四:こんにちは異世界
頬を撫でる風が、新緑の薫りを運んでくる。
木漏れ日が少し強くて、アタシはしぶしぶ目を開けると。
「姉さま、おはよっ」
「・・・んあ?」
天使の姿のメシアに、どうやら膝枕されていたらしい。
ゆっくり起き上がり(メシアが残念そうにしていたが)、立ち上がって周囲を見渡すと。
遠方には山頂に雪を頂いた山々が連なり、その手前には街らしきもの、そこから草原と森が続いて、この高台に続いていた。
それから後方を見やれば、目の前に、人気のない寂れた洋館が建っている。
庭の荒れ具合から見るに、久しく誰も住んでいないのは明らかだった。
「へえ。なかなか良い物件だな?」
「本当よね!ちょっと直せば、スッゴく素敵なおうちになりそうね、姉さま!!」
メシアを立ち上がらせたら、おもむろに腕を組まれ、ニッコリ一言。
「新婚だもの!張り切って全部直しちゃうんだからっ!」
「うへぁ・・・」
周囲に濃いピンクのハートを飛ばしながら、うふふとメシアは微笑む。
アタシはいつの間に既婚者になったんだ。
遠い目をしつつ少し現実逃避がてら、今のこの状況に見合った修復方法は何かないか、考えてみる。
すると、頭のなかにストンと、ひとつの魔法・・・魔術?が思い浮かんだ。
そして、それの使用方法も。
つい、其のままメシアを抱き抱えて浮上し、洋館一帯の敷地全体に向けて、術を放つ。
『天に海、地に雲海、沸き出す闇は光に交わり、時を喰らいて時空を割き、刻に戻せよーーー時間朔行』
広大なエリアを七色のドームが覆い、その中では急激に、時間が巻き戻っていく。
枯れた木々は緑を取り戻し果実を付け、館は外壁も内装も新築のように綺麗になった。
そんな姿を見ながら、アタシはふと、『やろうと思えば、呪文は必要なかった』事を思いだし、無駄な事をしたと気落ちする。
数分して術が完了し、洋館一帯半径3km位が美しい姿を取り戻した。
うむ、と満足し、ずっと光景に目線が釘付けになっていたメシアに声をかける。
「ん~、これぐらいで良いかな?住めそう?メシア?」
「姉っさま・・・最っ高ーっ!大好きっ!!!」
振り返り様に首に飛び付き抱っこされて、アタシは後ろに倒れそうになった。勢いが良すぎる!!
そんなアタシに構うことなく、メシアは満面の笑みで、ほっぺにチューを繰り返していた。
それから暫くして、何とかメシアを引き剥がし、とりあえず地上に降りて洋館・・お屋敷?の外を散策する。
食べられそうな果実が 数十種類もあり、あたしの大好きな木苺やブルーベリー・ハスカップもあって、餓える事はなさそうだと少し安心した。
更に館の裏手には。
「おお、これは見事・・‐」
「すっごーい!大きな畑!!」
広い敷地に、半分はハーブのような薬草の類が栽培され、もう半分は数々の野菜が育ち、隣の温室のような畑には、色鮮やかな実をもつ植物が栽培されていた。
「いっぱい食べ物があって嬉しいけれど、管理が大変そうね、姉さま?」
「ああ、そうだなぁ・・・どうしようか?」
メシアを顔を見合せて、困惑する。
2人の腕輪は無限の保管庫で、中に入れれば時間は止まるので良いのだが、栽培や収穫は結構な手間なのだ。
栽培はまだ良いが、収穫は果樹があるので確実に大変な為、それを何とかしないと・・・と考えるが、余り良いアイデアが浮かばない。
とりあえず、今日食べる分だけを適当に収穫して無限の腕輪(今、適当に名付けた)に収納し、先に散策を優先する事にした。
畑をすぎると、少し離れた場所に川があり、その手前に牧草の広がる丘があるのが見て取れた。
ここでは、多分馬とか牛とかを育てる場所だったのだろう。
畑側の方には、多分厩舎なのだろうが、大きめな建物が建っていて、中には何も存在しないようだった。
それを見てメシアは、これから飼いたい動物を言っていたが、果たしてその生物がこの世界にいるのかは不明なので、適当に相づちを打っておく。
そして、美しく整えられた庭を廻って、正面玄関に戻ってきた。
「さて、次は館の中だな。」
「うふふ、楽しみ~!」
ルンルンなメシアと共に扉を開き、中に入ると。
しっかりとした造りのTHE 洋館!という感じで、やっぱりメイドさんとかいないと、生活には不便かもしれない印象を受けた。
そのまま、ご機嫌なメシアと共に各々を内覧していく。
そこまで部屋数は多くは無さそうだが、それでも客室は30部屋くらいあり、キッチンやリビング・温泉が湧き出る大風呂、結構広い応接間や大広間、大きいベッドのある寝室や倉庫など、他にも色々あったが二人で住むには広すぎるような様子だった。
とりあえずリビングに戻り、無限の腕輪から出したサバイバルティーセット一式と途中キッチンで汲んできた水を使って紅茶を入れ、メシアとゆっくり一服し休憩する。
「この湯沸かし器具、火を使わないから便利よね~」
「ああ。使用者の魔力?みたいなのを原動力に使ってるみたいだな。あのオネエに感謝しなきゃだな。他にもキッチンの調理器具で、同じ仕様のがまだあるみたいだ。」
「うーん、こういう感じの物を使う時、使う記憶はあるけれど、直ぐに使い方を思い出せないっていうのは、少し厄介ね、姉さま。」
この世界に来たばかりなので、しっかり思い出す時間もなかったせいなのだが、知っていて、やれるけど初体験、みたいな状況はアタシたちは初めてだったので、少し疲れてしまっていた。
「じゃあ、腹ごしらえして昼寝して記憶の整理するか!」
とりあえず、無限の腕輪に入っていたパンとスープで簡単な食事を取り、その後2階の寝室へ行って、とても大きいベッドにアタシたちはダイブして、軽いお昼寝をするのだった。
異世界到着です。
そういえば、、2人の名前が漢字からカタカナに変化しているのは、二人の過去の記憶統合によるものです。
その辺の話は後程。