第15話 子供みたいに笑いました。
「あはははっ‼︎つ、つまり、お嬢ちゃんが先に求愛してたってのかい⁉︎」
エルカトラはケラケラと笑うが、シャロンは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そ、そんなの知らなかったもの‼︎分かる訳ないじゃないっっっ‼︎」
「そりゃそうだろうね‼︎でも、それどころかライヴィスも分かってないときた‼︎なんだい、そりゃぁ‼︎感情が追いつく前に本能で番……番とか‼︎あははは‼︎ヘンテコすぎるだろっ⁉︎」
『…………なんか……色々と拗れてるようだが。我はもう帰るぞ』
「ありがとうね、心読の悪魔」
影法師はエルカトラから魔力を奪い、消え去っていく。
シャロンは(まさか、自分から求愛なんてしてたとは……)と顔を真っ赤にして、沈黙した。
「…………さて……まぁ、なんだい。もう夫婦になっちまったもんは仕方ないからね。これからどうするかは、アンタらが決めな」
「……………はい……」
「一応、ライヴィスと夫婦……になったことで、世界戦争は回避したらしいけどね」
「…………………え?」
エルカトラは「それを伝えに来たんだった」と頭をガシガシと掻く。
オロオロとしていたイネスは、流石にエルカトラの説明力のなさに呆れたのか……口を挟んだ。
「えっと……ワタシ達がここに来たのは、シャロンさんとライヴィス兄が婚姻したことで、最短で世界戦争が回避されたとフリート様に教わったからなんです。でも、出会って直ぐに婚姻なんて……普通はないでしょう?だから、ライヴィス兄がシャロンさんを傷モノにしたんだとエルカトラ様が勘違いしまして。殴り込み決めた訳です」
「殴り込み⁉︎」
「だけど、蓋を開けてみたら……シャロンは求愛してましたし、婚姻の際に使われる異性を忌避する魔法が目的だったとかで、そういうことじゃないと分かった感じでしたが。まぁ、そこは置いといて。世界戦争は回避しましたが、愚者が愚かなことをするからこのままお二人に解決させるのが良いというのが女神の予知結果です」
「そうなのかい?」
「エルカトラ様はそれを聞く前に殴り込み決めてしまいましたから、ワタシが代わりに聞いておいたんですよ‼︎」
イネスはちょっと怒りながら言う。
エルカトラはそろ〜っと目を逸らした。
「まぁ、ということなので……シャロンさんにはこのまま、ライヴィス兄と暮らして頂ければと思います」
「………………はぁ……」
「ついでに、ライヴィスの情操教育でもしておくれ。アンタからの求愛を受けてんだから、ライヴィスもアンタのこと、満更じゃないはずさ。………お嬢ちゃんも、ライヴィスのこと……満更じゃないだろう?」
「……………ぅ……」
シャロンは頬を赤くして俯く。
ライヴィスのことを好きか嫌いかと言われれば……好きだ。
シャロンが頑張っていることを、認めてくれたし褒めてくれた。
甘やかすように頭を撫でてくれて、抱き締めくれた。
簡単と言われようが、こうやってくれる人は今までいなかったのだ。
好ましく思ってしまうのも仕方ないのだろう。
だが、それが愛情なのかは分からない。
分かることは……ストレスでまともな判断ができないほど追い詰められていたとはいえ……ライヴィスとの結婚を受け入れられる程度には、彼を好いていることぐらいだった。
「………まぁ……なんだい。これから二人の在りようを決めていけばいいさ。何かあったら、アタシ達が相談に乗ってやるよ」
「そろそろ起きそうですよ、エルカトラ様」
ライヴィスの方を向けば、彼は小さく呻き声をあげていて。
エルカトラはケラケラと笑いながら、立ち上がる。
「じゃあ、アタシらは行くかね。後は若いモン達に」
「はい。では、シャロンさん。また」
「えっ、ちょっーーー‼︎」
シャロンが止める前に二人は転移で消え去り……同時にライヴィスは目を覚ます。
シャロンは、呆然とするライヴィスに……なんとも言えないような笑顔で、告げた。
「おはよう……ライヴィス……」
「…………………おはよう……シャロン……」
ライヴィスは何度か瞬きを繰り返し……ハッとする。
そして……顔を歪めた。
「……………あぁ……バレたのか……」
ライヴィスは自身の力が解放されているのに気づき苦笑する。
その顔は、酷く冷たくて。
………でも、怯えているみたいで。
シャロンは彼の頬をむにょんっと引っ張った。
「えぇ。全部教えてもらったわ」
「………………………」
「なんで隠してたの?」
シャロンに聞かれ、彼はピクッと震える。
そして……自分自身がよく分かってないような顔で呟いた。
「…………分からない。ただ……シャロンが不安に思うかもと思ったら……」
「……………言えなかった?」
「言った方が楽だとは分かってた。だけど……言えなかったんだ」
シャロンはふぅ……と息を吐く。
そして、彼をぎゅうっと強く抱き締めた。
「ライヴィスの過去とか、戦争とか……色々とシリアス過ぎだわ」
「…………シャロン……?」
「なんか色々と思うことはあるわよ。まぁ、でもこの際どうでもいいわよ。深く考えたら負けな気がするもの」
「………え?普通気にしなくちゃいけないと思うんだが?」
「煩い」
「……………えぇぇ……」
うにょうにょと頬を引っ張りながら、シャロンは息を吐く。
そして……少しだけ抱き締める力を緩め、至近距離で彼を見つめた。
「いや、まぁ……求愛行動しちゃったらしい私も私だけれどね。別に私のために隠さなくてよかったわよ。話してくれれば……まぁ、うん。色々と悩んだろうけれど……そこまで過保護にしなくても、よかったわ」
「…………………求、愛?」
「………エルカトラ様の呼んだ幻想種が、ライヴィスの血筋ではご飯をあげることが求愛らしいわよ?だから、ライヴィスは本能的に私を、その……番扱い…してたらしいというか………」
「………………………………え?」
ライヴィスが目を見開いて固まる。
沈黙が満ちて数十秒。
彼はゆっくりと眉間を揉んだ。
「…………………なんと……」
「そのなんとは、どういう意味かしら」
「………いや、俺は生き物として欠陥品だから……まさか本能で、そんな行動してるとは思ってもなかったというか………」
ライヴィスは本当に驚いていた。
彼は、自分がどこまで中途半端で。
未発達なんかじゃなくて、どこまでも〝何か〟が欠けていると理解していたのだ。
だから、本能とはいえ……番扱いをしたりしていたなんて。
「…………まぁ、その……とにかく‼︎ライヴィスが私と結婚したから、世界戦争は回避したらしいわ‼︎」
「えっ」
「でも、まだ色々と問題があるらしいから……暫くこの暮らしは継続よ」
「………そう、なのか……」
ライヴィスは、それを聞き黙り込む。
暫くしてから……彼は、その瞳に怯えを滲ませながらシャロンに聞いた。
「…………………………………恐く、ないのか?」
「何が?」
「俺、が」
ライヴィスは人でも幻想種でもない、中途半端で。
利用するために手篭めにしようとした奴もいた。
力を恐れて消そうとした奴もいた。
…………ライヴィスが周りを恐れるように、周りもライヴィスを恐れていたのだ。
だから引きこもっていた。
悲しまないように、苦しまないように。
…………もう、傷つきたくないから。
だが、それを聞いたシャロンは……呆れたように彼の両頬を強く抓った。
「…………………いひゃい」
「馬鹿ライヴィス」
「…………ひぇ?」
「ライヴィスは、私が頑張ってて偉いって言ってくれたの。チョロいって言われるのは癪だけど、私のこと……ちゃんと認めてくれる貴方が恐い訳ないでしょう」
「…………………………………」
「それに、幻想種に愛される私と、愛されるがゆえに幻想種を信じちゃうらしい私。ほら、そんな確実な信頼関係が築けちゃうのよ?不安に思う必要ある?」
そう告げたシャロンは、クスクスと楽しげに笑っていて。
ライヴィスは何故か分からないが、泣きそうになる。
胸が……熱くなる。
「………………シャロンは、俺のこと裏切らない?傷つけない?」
「裏切らないし、傷つけないわよ。その必要がないもの」
「……………………なんか……よく分からないけど……胸が熱い……これは……何?」
「……………さぁ?それはライヴィス本人じゃなきゃ分からないわ。でも、そういうのを一緒に知っていきましょう?どうせ、まだ暫くは一緒にいるんだから」
「………………………あぁ……」
ライヴィスは子供みたいな笑顔を浮かべる。
ふにゃりと、はにかむような……笑顔を。
シャロンは、歳上なのになんか可愛い笑顔を浮かべる彼を見て……何故か胸がキュンっとした。
(………ラ、ライヴィスが……可愛い⁉︎)
シャロンは無意識に彼の頭をなでなでして、顔を胸元に抱き締める。
ライヴィスはそれを嬉しそうに目を細めて受け入れていて。
仔犬のようにスリスリと頬を寄せた。
『……………なんだろう……この光景……甘い……』
『アレが夫婦のスキンシップってヤツよ。多分』
「僕らもぎゅーってする‼︎」
「するーっ‼︎」
『あ、こらっ‼︎夫婦の時間を邪魔しちゃーー』
「「どーんっ‼︎」」
「「ぐふっ⁉︎」」
声は聞こえてなかったはずなのに、シャロン達が抱き締め合っているのを見て……我慢できなくなった双子が、二人に突撃する。
お腹の溝にその頭突きがクリーンヒットしたが……シャロン達は双子の頭を優しく撫でた。
「あ……危ないから……知らない人に突撃しちゃ駄目よ……」
「うん‼︎お兄ちゃん、ツノ、カッコいい‼︎」
「凄いねぇ〜‼︎触りたい‼︎」
「あぁ……痛くしないなら、触っていいぞ」
双子は「「ふぉぉぉ‼︎」」と興奮しながら、ライヴィスの頭を触る。
どうやら双子も……ライヴィスを恐れることはないらしい。
彼はへにゃりと笑いながら、三人を抱き締めた。
「あぁ……なんか分からないけど。泣いてしまいそうだ」
「………そう」
泣いてしまいそうと言いながらも、その顔は嬉しそうで。
きっと、嬉し泣きしそうなのだろう。
シャロンはそんな彼の頬を撫でながら、笑った。
「これから、たくさん知っていきましょうね」