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第8話 天敵の一人目、現れました。






こんがりと焼き目がついたパンには、バターがたっぷりと塗ってある。

さっぱりとしたサラダと、ふわふわのオムレツ。

良い香りの紅茶を堪能して……シャロン達は息を吐いた。


「美味しかった……」

「「幸せ〜……」」

「お粗末様でした」


満足げな顔をするシャロン達に、ライヴィスは微笑む。

時計を見ればそろそろ家を出る時間。

シャロンは椅子にかけていた鞄を手に取ると、声をかけた。


「じゃあ、行ってくるわ」

「あぁ、気をつけて。フェル、頼んだぞ」

『任せて‼︎』

「シャロンに手を出そうとする奴がいたら……」


ライヴィスはニッコリと微笑みながら、親指を立てて首の前で横に引く。

シャロンはそれを見て顔を引きつらせた。


「ヤってやれ」

『うん‼︎』


ヤってやれの〝ヤ〟が〝殺〟に聞こえたのは、気の所為じゃないはず。


「いや、ヤってやれじゃないわ‼︎双子の教育に悪いからそういう物騒なのは禁止よ‼︎」

「『えー……』」

「えーじゃないわ‼︎」


シャロンは思わず大きな息を吐く。

だが、彼女は分かってしまった。

ライヴィスがそう言ったのは、ワザとなのだと。

微かに震えるシャロンの緊張を、少しでも和らげようとして……そんな風に言ってくれたのだと。


「じゃあ、ライヴィス。サイファ達をよろしくね」

「勿論。行ってらっしゃい」

「「行ってらっしゃい、お姉ちゃん‼︎」」


シャロンは見送られて家を出る。




……………学園という、彼女に優しくない地獄(現実)に向かって。





*****




ヴィルシーナ魔術学園。




貴族の子息令嬢(十六歳〜十八歳)が通う、魔術師のための学園。


シャロンは向けられる悪意に晒されながら、校舎への道を歩く。


蔑み。


憤り。


嘲り。


妬み。


まだ若く、我慢を叶えてきた貴族の子息令嬢達は悪意を隠すということをしない。

成績が優秀でありながらも、貴族じゃない庶民であるシャロンは、彼らにとって異物だ。

選民意識の高い彼らにとって敵だ。

だから、シャロンはこの学園で孤独だった。

加えて……。



「シャロン嬢‼︎」



「っっっ‼︎」


彼女には、その悪意を増長させる存在が纏わりついていた。


「………サウロ、王太子殿下……」


穏やかな青い髪に、橙色の瞳。

整った顔立ちの美青年は、柔らかく微笑みながらシャロンに近づいてくる。

サウロ・トゥ・ヴィルネス王太子。



シャロンの天敵の一人(・・・・・)である。



「よかった……昨日は休みだったから、心配してたんだ。家の都合……ということだったけど、何かあったのかい?」

「…………いえ……何もありません」


シャロンは頬を引きつらせながら答える。

周りの視線は棘のようになっているのに、この王太子は気づいているのか……気づいていて(・・・・・・)無視しているのか。

本来なら、無視してしまいたい。

だが、シャロンは庶民(貧乏人)でサウロは王太子なのだ。

無視をしたら不敬罪で罰せられるかもしれない。

余計に向けられている悪意が酷くなるかもしれない。

ゆえに、シャロンは動けない。

しかし……〝もう何も言うな、行動するな〟と願うシャロンの内心とは裏腹に、サウロは更なる爆弾を落とした。



「そんなことを言わないでくれ。わたしと君の仲だろう?」



ギロリッッッ‼︎

ここは校舎前の道であり、今はちょうど登校時間で。

何が言いたいかと言うと……周りには沢山の生徒がいた。

そんな中で王太子は、ただの庶民でしかないシャロンと暗に〝ただならぬ仲〟だと公言するようなことを言ったのだ。



(…………………な・ぐ・り・た・いっっっ‼︎)



そう……シャロンの学園生活をより悪くしているのは、この王太子を初めとする高い身分の青年達だった。



ヴィルネス王国の王太子サウロ。


魔術師連合の総帥の息子マーチ。


王宮近衛騎士団団長子息のペルサ。


ヴィーサス公爵家嫡男マリオン。


そして……ヴィルシーナ魔術学園の若き理事長であり王弟のテスタ。



この五人の男達が、無意味にもシャロンに絡んでくる所為で……彼女は余計に貴族令息令嬢達から目の敵にされていたのだ。


「シャロン嬢?」


顔を引きつらせて固まったシャロンに、サウロは手を伸ばす。

その手が彼女の頬に触れようとした瞬間ーー。



がぶっ。



………………フェルが噛み付いた。

容赦なく。


「フェルぅぅぅぅぅぅぅぅうっ⁉︎」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ⁉︎」


シャロンは思わず叫んでしまうが、サウロの悲鳴も負けていない。

彼女は慌てて、フェルを掴み離そうとした。


「フェル‼︎汚いからぺってしなさいっっっ‼︎」

『うん‼︎』


本当にぺっ‼︎と吐き出すフェルに、シャロンは冷や汗を掻く。

…………だが、冷や汗を掻いている場合じゃなかったと、彼女は我に返る。


「で、殿下‼︎怪我はっ……‼︎」

「な、なんだこの犬は‼︎今すぐ殺せっっっ‼︎」

「っっっ‼︎」


サウロ王太子は半狂乱状態になって、フェルを殺せと命じる。

だが……それをやった本人が、この状態で一番冷静だった。


『貴様は我が主人に許しなく触れようとした。ゆえに、従魔である我は主人を守るために貴様に攻撃をしたのだ。だが、貴様は主人を守るために攻撃したがゆえに我を殺すと申すか』

「なっっっ⁉︎」

「えっっっ⁉︎」


のほほんとした喋り方しか聞いてなかったシャロンは、いきなり厳かな雰囲気を醸し出し始めるフェルにギョッとする。

サウロの方に至っては、フェルの言葉はまさにその通り過ぎて反論できなかった。


従魔とは、主人を害する者、許可なく触れようとする者から守ることを第一としている。

サウロはシャロンの許可なく触れようとした。

つまり、従魔であるフェルに反撃されても文句は言えない立場だったのだ。


「じゅ、従魔だと……⁉︎」

『あぁ。昨日、契約を成した。そして、愚かな人間よ。貴様は怪我を負って(・・・・・・)さえいない(・・・・・)のに、我を殺すと申すか』

「………………は?」


その言葉にサウロは噛まれた手を見る。

その手は何も傷ついていない。



怪我を負っていない(・・・・・・・・・)



そして、サウロは自分が噛まれたという光景だけでパニックを起こし、痛みもなかったのにフェルを殺そうとしていたのだと……理解する。



『まだ戯言を抜かすのであれば、我は本気で貴様の首を噛み切る』



ブワリッ……‼︎



仔犬が発するとは思えない殺気に、その場にいる者達は息を詰める。

だが……その主人であるシャロンだけは、別だった。


「フェル‼︎本当にヤれを実行しないの‼︎」

『うん、分かった‼︎』

「真面目な感じから一気に緩くなるその変わりよう凄いわね⁉︎」


フェルはシャロンに言われた通りに殺気を霧散させらにぱーっと笑う。

シャロンは溜息を吐きながら、王太子の方へ視線を向けた。


「あの……私の従魔がすみません」

「い、いや……従魔の主人である以上、その仔犬の言葉は……間違いでは……ない……わたしも……少し、驚いてしまったようだ……」


サウロは自分が幻覚でも見せられていたのだろうと判断して、謝罪する。

シャロンはなんとも言えない感じになり、頭を下げてその場を走り去った。













(なんで、噛んだのに怪我してなかったのかしら……?)

『簡単だよ。今の僕は存在を境界に立たせてるんだ』

(境界?)


事前に主人と従魔は念話ができると知っていたから、シャロンは驚かずにフェルの話に耳を傾けた。


『そう。この世界と、僕が暮らしてる世界の境界。だから、ある意味存在していて存在していない。見えているけど、触れないようなモノなんだよ。幽霊状態って言えば分かりやすいかな?』

(………え?でも、私は触れてるわよ?)

『そこは契約のおかげなのです‼︎ちなみに、この声もシャロンだけにしか聞こえないようにもできるし、シャロン以外にも聞こえるようにもできるよ‼︎ちなみに姿もね‼︎』

(………………へぇ……)


つまり、フェルはシャロン以外には見えない護衛になることもできるらしい。

彼女が感心していると……フェルは真剣な顔で呟いた。


『シャロン。王太子アレ、臭いから近づかない方がいいよ』

(……………臭いって……)

『アレは、腐った卵みたいな臭いがする。悪人の臭いだ』

(悪人の、臭い……)

『ライヴィスにも言われたけど、シャロンの力を狙う奴は沢山いるよ。なるべく、悪人の側には近づかないのも……身を守る術だよ。僕も守るけどね』


シャロンは真剣な顔で頷く。



幻想種に愛されるーー。



それが悪用されたらどうなるか。

それが分からないほど、シャロンは愚かではない。


(気をつけるわ)

『そうして』



シャロンは緊張した面持ちで、教室に向かった。







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