第18話 運命の日の前日は、予習日でした。
「どう言うことだ、エクスプローラーっっっ‼︎」
サウロの怒声に、王太子の私室に呼ばれた能面の仮面をつけ、全身を覆うフードを被った探求者は……答える。
「…………どう、とは?」
「お前の言う通りにシャロン・マクスウェルを落とそうとした‼︎しかし、彼女は結婚までしていたぞ‼︎」
探求者はそれを聞いて、押し黙る。
本当ならば、サウロとシャロンが恋仲になることで……シャロンの力を利用するはずだった。
それが叶わなくても、彼女の双子の弟妹を人質に取れば良いと思っていた。
しかし、それは思わぬ人物の登場で……叶わなくなったのだ。
サウロに言われなくても、探求者にだって分かっている。
それほどまでに……彼の登場は予想できなかったのだから。
ライヴィス・クロノス。
三大賢人の一人、《虚無の魔法使い》。
………何故、こうなったのか。
もう一度、未来を演算しなくてはならない。
探求者はサウロに言う。
「再演算、する」
「あぁっ⁉︎」
「演算内容により、精度がーーー」
「いいからとっととやれ‼︎」
サウロはガシガシと頭を掻きながら叫ぶ。
探求者は……それを喚んだ。
「《演算せよ、機械仕掛けの神》」
カチカチと機械音を鳴らしながら、機械人形が現れる。
〝機械仕掛けの神〟ーーー。
条件と演算目的を指定することで、至る未来の可能性を予測する力を持つ……幻想種。
未来予知の女神と似ているが……機械仕掛けの神はある意味、その劣化版のようなものだった。
機械人形は鈍い動きで、探求者に向きあった。
「シャロン・マクスウェルを利用して世界を手に入れる可能性。サウロ・トゥ・ヴィルネス王太子の介入」
『………演算開始……可能性86パーセント』
「…………シャロン・マクスウェルを利用して世界を手に入れる可能性。ライヴィス・クロノスの介入」
側にいたサウロはその名前を聞き、目を見開く。
シャロンが結婚した話は聞いていたが……まさか相手が三大賢人の一人、ライヴィス・クロノスだなんて思いもしなかったのだ。
『……………演算開始………ERROR。演算不可』
「………………何?」
機械人形は聞かれた質問にしか答えられない。
ゆえに、探求者の質問に答えるものはいなかった。
「おい……エクスプローラー‼︎どういうことだ⁉︎ERRORってなんだ⁉︎」
サウロが怒鳴りながら聞くが、そんなの探求者にだって分からなかった。
何故なら、ERRORなんて初めてのことだったのだから。
「…………ライヴィス・クロノスによって、我々の目的を邪魔される可能性」
『演算開始………ERROR。演算不可』
「………かはっ……‼︎ゴホッ……‼︎」
幻想種はそれだけ言い残すと、探求者から全ての魔力を奪い消え去る。
探求者は魔力枯渇に陥り、膝をついて倒れかける。
サウロはそれを見て、目を見開いた。
「お、おいっっっ‼︎どういうことだ‼︎」
「……………分から、ない。こんなこと、初めてで……」
唯一分かったのはライヴィス・クロノスという存在が未知であるということ。
脅威という存在であること。
「……………ライヴィス・クロノスは……危険、だ……」
だが、ある意味これは彼さえも利用できるチャンスかもしれない。
最初は、シャロン・マクスウェルを利用する目的だった。
しかし……シャロンの夫となった今ならば。
彼女を人質に、ライヴィスも利用できるかもしれない。
そうすれば……探求者の目的を、絶対に果たせるだろう。
「殿下。提案がある」
「…………何……?」
「作戦の要を……ライヴィス・クロノスに変えよう」
探求者はその仮面の下で……ゆっくりとほくそ笑む。
しかし、彼らは知らなかった。
もう既に、彼らの目的は殆ど叶わないことをーーーー。
*****
(なるほど……機械仕掛けの神か……)
ライヴィスは自身の幻獣としての力と、魔術を行使して……サウロ達の会話を盗み聞きしていた。
機械仕掛けの神。
リフートの契約している未来予知の女神の劣化能力。
しかし、演算時の条件が揃っていればその正確性は未来予知の女神よりも高性能になる。
「ライヴィス?」
シャロンは急に黙り出した彼を不審に思い、声をかけた。
………本音を言えば、彼よりも彼が火を通している魚の方が心配だったのだが。
「あぁ、すまん。ババアに力の制限を解いてもらったおかげで、簡単に向こうの情報が集まった」
「………………え?」
シャロンは手伝いで作っていたサラダに添えるレタスを割いていた手を止める。
ライヴィスは魚のムニエルをひっくり返しながら、答えた。
「どうやらシャロンを人質にして俺さえも利用する気らしい」
「状況が悪化してるっっっ⁉︎」
「いや、大丈夫だろう……俺が介入すると、未来予測は不確定になるらしいから」
「……………………え?」
「それに、早々に手を出してくれるみたいだ。明日、多分拉致られそうになると思うが……フェル、頼んだぞ」
『あいあーい‼︎』
ライヴィスは笑って、背後で双子と遊んでいたフェルに告げるが……シャロンはピシッと動きを止めた。
「待って。私、明日、拉致られそうになるの?」
「なるな。俺の力が未知=強いんじゃないか?……ってことで、早々に味方につけたいみたいだ」
「えぇぇ………」
「で……シャロンには拉致られてもらいたい。そうすれば堂々と介入できる」
シャロンは囮にすると言われて絶句する。
しかし、「双子が巻き込まれる前に終えた方が良いだろ」という彼の言葉にシャロンは直ぐに頭を切り替えた。
「早急に解決するわよ」
「あぁ。何があっても助けに行くから大丈夫だ」
ライヴィスはふわりと笑って、頬を彼女の頭に擦り寄せる。
シャロンもその手に擦り寄り……目を閉じた。
「…………まぁ……拉致されたら、期待せずに待ってるわ」
「あぁ。というか……アレだったら、予習しておいたらどうだ?」
「…………え?」
「忘れたのか?シャロンは幻想種に愛される娘なんだぞ?」
「……………つまり?」
「未来予知の女神に協力して貰えばいい」
「未来予知の女神?」
『呼んだ?』
「っっっ⁉︎」
ギョッとして後ろを振り返れば、そこには金髪の神々しい女性がいて。
どうやら勝手にこの世界に来たらしい。
フェル達と遊んでいた双子もこちらに気づいて、彼女に駆け寄り抱きつく。
「美人さん‼︎」
「綺麗だね‼︎」
『ありがとう』
彼女は無表情のまま、双子の頭を撫でる。
ついでにシャロンの頭も撫でた。
『何が知りたい?明日の拉致のこと?この国の未来?それとも、ライヴィスとの赤ちゃんのこと?』
「ふぁっ⁉︎」
「え?」
シャロンはズルッと倒れかけ、ライヴィスは目を見開きながらそれを支える。
いきなりブッ込まれた衝撃発言に、彼女は顔を真っ赤にした。
「赤、赤ちゃ……えぇっ……⁉︎」
「何、そんなに驚いてるんだ?夫婦なんだから、いつかは生まれるだろ」
「…………ふひゃぁ……⁉︎」
この結婚は、打算だったはず。
なのに、いつかは子供が生まれるなんて言われたら……つまり未来ではちゃんとした夫婦になるということで。
「ねぇねぇ‼︎お姉ちゃんの赤ちゃん生まれるの⁉︎」
「いつ⁉︎いつ頃生まれるの⁉︎」
『生まれるのは、早くてーーーーー』
「ストーップ‼︎ストップよ‼︎恥ずかしいからそれ以上は駄目っっっ‼︎」
女神は無表情のまま頷く。
しかし……シャロンは明日のことを忘れて、気を失ってしまいたくなった。
衝撃が強過ぎる。
なのに、ライヴィスは至って動揺せず……というか、シャロンと赤ちゃんが生まれることに若干頬を緩めながら……女神に質問した。
「未来予知の女神。明日、シャロンが拉致られそうなんだ。彼女のために予習をさせてあげたいんだ」
『分かった。愛しい娘のためだから。でも、魔力は貰う』
未来予知の女神はシャロンから魔力を貰い、スラスラと明日起こるであろうことを語る。
それを聞いていたシャロンはどんどん顔が険しくなっていく。
そして……眉間を押さえながら、呻いた。
「………これが幻想種……未来さえも分かるって凄過ぎるわよね……」
「いや、これ、シャロンだけだぞ?魔力消費量が尋常じゃないから、リフートじゃ女神は世界規模の危険が起きる時しか使えない。それに、未来が分かり過ぎると危険だから……彼女も基本的には未来予知をしてくれない」
『そう。未来が分かりすぎると、危険。でも、今回は特別。娘の言葉選びで未来は少しずつ変わる。どんな未来になるか。その検証をしていこう』
「分かった。なら、シャロンと女神は向こうで話していてくれ」
シャロンと女神はライヴィスにそう言われ、席について明日起こることを話し続ける。
……どう動けば未来がどうなるか。
それが分かってしまうのは、危険だとシャロンも理解した。
だって、女神の力を使えば未来は自分の好きなやつにできてしまう。
もし悪いことに利用する人がいれば……自分が望む通りにできてしまう。
シャロンは、サウロ達がこの女神の力を使えなくてよかった……と思わずにいられなかった。
こうして、まさかの予習済みという状況で、運命の日を迎えることになるーーーー。