第16話 天敵達の婚約者達と話しました。
「シャロン」
学園に向かおうとしたシャロンは、ライヴィスに呼び止められ振り返る。
彼はシャロンの左手を取って、その薬指に指輪を嵌めた。
「………………え?」
「結婚指輪だ。白金蔓という、特殊加工をすると白金に変化する特殊な植物で作った」
「え?」
シャロンは聞いたことがない植物だと思いつつ(幻想種の世界にある植物なので、知らなくて当然)……自身の指に嵌った指輪を見つめる。
緩やかに編まれた細い指輪。
小さな葉と金剛石で模された花がとても可愛らしい。
シャロンは頬を赤くしながら、ライヴィスを見上げた。
「貰って、いいの?」
「あぁ。夫婦だし……あった方が、俺のモノって分かりやすいだろう?」
「……………………あぅ……」
直球過ぎる言葉にシャロンは、更に顔を赤くする。
これで本人は、自分の気持ちがちゃんと分かってないというのだから……タチが悪い。
「ありが、とう」
「うん」
ライヴィスはスリスリと彼女の頬に頬を擦り寄せて、笑った。
「行ってらっしゃい」
「……………行って、きます……」
シャロンは顔を真っ赤にさせたまま、学園に向かう。
はっきりと言おう。
ライヴィスが、本能に任せて……というか。
無意識にスキンシップを取るようになった所為で、シャロンの心臓はデットヒートである。
もっと分かりやすく言えば、ドキドキし過ぎて死にそうになっている。
シャロンのフードに入っていたフェルは、呆れたように息を吐いた。
『ライったら〜。シャロがライの匂いだらけになってる〜』
「………ま、マーキング……」
『ほんのーに忠実なのは、幻獣の特徴だよね‼︎ライは自分の気持ちが分かってないから、余計にほんのー的なんだよ〜』
本能とはなんと恐ろしいのか。
シャロンは熱い顔を手で仰ぎながら、呻く。
だが……その顔は困ってはいなかった。
*****
シャロンは学園でもずっと左手に嵌った指輪を見つめていた。
それが何を意味するか。
同じ教室の生徒達はそれを見て、騒ついていた。
彼らの動揺も仕方ないだろう。
まだサウロ王太子達……シャロンにまとわりついている彼らはいない。
だが、生徒達はシャロンと王太子達の毎日を見ると……彼らの誰かから貰ったモノだとしか思えなかったのだから。
「っっっ‼︎」
そして、彼らの婚約者の中で我慢できない令嬢がいた。
「どういうことなのよっっっ‼︎」
「へっ⁉︎」
シャロンは橙色の鮮やかな髪の……勝気そうな令嬢に胸倉を掴まれる。
その表情は、完全に激怒していて。
シャロンは目を瞬かせた。
「エウレシア……様……」
騎士家系の伯爵令嬢でペルサの婚約者であるエウレシア伯爵令嬢。
彼女はギリッと歯を噛み締め、叫ぶ。
「誰からっ……貰ったの」
「……………え?」
「ワタシ達の婚約者のっっ、誰から貰ったのよ‼︎」
シャロンはそう言われてハッとする。
ライヴィスから指輪を貰い浮かれていたが……事情を知らない生徒達からすると、王太子達の誰かから貰ったと勘違いするのではと。
慌てて振り返れば、メリルもぎこちない顔をしているし……金髪の伯爵令嬢……マーチの婚約者であるテレサもポロポロと泣いていて。
マリオンの婚約者である黒髪の侯爵令嬢……サウェールナはどうでもよさそうだったが、シャロンはこのままでは最悪の展開になると理解する。
「大人しく言いなさーーー」
「ライヴィスですっっっ‼︎」
「………………………………は?」
だから、シャロンは自分の夫となった人の名前を叫んだ。
エウレシアは目を瞬かせ固まるし……テレサも涙が引っ込む。
周りにいた人々も固まり……シャロンから出てきた全然知らない人の名前に首を傾げた。
「…………………誰……?」
「私の旦那さんです………というか……これ、結婚指輪です……」
「………………………え?」
固まったその空気の中。
メリルは大きな息を吐いて……ぎこちなく笑った。
「と、取り敢えず……シャロンさん、エウレシアさん、テレサさん、サウェールナさん。ちょっと詳しい話をするためにサロンへ行きますわよ」
メリルの言葉に嫌そうな顔をしたのは、サウェールナだけだった。
*****
サロンに移動したシャロン達は、早速本題に入ることにした。
「先ほど話しましたが……誓約付きの結婚しましたので……もう婚約者の皆様を悩ませることはなくなると思います」
「「「「…………………」」」」
誓約魔術は、(身内を除く)伴侶以外の異性と触れられなくなる魔術だ。
知る人ぞ知る婚姻方法で……独占欲が強い人、溺愛家が行うことが多い。
メリルは大きく息を吐いて、シャロンに聞いた。
「………ライヴィス様と?」
「ライヴィスと、です」
「まだ出会って少しですわよね?そんなに経っていないとお聞きしてたと思うのですけれど?」
「………だって……誓約付きの結婚すれば、王太子達と接触しなくて良いと……結構ストレスだったのよ……」
「ちょっと待ちなさい」
エウレシアは、二人の会話を止める。
そして、怪訝な顔で質問した。
「メリル様はその子の相手を知ってるの?」
「えぇ……知ってるわ」
「じゃ、じゃあ、‼︎貴女はその結婚相手が今までいたのに……マーチ様達と親しくしてたの?」
テレサは泣きそうな顔で叫ぶ。
だが、シャロンも顔を歪めながら反論した。
「あぁ……逆に聞きますけど。庶民でしかない私が王太子殿下達を無下に扱ったら、どうなるとお思いですか?この選民意識が強いこの国で」
「………………ぁ……」
マーチが好きで好きで好き過ぎて。
恋に盲目になっていたテレサは、そう言われて我に返る。
確かに、シャロンが無下に扱ったら……他の貴族達は余計に敵視していただろう。
「………それに……王太子殿下に監視されていたので。実際に王太子殿下の機嫌を損ねたら、私の家族が……」
「「「えっ⁉︎」」」
どうでもよさそうにしていたサウェールナさえも驚きの声をあげて、シャロンに視線が集まった。
メリルはそれを知っていたからか……ゆっくりと頷く。
「………なるほど。殿下対策の婚姻という訳ですのね」
「………そ、そうなんですけど……」
「……………あら……?」
確かにサウロ達への対策で、結婚を決めた。
だが……シャロンは、昨日の子供みたいな笑顔を思い出して頬を赤くしてしまう。
メリルはちょっと目を輝かせながら、彼女に詰め寄った。
「あら?あらあらあら?」
「いや、結婚すれば……敵意は減らせるって思ったのよ?確かに打算だったのよ?でも、その……ライヴィスが……」
「……………ライヴィス様が?」
「ライヴィスが……なんか‼︎なんか可愛くて‼︎」
シャロンは顔を真っ赤にして叫ぶ。
そう、あれは可愛いのだ。
スリスリと甘えてきて、ふにゃりと笑う。
シャロンの母性本能的なモノが擽られて堪らない。
「でも、本人は無自覚なのよ‼︎というか、今、学んでる最中でっ……‼︎取り敢えず、本能に身を任せてるもんだから、スキンシップが激しくてっっっ……‼︎」
「……………まぁ……あのライヴィス様がそんな感じなのね……」
「ちょっと待って」
そんな時、今まで黙っていたサウェールナがストップをかける。
その顔は疑うような……表情だった。
「話が流されそうだったから聞くけど。監視って何。どういうこと?」
「……………そのままの意味です」
「どうしてたかが庶民を監視するのよ」
彼女の疑問も確かだろう。
シャロンの事情を知らないサウェールナ達は、庶民だとしか思っていない。
しかし、事情を知っているメリルは……静かに告げた。
「わたくしの子飼いに探らせていたのですが……殿下は、この大陸の覇権を狙い、シャロンさんを利用して戦争をしようとしているらしいのですわ」
「「「「なっ‼︎」」」」
彼女達は、その言葉に驚いて目を見開く。
シャロンが驚いたのは……情報を知らないメリルが、戦争のことまで調べがついていた件についてだが。
「どうやら……野良の魔法使いが殿下の背後についているようですの」
「ちょ……ちょっと待って‼︎魔法使いは三大賢人だけじゃないの?」
「公的な魔法使いは、三大賢人ですが……お忘れですの?エウレシアさん。魔法ギルドには、彼らの弟子も所属しているんですわよ」
「……………あ……」
つまり、野良の魔法使い、魔女がいるのも当然ということで。
エウレシア達は納得した。
「あまり公になってはいない様ですが……悪の道に進む魔法使いもいるらしいですわ。殿下の背後についているのは……」
「……わ、悪い……魔法使いさん……なんですか……?」
「えぇ、テレサさんの言う通りですわ」
「……………メリル様の言うことだから、嘘じゃないんでしょうけど。なんで、その子を利用しようとしてるの?」
「それはーーー」
「それは、シャロンが三大賢人に繋がりがあるからだ」
「ひゃあっ⁉︎」
シャロンは背後からギュウッと抱き締められて、小さく悲鳴をあげる。
慌てて振り返ると……そこには、ツノを隠したライヴィスがスリスリと彼女の頭に頬を擦り寄せていた。
「ライヴィス⁉︎」
「フェルから俺も来た方が良いと連絡がきたから来た。シャロン、さっきぶり」
「あ、ちょっと……スリスリは……」
シャロンは顔を真っ赤にして慌てるが……彼は離してくれそうになくて。
二人の背後で呆れたような声が響いた。
『あれがバカップルならぬバカ夫婦よ。よーく学んでおきなさい?』
「お姉ちゃんとお兄ちゃんがイチャイチャ〜‼︎」
「ずっとスリスリしてるねぇ〜。仲良しさんだ〜‼︎」
「風の妖精さんっ⁉︎何双子に教えてるの⁉︎というか、どうして双子がここにいるの⁉︎」
シャロンが叫ぶと、ライヴィスが代わりに答える。
「シャロンが結婚したことで、王太子がどう動くか分からなかったから。もしかしたら、強硬手段に出るかと思って。王太子の監視がいるのに置いてくるのは危険だし、力が解放されたから、ついでに連れて来た」
「…………確かに。ありがとう、ライヴィス」
「あぁ」
ライヴィスはシャロンに抱きついたまま……天敵達の婚約者達に視線を向けた。
「さて、話をしようか。仲間は多い方が楽だから」
どうやら、彼はシャロンの仲間を増やすつもりらしかった。