第19話 運命の日でした。(1)
あとちょっとで終わると思います。
頑張ります‼︎
その日、魔術大国ヴィルネスの王城にある執務室に彼らは現れた。
終焉の獣、頭の妖精、グリフォンや一角獣……幻想種の中でも幻獣と呼ばれる種族達。
それを引き連れる美しい青年。
まるで夢のような光景で。
病床についている国王サーマの代わりに国政を任されていた宰相クレッセトを始めとした文官達は目を見開く。
彼ら視線に晒されながらその先頭にいた彼は……ライヴィスは微笑んだ。
「俺の名前は《虚無の魔法使い》ライヴィス・クロノス。拉致監禁された、魔法ギルドに所属する魔女……いや、俺の妻を返しにもらいにきた」
その言葉を聞いた彼らは目を見開いて動揺した。
「《虚無の魔法使い》⁉︎時計の塔に籠っているんじゃ……」
「おい、どういうことだ‼︎拉致監禁なんてっ……‼︎」
文官達は困惑しながら言い合う。
だが、その中で宰相だけは冷静な様子で質問した。
「失礼だが、貴殿の奥方を拉致監禁などしていない。何かの間違いではないか?」
「…………………」
「それに……幻想種を引き連れているということは、我が国への宣戦布告と取るぞ」
「………………へぇ」
ぞわりとするほどに冷たい笑み。
そんな時、執務室に飛び込んでくる者がいた。
「ほ、報告しまーーーヒイッ⁉︎」
騎士らしき男は幻獣達に睨まれて腰を抜かす。
宰相は「なんだ」と冷静に返した。
「の、《呪いの魔女》エルカトラ・ロブリフトを筆頭とした《骸骨魔女》の軍勢がっ……‼︎我が王都を包囲しております‼︎」
「なっっっ⁉︎」
エルカトラの派閥は、《骸骨魔女》と呼ばれている。
彼女達は魔法使い、魔女を保護する際、もしくは魔法使いなどが不当の扱いを受けた際の対処を行う実働部隊。
ゆえに、畏怖を込めてそのように呼ばれていた。
「本当に、宣戦布告のつもりかっっ‼︎」
「違う。これから起きる騒ぎに必要だから、準備してもらっているだけだ」
「……………これから起きる騒ぎだと⁉︎」
宰相は鋭い視線を彼に向ける。
しかし、ライヴィスは動じることなく答えた。
「こちらの要求を言おうか」
ライヴィスは笑う。
宰相は険しい顔で、彼を睨んだ。
「我が妻、シャロン・マクスウェルを解放しろ」
「…………そんな者、知らぬ」
「あはははっ、そうだ。お前らは知らなくて当たり前だ。何故なら、拉致したのは王太子だからな」
「………………は?」
それを聞いた宰相は、その顔に驚愕を浮かべた。
どうして、サウロが……魔女を拉致したのだと、困惑した。
「あいつは俺を誘き出すために妻を誘拐したんだ。彼女はこの王都にあるヴィルシーナ魔術学園の生徒だからな。簡単に拉致できる。彼の目的はこの国を……いや、世界を手に入れることらしい。だから、戦争を起こそうとしている。そのために、まずはこの国の王位を手に入れようと……実の父に少しずつ毒を飲ませているんだ。なんて悪い奴だろうな?」
「な、に、を……」
「王太子は妻を人質に、俺の力を利用し世界を手に入れようとしている。そうなる前に、俺はあいつを止める。世界規模の危機を回避するのが、魔法ギルドの存在意義だからな」
「…………まさか……そんな、はずがっ‼︎」
「この王城の地下牢に囚われている妻を返せ。王太子サウロを処分しろ。でなければ、俺は……それ相応の対応を取らせてもらう」
「………っっ‼︎直ぐに地下牢に確認へ行く‼︎数名、付いて来い‼︎」
宰相は叫ぶと同時に駆け足で執務室を後にする。
その後を執務室の護衛騎士が慌てて、ライヴィスはゆったりとした動きでついて行った。
向かった地下牢は、ジトジトとカビ臭い匂いと不快な湿気に満ちていて。
宰相達は顔を歪めて進む。
そして……その地下牢の一つ、見るからに普通の少女が子犬と遊んでいる光景を見て……言葉を失った。
「あら?早かったわね?」
『早かったね〜‼︎』
シャロンはふわりと笑う。
ライヴィスもそれに答えるように笑った。
「待たせた、シャロン」
ライヴィスは檻を掴むと、グニャリと歪めて人が通れるようにしてしまう。
シャロンは、未来予知でその光景を知っていても……それを見てギョッとした。
「うわぁ、凄いわ」
「……ちょっと身体強化の魔術を使っただけだ。あぁ、後……シャロン」
「ん?なぁに?」
「無事で良かった」
ライヴィスは牢屋の中に入り、彼女を抱き締める。
予知で分かっていても、胸がザワザワとした。
無事だと分かっていても、不安だったのだ。
少しでもシャロンが傷ついていたら……そんなことを考えてしまって。
シャロンはそんな彼の心境を察したのか……クスクスと苦笑した。
「……………ライヴィスも少しずつ成長してるのねぇ」
「……………今度はシャロンがズレ始めたか?」
「失礼よ、それ」
その場に似合わない軽やかな声で二人は笑う。
しかし、穏やかな時間はずっとは続かないもので。
ライヴィスは頭を切り替えて、宰相の方を向いた。
「という訳だ。俺の妻、捕まってただろ?」
「そんな……まさか、本当に……?」
「探求者という魔法使いが王太子の背後についている。さぁ、どう行動すべきか分かるな?」
「っっっ‼︎近衛騎士団へ伝令‼︎王太子が国王暗殺未遂及び、拉致監禁容疑‼︎至急捕縛しろ‼︎」
「「ハッ‼︎」」
護衛達は慌てて牢屋から出て行く。
残された三人は、無言で顔を見合わせ……宰相が口を開いた。
「一つ、聞きたい」
「なんだ?」
「何故、貴殿自ら王太子を捕縛しなかった。貴殿ならば、簡単だろう?」
………そうだ。
本当ならば、ライヴィスがその気になればサウロを捕まえることも。
探求者を捕まえることも簡単だった。
だが、それをしなかった理由はただ一つ。
「あぁ、そんなの簡単だ。お門違いだからだ」
「………お門違い?」
ライヴィスはシャロンを撫でながら、呆れたように肩を竦めた。
「シャロンの拉致はまぁ……許せないが。先ほども言ったが、俺ら魔法ギルドはあくまでも魔法使いが関わっている、世界規模の危機を回避することを目的としている。もうこの時点で察してるかもしれないが……魔法ギルドは限定的な未来を知る力がある」
「…………初耳だ」
「当たり前だ、公にしていないからな。未来予知が行える魔法使いが存在すると公にすれば、魔法使いの立ち位置は余計に危険になる。沢山の者達が魔法使いを利用しようとするだろう?そして、魔法使いを戦争の道具に使おうとするだろう?……そうならないように、公にしていないのだし、危機を回避しようとしているんだ」
「…………なるほど。確かに魔法使いを利用すれば、世界すら手に入れることもできるという訳か……」
宰相は、ライヴィスの話を聞い魔法使いという存在がどれほど人から狙われる立場にいるかを理解する。
それと同時に彼ら魔法ギルドの存在が……魔法使いと世界、両方を守るための存在だと理解した。
普通の人間ならば、そんな直ぐには受け入れられなかっただろう。
宰相として様々な政敵を相手にし、賢くもあり、柔軟性に長けていた宰相クレッセトだからこそ、ライヴィスの話を受け入れられたのだ。
「今回、俺とシャロンが結婚した時点で、王太子が世界戦争を起こす未来は回避済みになったから……本当なら、これ以上魔法ギルドが関わる予定はなかったんだが……。戦争回避によって、代わりの事件が発生することになった」
「何?」
「今回の拉致はその一部だ」
「…………それを回避することはできなかったのか?」
「……多分、無理だな。未来予知の女神は、回避ではなく解決と口にした。遅かれ早かれこの時間は必ず起きていたということだろう」
世界戦争は回避できても、この事件は回避できない。
だから、最善かつ最短の解決をするため……シャロンは大人しく拉致されたのだ。
「まぁ、とにかく。拉致をキッカケに王太子は捕縛されることになった。そして、あいつを調べれば……国王の暗殺未遂という罪が出てくる。流石にそれの対処を魔法ギルドがするのはお門違いだろう?俺が罰するよりも国として罰する方が適当だと思わないか?」
つまり、罪には相応しい罰を与えるべきだということで。
宰相はそれに納得した瞬間ーーー。
凄まじい爆発音が響いた。
「な、なんだっっっ⁉︎」
「あぁ……王太子捕縛をキッカケに、本元の事件が起きただけだ」
「何っっ⁉︎」
「シャロン、行こう」
「えぇ」
シャロンとライヴィスは互いに手を取り合って、王城前の広場に転移する。
これもまた、未来予知の女神によって教えれた未来。
そこにあるのは……。
空を覆うほどに大きな、人型の機械だった。