁ。」
「電気とガスが無いのって、本当に不便ねぇ。」
「響子さん。」
「はい。」
「明日はかまどを作るので、今夜ばかりはお鍋を持っていただけませんでしょうか。」
キッチンの床に土下座する静江。
響子も向かいに正座する。
「はい。がんばります。」
「ありがとう。
そうだ、火は手のひらから出るんだよね。」
「うん。」
「よし、ちょっと待ってて。」
そう行って部屋を出ようとする静江。
「えっ、ちょっと、どこ行くの?」
「下の花壇に行ってくる。」
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
10分ほどで帰宅した静江はレンガを4個持っていた。
それをテーブルの上に2個づつ積み重ねて置き、ガスコンロから五徳を持ってきて上に乗せる。
そして、お鍋を載せてバランスを確認する。
「ふふふ。簡易かまどの完成。
響子。ここに座ってみて。」
響子が座る。
「なるほど。」
響子はレンガ間の隙間に右手を入れ、火を灯す。
「ねっねっ、これなら楽でしょ。」
「うん、大丈夫だね。」
「じゃあ、お米研いで、準備しよう。」
「うん。」
準備は順調に進む。
かなり時間はかかったが、おこげの香りが漂い、ふっくらと炊き上がっている。
お鍋を下ろして蒸らしておく。
野菜を切ってサラダを作って、次はフライパンを載せて油をひく。
「換気扇がないから、匂いがつくかなぁ。」
「大丈夫。私が風を送って換気扇から外に出すから。」
「さすが響子。頼りになる。」
「ふふ。」
そして、無事にエビチャーハンを作り、最後に豚バラ肉をニンニク塩焼きする。
「かんせーい。」
パチパチ。
響子が手を叩く。
「良い匂い。さっそく食べましょ。」
「うん。」
懐中電灯を明りにして、食事を楽しんでいるとドアを叩く音がする。
「あの、すいません。いらっしゃいますか?」
若い男性の声だ。
「誰だろ?」
「下の部屋の人かしら?」
静江は玄関に行きのぞき窓から外を伺う。
外は暗く、表情は良く見えないが、どうやら一人の様だ。
用心の為、チェーンをドアに付けて細くドアを開く。
「はい、どうされました。」
「あっ、すいません。私605号室の安西と申します。
誠に申し訳ございませんが、もし余っていれば、お水と食料を少し分けていただけませんか。」
「えーと、少々お待ちください。」
静江は一度ドアを閉め、後ろに立っている響子に相談する。
「だってさ、どうしよ。」
「お水はしずのおかげで大丈夫だけど、食料は缶詰ぐらいかなぁ。
水と火がなければ、料理できないだろうし。」
「そうだね。」
冷蔵庫にあった水のペットボトル2本と缶詰4缶をビニール袋に入れる。
ドアを開けると長身痩身の男が立っていた。
「はい、どうぞ。」
「こんなに。ありがとうございます。」
「いえいえ、これぐらいしかありませんが、困ったときはお互い様ですから。」
「あの、少ないですがこれを。」
安西は財布から千円札を取り出し渡そうとする。
「ああっ、いえいえ、それは良いです。」
「いや、どうぞ、受け取ってください。」
「あー、それじゃあ、頂戴します。」
「ありがとうございます。」
安西は深々とお辞儀をすると立ち去った。
「大変そうだなぁ。」
「一人暮らしかな。」
「そうみたいだね。
ねぇ、食事を終えたら、ちょっと空を飛んでみない。」
「あ、素敵。夜空のデートね。」
「あははは、うん、それもあるけどさ。
夜だったら、明りが点いてる所が判るから、明日のお買い物はそこのお店に行けば良いかなって。」
「そうね。あ、ショッピングセンターならまだ営業してるかも。」
「そっか、まだ買い物できるかもね。
よし、行ってみよう。」
早めに食事を終わらせると、手早く片づけを済ませて、二人は夜空へ飛び立つ。
9月の空は昼間の熱さを忘れ、涼しい風が吹く。
星空は普段よりも輝いて見えた。
眼下のマンション周辺の街は暗闇に包まれている。
だが、その暗闇は果てしなく広がり、闇の世界を作っていた。
遠くで複数の火事の炎が赤く輝いている。
ある場所では炎が連なり、一面を焼き尽くさんとしている様だ。
「戻ろっか。」
「そうね。」
二人は意気消沈し、自室へと戻った。
「想像以上に最悪なのかも。」
「うん。」
「響子、お風呂入ろう。」
「えっ?」
「お風呂入ってさっぱりして、ぐっすり眠って、明日考えよう。」
「そうしますか。」
「うん、そうしよう。」
二人は今夜も静江のベッドで眠りについた。




