江山静江 4話
響子は広い野原に立っていた。
広がる青空。
草色に輝く草原。
心地よい風が響子の身体をやさしく包み込む。
世界は美しい音色を奏でていた。
響子の前に"炎"があった。
赤い炎。
この場にそぐわない異質な存在。
その存在が不協和音を発している。
"排除すべきか。"
"受け入れるべきか。"
響子は考える。
―――――――――――
静江は響子を背負って部屋まで辿り着いた。
響子をベッドに寝かせる。
呼吸は静かに落ち着いている。
最後に見た赤い球体が気になったが、外傷はない。
疲れて寝てしまったのか。
静江は響子の部屋を出て、居間へと戻る。
ドアは開けたままにしておいた。
「さてっと、」
暗い居間の床には静江の部屋の物が散乱しているし、大部分が濡れたままだ。
(片づける前に、ちょっと食べよう。)
キッチンに入る。
停電になっているのは確認済みだ。
水道も出ない。
ガスも点かなかった。
水道は問題ないが、火が無くてはチャーハンはできない。
(消火しまくって、ここで火が欲しいって、皮肉か!)
あきらめて、食パンと冷蔵庫の物でサンドイッチを作った。
(冷蔵庫もなんとかしないと。)
牛乳を飲みつつ、冷凍庫にあった保冷剤や氷を冷蔵庫に移したり、野菜を冷凍庫に入れたりと、保冷に努める。
(よし、片づけますか。)
暗くなって足元が見えづらくなっている。
流れ出たバッグや服を自分の部屋に放り込んでゆく。
響子の様子は変わらない。
静江は響子のベッドに上がり膝をついて、響子の手を取る。
「響子、大丈夫か?」
やはり、病院に連れて行くべきか?
朝になっても目を覚まさなかったら、病院へ行こう。
病院へ行っても目を覚まさなかったら・・・。
静江は溢れた涙を拭い、頭を振った。
(大丈夫、朝になれば響子は目を覚ます!)
響子の唇に、そっと唇を重ねた。
手を握ったまま、響子のそばに寄り添う。
―――――――――――
響子は決断した。
排除するにも、受け入れるにも、それには痛みが伴う。
ならば、受け入れよう。
炎に手を伸ばし、両手で炎を包み込む。
周囲の風は暴風となり、響子の身体を打ちつける。
炎は激しく燃え盛り、響子の身体を焼き払う。
響子の身体は暴風に翻弄され、炎にあぶられる。
耐え難い苦しみ。
身体が二つに引き裂かれそうな痛み。
響子は暴風の音を聞いた。ゴウゴウと響くその旋律を。
響子は炎の音を聞いた。ボォボ゛ォと轟くその旋律を。
響子の意識が2つの旋律に翻弄される。
翻弄されつつ2つの旋律を調律し、一曲の曲に仕上げてゆく。
ゴウゴウボォボ゛ォ
ゴウゴウボォボ゛ォ
その曲は力強く響子の世界に響き渡った。
―――――――――――
「!」
静江は眼を覚ました。
響子の横で寝てしまったらしい。
その響子の身体から熱風を感じた。
起き上がり響子を見る。
響子の周囲の空気が激しく動いて風を起こしている。
さらに響子の身体からチロチロと炎が揺らめいている。
「!!!」
(響子が燃えている!)
反射的に水を放出するが、風の層に阻まられて響子の体まで水が届かない。
(どうしよう。このままじゃ、響子が!)
響子を抱きかかえる。
風が静江の身体にもまとわりつき、炎の熱も伝わる。
急いで静江の部屋に駆け込むとベッドに響子を放り出し、ドアを閉めて全力で放水を開始する。
すぐに部屋は水没した。
(よし、空気のトンネルはできている。風は響子を守っている。)
だが、それは新鮮な空気を送ることで炎の成長にも繋がることだ。
ベッドに上がると響子の姿勢を正す。
そう、水は響子の身体には触れないが、静江は響子に触れるのだ。
(だったら、私が響子を冷やしてあげれば良い。)
響子の体の表面に現れる炎の揺らめきに手を当てる。
その手を水中に戻し、冷やして、再び響子の身体に当てる。
両手を使い、響子の身体に現れる火を次々と消してゆく。
いつしか周囲の水は氷と化し、響子と静江を冷気で包む。
やがて、響子の身体から炎が消え、風も止んだ。
「響子。」
静江は響子を見つめる。
響子は静かに寝息を立てている。
(落ち着いたのかな?)
響子の右手を握り、静江も響子に寄り添って眠りについた。
―――――――――――
響子が目を覚ます。
目の前には氷の壁があった。
状況がわからない。
身体は動かせるようだがすぐに氷の壁にあたる。
どうやら全身が氷の中にいる様だ。
いや、右手だけは違った。
右手は誰かに握られている。
誰、いや静江だろう。
「しず、いる?」
氷の壁は白っぽく不透明で壁の先は見通せない。
右手が強く握られる。
「響子!目が覚めた?」
「うん。」
「待ってて、すぐ溶かすから。」
氷の壁が透き通り、昨日の朝と同じく水没した静江の部屋のベッドの上に居る。
「おはよう、響子。」
「おはよ。しず。」
「あっ、お腹空いてるよね、待ってて、今用意するから。」
立ち上がりドアに向かう静江。
「あっ、待って。」
響子の声が届く前に静江はドアを開けるが、今日は居間へは流されなかった。
水だけは急速に水位を下げて行く。
「ふふふ、同じ失敗はしないよ。後ろを見給えワトソン君。」
振り返る響子。
外の景色が見えた。
風が吹き込んでくる。
あるべき窓ガラスが、そこには無かった。




