第17話 事態は動き始めました。
「この学園、外部から侵入できないように結界が張ってあるはずなんだけど?」
サウェールナが警戒しながらライヴィスを睨む。
彼はシャロンの頬を手でもちもちしながら、答えた。
「ちょっと結界の弱いところを突けば、簡単に侵入できる。それに、シャロンにマーキングしてたから」
「え?ライヴィスのーキングってそんな効果があったの?」
「シャロンには俺の匂いと魔力がついてるから。シャロンの側には来やすいんだ」
サウェールナはそれだけで簡単に転移を成し得たライヴィスに、目を見開く。
そして、先ほどの言葉を思い出した。
先ほど、彼はシャロンが三大賢人と繋がりがあると言った。
そして彼の名前は、ライヴィス。
つまり……。
「……三大賢人……貴方、《虚無の魔法使い》ライヴィス・クロノス?」
「「えっ⁉︎」」
エウレシアとテレサはギョッとしながら彼を見る。
ライヴィスは頷き、答えた。
「あぁ、そうだ。シャロンの伴侶でもある」
「「「っっっ‼︎」」」
ライヴィスはシャロンとメリルにチラリと視線を向ける。
それだけで聡い二人は理解する。
王太子達の目的がシャロン本人ではなく……シャロンからライヴィスに繋がることだと、錯覚させるようとしていることに。
そんな三人の心境を露知らず……エウレシアは納得したように頷いた。
「…………なるほどね……シャロン・マクスウェルを監視すると、必然的にライヴィス・クロノスに繋がる……そして、その子を人質に取り、協力させれば……」
「た、大陸の覇権も……夢では、ない?」
「えぇ。魔法使いは魔術師よりも規格外の存在ですもの。きっと、殿下の願望は叶ってしまいますわ。そして……わたくし達の婚約者達は、そんなサウロ殿下のお手伝いをしている。目的を聞いているかは分かりませんけれど……それが理由でシャロンさんに近づいていたということですわ」
「嘘ね」
しかし、サウェールナはメリルの言葉を否定する。
シャロン達はゆっくりと彼女に視線を向けた。
「おかしいでしょ。シャロン・マクスウェルとライヴィス・クロノスが出会ったのはここ最近だとメリル様は言った。だけど、殿下達の接触は春から……つまり、半年ほど前から。ライヴィス・クロノスが目的なら、どうしてそんな早く接触を開始する?普通、ライヴィス・クロノスに会ってから接触を始めるでしょ?時期が合わない」
「「………………っ‼︎」」
「何を隠してるの?」
シャロンとメリルは息を飲む。
さっきまでの興味のなさが嘘のような……探偵ばりの推理だった。
しかし……ライヴィスは動揺することなく、それを笑った。
「一部の魔法使いは、未来を予知することができる。だから、俺とシャロンが出会うことが分かっていた……という可能性は捨てられないぞ」
ライヴィスの言葉にシャロン以外の令嬢達は息を飲む。
未来を予知するなんてーーーなんて化物じみた力なのか。
将来、国を背負う者達の婚約者となる令嬢達は……その力の異常性と危険性を、たったそれだけで理解してしまった。
その力があれば、簡単に世界すら征服できるーーと。
サウェールナも、そんな異常な力があるなら……時期とズレなんて関係ないと理解してしまった。
「幻想種の力は危険だ。だから、魔力という対価が払えないと、魔法は発動しないという仕組みが出来上がっており、抑止されている。だけど、生命力を魔力に変換すれば、凄いエネルギーを生み出す。そうすれば、大陸を手に入れるなんて簡単だ。だから、シャロンを利用しようとしてたんだろうな。俺の命を使って、この大陸を手に入れられる……なんて予知をしたから、シャロンに接触していたんだろう」
「……………………それが分かっていたなら、なんで出会ったのよ」
「出会ってから知ったんだ」
ライヴィスの語ったことは全て嘘だ。
元々、彼はシャロン自身が利用され、世界戦争が起きることを知っていたし……幻想種に愛される娘と出会うのも必然だった。
だけど、彼は嘘をつく。
真実は、時に隠した方が幸せなこともあるから。
「行き倒れを救ってもらったんだ。流石に、自分がシャロン経由で殿下に狙われてたと知っていながら、出会った訳じゃない。それに……監視に気づかなかったら、シャロンを人質に俺は殿下に利用される未来しかたなかったと思う。こっちだって、被害者だ」
嘘だらけの言葉。
だが、それを見抜く力を彼女達は持たないがゆえに……エウレシア達は、彼の言葉を信じてしまう。
静まり返るサロン。
誰かが吐いた深い溜息が静寂を破り、メリルが口を開いた。
「………わたくしは、一番シャロンさんに敵意がなかったので、皆さんより先に相談を受けておりましたわ。今回、皆さんもシャロンさんの事情を知ったと思いますが……どうしますの?殿下達のことやライヴィス様のこと、各々の父君にご報告なさいます?」
暗にそれは、国を、大陸を手に入れるために王太子が戦争を起こそうとしていることを報告し……加えて、各家がライヴィスを利用するために動くかどうかの確認だった。
魔法使いがどれだけ危険で、どれだけ凄い力を持つかを理解しただろう彼女達は……魔法使いを上手く取り込めば、自分の家が繁栄することも理解していた。
「言っておくが。俺は魔法ギルドに所属している。フリートはまぁ……別だけど。俺は誰かに与する気はない」
「「「…………………」」」
「確かに、俺を手に入れれば君らの家は安泰だろうけど。でも……俺は《虚無の魔法使い》。その名が何を意味するか。分からなくはないだろう?」
ライヴィスはにったりと笑う。
その笑顔はとても美しいのに、不気味で。
メリルさえも、ぶるっと震えた。
「………はぁ……報告できる訳ない。魔法使いがどれだけ危険かも分かったし……リスクが大きすぎる。それに、本人は知らないかもしれないけれど……ワタシの婚約者であるペルサが、戦争の片棒を担いでるんだ。下手に戦争のことを話したら、ワタシ自身も危ない。だから、ワタシはこの話を聞かなかったことにするし、この件には関わらない。婚約も考え直さなくちゃいけないかな」
エウレシアは不干渉を宣言し、ペルサを完全に切り落とすことにしたらしい。
テレサはそれを聞いて……不安げな顔になった。
「わ、わたくしは……マーチ様に……被害がなければ……まずは、マーチ様に聞いて……」
「でも、もしマーチ様が戦争が起きることを理解して手伝っていたとしたら?それを聞いたことで、向こうに情報が渡る可能性もありますわ。下手をすれば……テレサさんまで害が及ぶ可能性も……」
「………………ぁ……」
メリルに言われ、テレサは口を閉じる。
彼女も本当は分かっていた。
一番最適なのは、関わらないこと。
しかし、大好きなマーチが関わっているのが……心配で堪らないのだ。
「……………わたしは興味ないから、どうでもいい。親に伝える義理もないし。戦争でもなんでも、好きにして」
沈黙したテレサの代わりに答えたサウェールナは、それだけ言い残すと口を閉ざす。
メリルは、若干顔色の悪いテレサを心配しつつ……口を開いた。
「わたくしは、ライヴィス様のことを報告致します。ですが、あくまでもライヴィス様を手に入れるためではなく……戦争が起きた際の協力体制を組むためですわ。ついでにシャロンさんの件を利用して、婚約解消も進めますわ。流石に、わたくしの家に被害が及ぶのは避けたいですので」
「………………まぁ……シャロンを利用しようとしなければ、それぐらいはいいか。だけど、メリル嬢の家に利用されそうになったら……」
「えぇ。潰しにかかって下さって構いませんわ」
「そうか。じゃあ、ひとまず……この五人でお茶会を飲んだ方がいい」
「えっ?」
ライヴィスがそう言うと、一時限目終了の鐘がなる。
彼はずっと抱いていたシャロンの頬を撫でながら、笑う。
「途中から話についていけてなかっただろ」
「うぐっ……だって、庶民の私には難しすぎるわ‼︎」
「でも、お茶ぐらいはできるだろう?」
「え?えぇ……?」
シャロンが意味も分からずに頷くと、ライヴィスは目を閉じて……耳を傾ける。
彼は自身の幻獣としての聴力、気配察知能力を駆使して、サウロ達の行動を把握していた。
「このサロンに防音術を発動してたから外にいた王太子の子飼いには話は漏れてないが……王太子がさっき〝始業時間ギリギリに来るのが仇になったとは……早くサロンに行かなくては……〟と呟いて、君らの婚約者に〝令嬢達にシャロンが攫われた。救いに行くぞ〟なんて馬鹿なことを告げているから、きっと突撃しにくる」
「なっ⁉︎」
「あぁ……駆け足の音だな。俺と双子は逃げた方が良さそうだ」
「ふぇっ⁉︎」
ライヴィスはシャロンの頬に優しくキスをして、その頬に頬を擦り寄せてから……微笑んだ。
「じゃあな、シャロン。また後で」
「………………また、後で……」
「サイファ、キャロル。帰ろう」
「「またね、お姉ちゃん‼︎」」
シャロンが何かを言う前に、ライヴィス達は転移する。
それと同時に、ノックもなしにサロンの扉が開かれた。
「お前達‼︎シャロン嬢に何してるんだ‼︎」
サウロ王太子とその側近達がギロリッとメリル達を睨む。
しかし、メリルはハッと鼻で笑って、答えた。
「お茶してるだけですけれど?」
「お前達が連れて行ったのだろう⁉︎」
「いえ、普通にお茶してただけですけれど?」
「……………え?」
まさか、シャロンにも肯定されると思ってなかったのか……サウロ達は固まる。
シャロンはニコーッと笑って告げた。
「旦那様の惚気をしてただけです」
「「「「……………………は?」」」」
シャロンの一言に………その場の空気は凍りついた。