第1話 拾った人は、ただ者ではありませんでした。
魔術大国ヴィルネス。
この国は人の歴史と共に魔術の歴史を築き上げてきた。
人の意思を反映させ、超常的な力を発動させる魔術。
様々な理論、術式を後世に伝え、改良され、進化させ、現在に伝わってきた。
今、この国が魔術大国と呼ばれているのは先人達のおかげである。
しかし、魔術というものは全員が使えるものではない。
魔術の才能、というものが必要となってくる。
それは魔力量だったり、術式を理解できる頭脳だったりとするのだが……この国で魔術を使えるのは、大体が王侯貴族である。
しかし、そんな中にも例外というものが存在する訳で。
その例外に当て嵌まるのが、シャロン・マクスウェルという少女だった。
貴族特有の薄金色の髪に、夜明けのような瞳。
しかし、その身分は平民。
いや、それどころか貧乏人。
魔術を使えるのは貴族の特権、そう思っている貴族達にとって……シャロンは目の敵だった。
彼女が睨まれているのは、それに加えてある人物達の所為もあるのだが……。
とにかく、シャロンはその努力でその蔑みを乗り越えるしかなかった。
弟妹の世話があっても、休むことなく学園に通い……優秀な成績を収めることで、貴族達に負けないように頑張ろとした。
………しかし、所詮シャロンも子供。
彼女はまだ分かっていなかったのだ。
優秀な成績を収めるほど、貴族の子息達は彼女を邪険に思うことをーー。
そして、貴族達がそんな彼女を攻撃するための機会を伺っていたことをーー。
*****
流石に双子と不審者を放置していけるはずもなく……シャロンは学園に休みの連絡を入れて、ガツガツとパンを食べる男を見た。
古びた家。
ガタがきている机と椅子、一つだけのベッド。
水回りはシャロンの魔術でなんとかしているが……まぁ、とにかく。
この家にこの男を養う余裕などない。
それどころか大切な食料すらもドンドン消費される始末。
シャロンはもう既に後悔していた。
(………あぁ……拾うんじゃなかった……)
「ふぅ……ご馳走さまでした」
男は両手を合わせて頭を下げる。
見た目は見窄らしいのに、そんなちゃんとした挨拶ができるなんて思いもしなかったシャロンは……キョトンとする。
「おじちゃん、大丈夫?」
「もう倒れない?」
「あぁ、ありがとう。すまなかったな、レディと小さな天使達」
…………余りにも気障な言い方にシャロンは怪訝な顔になる。
双子は天使達と呼ばれて嬉しそうにはしゃぎ回っていたが。
そんな顔をするシャロン達を一目見て……彼は神妙な雰囲気を出す。
「だが、見ず知らずの男を簡単に家に入れるのはどうかと思うぞ」
「いや、不審者の貴方が言う?」
「…………む?」
思わずシャロンは額を押さえる。
なんだが、この男の纏う空気はマイペース過ぎて……力が抜けてしまうのだ。
男は自分の姿を確認して、沈黙する。
そして「うん」と頷きながら立ち上がった。
「すまない、浴室を借りて良いだろうか?」
「良いけど……シャワーは出ないわよ。水とかが必要なら魔術で……」
「いや、そこまでして頂かなくても大丈夫だ」
「「ボク(ワタシ)達が案内する‼︎」」
双子が男の手を引き浴室に連れて行く。
シャロンはそんな後ろ姿を見て、大きく溜息を吐いた。
一体、何がどうしてこうなったのか。
行き倒れの男を拾って介抱など……普段のシャロンなら……。
「「うわぁぁぁぁぁ‼︎」」
「っっ⁉︎サイファ、キャロル⁉︎」
シャロンは双子の声に驚いて慌てて浴室に向かう。
中を確認するために勢いよく扉を開けたシャロンは……。
「一体、何……が………ぁ…?」
……………目の前の白皙の青年を見て、固まった。
黒藍色の髪は邪魔にならない長さまで切られており、灰色の瞳は優しい光を宿している。
汚れ一つない白磁の肌。
ボロボロだった服は、清潔感のあるシャツとズボンに変わっているし……。
………一体、何が起きているのか。
シャロンは言葉を失くして呆然とした。
「………ん?どうした?」
青年はキョトンとした顔でシャロンを見つめる。
しかし、彼女は動くことができない。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん‼︎おじちゃん、一瞬でパーッ‼︎って‼︎」
「おじちゃん汚かったのに、綺麗になったの‼︎驚いたの‼︎」
双子がガクガクと身体を揺することで、シャロンはハッと我に返る。
一瞬の様変わり。
考えられることは、この目の前にいる男は魔術師だということ。
シャロンはゴクッと喉を鳴らして……双子を抱き締めた。
「……………」
青年は驚いたように目を見開くが、シャロンの震える手に気づき……優しく微笑む。
「俺のことも話さなくてはいけないな」
「……………」
「命の恩人に無粋な真似をするほど、愚かではない。だから、そんなに心配しないでくれ」
青年が、自分の心配に気づいているのだと……シャロンは唇を甘噛みした。
彼女の心配は、この可愛い双子が傷つくことだ。
自分のことがどうなろうと構わない。
しかし、大切なサイファとキャロルだけは……守りたかった。
「…………ふむ…力が制限されているが……子供好きなアイツなら協力してくれるか」
青年の言葉にシャロンは双子を抱く腕に力を込める。
そして、魔術で拘束しようとしてー……。
「《風の妖精よ、姿を見せてやってくれ》」
ふわりっ……。
柔らかな風が頬を撫でる。
シャロンの視線の先には……緑色の光を纏った、半透明の小さな妖精がいた。
『初めまして、可愛らしいお嬢さん達』
にっこりと笑う小さな存在。
それを見た双子は目をキラキラさせて、シャロンの身体を揺すった。
「お姉ちゃん‼︎妖精さんがいる‼︎」
「凄いよ、お姉ちゃん‼︎」
愕然とするシャロンは、妖精という存在を見て目を丸くする。
彼は自らが作り上げた術式を使っていない。
先人達の理論を展開していない。
それはつまり……。
「…………《魔法使い》……?」
シャロンは震える指で彼を指差す。
青年はそれに頷いた。
「あぁ。俺は魔法使いだ」
『アタシは風の妖精。こいつが貴女達が怖がらないようにって呼んだみたいね?』
「「妖精さん、綺麗‼︎」」
『あらーっ‼︎可愛いこと言ってくれるわね‼︎』
「双子と遊んでやってくれ」
ライヴィスは風の妖精に魔力を与えると、そのまま風の妖精と双子は遊び始める。
それを見たシャロンは、固まったまま動けない。
魔法使いーー。
魔術師が人の意思で人が作り上げた術式に魔力を通すことで発動するが、魔法使いは違う。
魔法使いは人ならざる存在……妖精や精霊、幽霊など幻想種と呼ばれる存在達に魔力を対価にお願いをして超常現象を起こす。
それは人が作り上げたモノより遥かに強力で、遥かに超常的。
そして……魔法使いは、この世界に三人しかいないとされていて。
「貴方……いや、貴方様は……」
「そんなに畏まらなくていい」
青年は優しく笑って、シャロンの手を取る。
そして、その甲に優しくキスをした。
「俺の名前はライヴィス・クロノス。一部の者からは《虚無の魔法使い》と呼ばれている」
シャロンはその事実に眩暈を起こしそうになり、ライヴィスに支えられる。
ライヴィス・クロノスー。
三大賢人の一人。
世界最高峰の一人。
……シャロンとは縁も所縁もない……そして、天井の人が目の前にいた。
「ついでなんだが、俺をこの家に置いてもらえないだろうか?」
シャロンは今度こそ、その爆弾発言に気絶したーー。