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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
フィンチ伯爵領
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合同訓練 2 海上訓練と予想外の敵

 今日から、待ちに待った海上訓練である。

 軍船と漁船が集まって船団を形成し、いずれの船も乗組員が慌ただしく操船しているのが見える。この状況で海上で戦うのだ。これは地上での訓練とはわけが違う。


 理一達も船に乗っていた。今回は軍船ではなく、漁船に乗っている。漁師協会の協会長の船だ。普段魔物に遭遇するのは漁師なので、漁師側の船に乗っていた方が勝手がわかるだろうと思ったからだ。


 クラーケンは近海でも出没するが、比較的沖合の方だ。訓練のためにわざわざそこまで行く必要はない。

 港が辛うじて見えるほどの距離に停泊し、理一達の乗った船を中心にして、左右に船が展開した。


 理一が甲板に立ち、両腕を左右に広げた。船と船の間の前方の位置に、いくつも魔法陣が浮かび上がる。そしてその魔法陣が周囲の海水を巻き込んで海上に伸び上がり、水で模したクラーケンの人形を作り上げた。


 かた、と後ろで後ずさる音がした。協会長が冷や汗を流してクラーケン人形を見ている。


「僕が見たクラーケンよりいくらか小さめだし、これは人形だから攻撃はしないよ」

「こんな魔物と、戦うのか……」


 クラーケンに襲われて、生存できた人は少ない。奇跡的に近くの船に救助されたという人がいくらかいるが、ほとんどは船の沈没と共に海に沈んだか、クラーケンに捕食されている。


 なので、実際にクラーケンを見たことのある人は、あまりいなかった。協会長も初見だったようで、その大きさに圧倒されているようだった。これは他のメンバーも同様だろう。


 海の男の、狼狽える情けない姿など見たくもない理一は、鉄舟と菊の共同制作第2号であるメガホンを手に取った。これは風の魔法で音響が拡張される効果が付与されている。


「本物のクラーケンは、この人形より巨大で下足でも攻撃してくる! この程度で驚いていては話にならないぞ! フィンチ領の海の男は、この程度で臆するのか!」


 理一が発破をかけると、ざわざわとしてきだして、やがて雄叫びに変わった。


「おぉおぉぉ!」

「やってやらぁ!」


 海の男というのは熱く、そして単純である。

 近くの船から聞こえてきた言葉に理一は満足して、続いてメガホンで呼びかけた。


「まずは海上で投擲するということに慣れる必要がある。各船には練習用の木の棒が乗っているはずだ。各船は、操船員と交代しながら、投擲訓練を開始」



 周りの船からヒュンヒュンと木の棒が投擲され始め、ドパンと水人形に風穴を開けている。だが、揺れる船の上でバランスを取れず、的を外す者も多くいる。


「足と耳の中への身体強化を増強するんだ! バランスを失うな!」


 何故耳の中にと漁師達は半信半疑で身体強化をかけて、その後平衡感覚が高くなっていることに驚いている。


 内耳には平衡感覚を司る前庭と三半規管がある。ここを強化すれば、重力の変化を高度に察知して、強化した足でバランスを取ることは難しくないはずだ。


 高い平衡感覚を身につけた後は、木の棒が水人形に当たらないということは減ってきた。脳部分への命中率の上がった者もいる。後は今後の訓練で練度を上げる。


 続いて、水人形が動き出す。前後左右に加えて上下運動、それに伴って海面も大きく波が立つ。クラーケンは静止しているわけではないので、動く敵を攻撃する必要があるのだ。

 更に揺れの大きくなる船の上で、漁師や海兵が木の棒を投擲して攻撃する。


 高波をかぶって水浸しになりながらも、彼らは一心不乱に木の棒を投げている。それを見渡した理一が再び両手を広げると、水人形の足元にある魔法陣の周囲に、ヴヴヴヴヴンと更に10個の魔法陣が出現した。その魔法陣から、下足を模した水の触手が立ち上がった。


「クラーケンの攻撃主体はこの足だ! 船体をからめ取り、鞭のようにしなる足で船を叩き折る! 絶対に船に近づけてはならない! 足をさばきながら速やかに脳を破壊しろ!」


 水の触手が船と船の間に叩きつけられ、それだけで大きく揺れた船が転覆しそうになる。放り出されまいと必死に欄干に捕まるが、高波に攫われて木の棒が海に投げ出されてしまう。


「ぼーっとするな! クラーケンは待ってはくれないぞ!」


 理一の言葉通り、水人形も待ってはくれない。複数の触手が一度に襲いかかってきて、漁師たちは半狂乱になりながらも、木の棒を投げて触手を弾けさせた。


 やがて一隻の船が、触手をさばいてクラーケンの脳部分を吹き飛ばし、水人形が水に戻って海中に流れた。次々に他の船も水人形を倒すに至った。


 全ての船が水人形を倒し終えた時には、漁師も海兵も疲労困憊と言った様子で、グッタリと船にもたれかかっていた。


 ここで一旦休憩を挟んで、休んでもらうことにした。理一が電撃をバチっとやって気絶して浮かんだ魚をゲットし、園生にその場で調理してもらう。船員も海の男なので、みんな魚を捌けたので手伝ってくれた。


 捌いた魚を揚げてパンに挟んだフィッシュサンド。そしてお刺身。醤油がないのが悔やまれるが、レモン塩で美味しくいただく。


(やっぱり海の幸は美味しいなぁ。海鮮丼を食べたい)


 ここはやはり元日本人、海の幸とくれば当然米である。だが米を見たことがない。ちょっとションボリしていると、鉄舟が「出来たぜ」と鉄釜を取り出した。

 鉄舟がフタを開けると、ふっくらと炊きあがって甘い香りをさせる米が立っている。


「これどうしたの!?」

「俺ぁあちこちの商人ともやりとりしてっかんな。北は麦が主流だが、南は稲作やってるところもあるんだと。ちなみにフィンチ領も米の産地だぜ?」


 今まで理一達が旅した国は、殆どが赤道より北の国だったので気づかなかったのだ。最南端のフィンチ領は東南アジアのような環境で、それなら稲作があっても不思議ではなかったのだ。


「流石だよ鉄舟! これで味噌と醤油があれば、言うことないね!」

「あるぜ」

「あるの!」

「それっぽい調味料だけどな」


 独自のルートから仕入れたらしい。味噌を受け取った園生が味噌汁を作り始め、鉄舟が器にご飯をよそって刺身を乗せて、ガラスのボトルから醤油を垂らした海鮮丼を、理一に差し出してくれた。

 それを受け取った理一は、くっと熱くなった目頭を押さえた。


「嬉しすぎて泣きそう。君はなんて出来る男なんだ」

「だろ?」


 得意げに笑った鉄舟が、みんなにも海鮮丼を作って渡し、その間に園生もあら汁を作って持ってきてくれた。熱々のあら汁をすすって、海鮮丼をかきこむ。スプーンなのは少し情緒がないが、みんなでプハァと満足げに息を吐く。


「お米って正義だよね」

「やっぱりお米よね」

「ご飯美味しいねぇ」

「あら汁もとても美味しいですよ」

「ここであら汁っていう園生のセンスには惚れ惚れするな」


 熱い感動を胸に昼食する理一達を、協会長や漁師が「何がそんなに珍しいのか」と不思議そうにしながらおにぎりを頬張っていた。


 保存食としても優秀な米は、遠洋漁業などで長く陸地を離れる漁師にとっては、重要なエネルギー源である。故にこの地では、ご飯は漁師飯として愛されている。

 これは貴族屋敷にいては気づかないことだった。やはり旅というのは市井を知ってこそだ。



 大満足の昼食を終えて、午後の訓練が開始される。午後の訓練は戦闘訓練とは異なる。

 訓練内容は魔力感知。これはある程度の集中を要するので、本来なら午前に持ってきた方がいいのだろうが、海の上は過酷だ。


 海にいる魔物はクラーケンだけではないし、こちらが疲れたからと言って遠慮してくれる相手でもない。襲ってくる魔物が一匹とは限らないのだし、疲れて戦う力が残されていなくても、敵を感知できれば逃げることが可能だ。


 だから敢えて疲れ切った午後に、魔力感知の訓練をする。この辺りは全く理一はスパルタである。


 理一の魔力感知は広範囲に渡って可能だが、一般の人は少量とはいえ魔力を放出することが難しい。魔力操作を使って体内を循環させることは難しくないが、放出することが難しいから、それができる魔法使いは重宝されるのだ。


 理一は魔力を放出する能力を持っている人には、自分と似たようなソナー式の魔力感知を教えた。全方位に感知を広げるのは大変なので、それぞれの能力に応じて九十度から百八十度ほどの範囲で展開させる。

 それをフォローするのが他の船員達だ。


 魔力を放出することに慣れていない人は、広範囲へ魔力感知を広げることができない。なので、ごくわずかな一方向、殆ど一センチ未満の範囲で線状に放出させ、その反応を見させる。

 それを等間隔で放射線状に行えば、小さな魚影は分からずとも、大きなクラーケンを発見することが可能だ。


 最初は魔力を放出すること自体が出来なかったり、出来ても五十センチ程度の距離が限界という人もいた。だがそれも練習を重ねていくうちに、慣れてきたのか徐々に距離が伸びるようになり、最長で二百メートルにまで距離を伸ばす猛者も現れた。


 彼らは必死で魔力感知の訓練をして、疲労も手伝ってバタバタと魔力切れで倒れていく。それでも理一は訓練をやめさせず、操船に必要な人員だけ残ったのを見て、訓練を終了した。


 翌日になって訓練の前に、海兵隊の隊長が、昨日倒れた人員の魔力が増えていると報告してきた。


「言っていなくて悪かったね。魔力は枯渇するまで出しきると、それを補うために魔力を生成する機構が発達して、より多くの魔力を作り出すようになるんだ。魔力量を増やすには、限界まで魔力を放出するのが一番なのだよ」

「存じ上げませんでした。魔力切れは体に負担が大きいため、なるべく避けるようにと指導されたものですから」

「確かに負担は大きいね。でも、そのために魔力操作と身体強化で体を補強するんだ。これをせずに魔力量だけ増やしても、魔力が暴走するだけだから気をつけて」

「はっ、わかりました!」


 魔力切れというのは起こさない方がいいというのが常識で、それは魔力の暴走や暴発に繋がるからだ。だが、それを抑制する方法さえわかっているのなら、魔力を制御することができる。

 このことは海兵にも漁師にも伝えられて、彼らは魔力を出し惜しみしなくなった。



 そうして海上訓練を重ねて、理一達は沖合に出た。理一が魔力感知で見つけたのは、クラーケンではなさそうだが、巨大な水棲の魔物だ。

 以前のように電撃で気絶させて浮かべようと思ったが、この辺りは岩礁地帯のようで、岩礁に隠れ住む小さな魚や稚魚が全滅する可能性があったので、電撃はやめた。


 理一と安吾が着ていたベストを脱いで、園生に手渡す。少しストレッチをして、スキューバダイビングの要領で、二人で海に飛び込んだ。


 酸素消費の制御などはしない。そんなことをしたら、身体強化した筋肉の活動に酸素を全部持っていかれる。ただでさえ膨大な酸素を消費するのだから、酸素をケチるのは馬鹿げている。


 鉄舟の作ってくれた酸素ボンベに、理一が風魔法で空気を溜め込んだ物を背負っていた。

 ついでにダイビングスーツも中に着込んでいる。おつるが作ってくれたものだ。


 いかに南国とはいえ、深海は冷たい。寒さから身を守ることもできるが、補助的にダイビングスーツがあった方が効率がいいということで、おつるに作ってもらったのだ。

 お陰で今のところ全く寒さを感じない。



 潜水深度が深くなるにつれ、水圧で肺が縮小していく。理一と安吾は魔力障壁で水圧から体を守り、身体強化で心肺機能を強化して潜水を続けた。


 光の届かない暗い海底を、理一の光灯が照らす。魔力感知で見つけた魔力の源が、その光に照らし出された。


 それは青黒い鱗をした、巨大な海ヘビ。体長はクラーケンの倍近くはある。そして九つの頭についた、十八の目がギョロリと理一達を睨みつけた瞬間、これは不味いと慌てて二人は浮上した。


 身体強化に風魔法の爆発の推進力まで使って急上昇し、空中に飛び上がりながらも理一達は叫んだ。


「退却! 退却だ!」

「全軍速やかに退避しろ! 撃沈されるぞ!」


 海上に飛び上がった二人がなんとか体勢を立て直し、足元に魔力障壁を作って空中に立つ。

 二人が二人らしくもなく退却を促すので、黒犬旅団のツートップが退却と言うのなら、よほど不味い魔物を誘きだしたのだろうと察したようで、船は速やかに動きだした。


 それと同時に、理一達を追いかけてきたらしい青い黒い海ヘビが、海上に姿を現した。

 それをみて、逃げる途中の協会長が、尻餅をついた。


「あれは、深海の主、ヒュドラー……」


 この辺りの海域の海難を司ると言われる、巨大な海ヘビ。ヒュドラーもまた、災害指定魔獣の一体。

 ヒュドラーを前にすれば、クラーケンすらも霞んでしまうほど、その脅威は人智を超える。


「ブオォォォォ!」


 勝鬨を上げるようなヒュドラーの鳴き声の後に、海が青く発光する。すると、海が唸りを上げて猛り狂い、轟音とともに波が押し寄せた。


「津波だ!」


 津波を見た理一の脳裏に浮かぶのは、数年前に日本で起きた大震災。その時も津波に飲まれて、数千の人が亡くなった。理一の死んだ震災の時も、津波で被害があったかもしれない。


 理一にとって、津波と地震は憎むべき災害だ。有無を言わせぬ圧力で、人の命も営みも、文化も夢も何もかも押しつぶしてしまう。


 後ろにはまだ漁船と軍船がある。ここで食い止めなければ、全て沈没する。ここにいるのは理一と安吾だけ。他のメンバーがいないのは不安だが、やるしかない。


 前世で死ぬときに思ったこと。

 神よ、なぜ私はただの象徴であったのか、なぜ私に人を守る力を与えてくれなかった。


 理一の今際の願いは祝福となって、その身に宿った。


「神は僕に人を守る力を与えてくれた。今度こそ、誰も死なせはしない!」


 迫り来る大津波は、二十メートルを超える大津波。それに対抗する様に理一も魔法を発動し、巨大な津波を作り出す。

 二つの大津波が海原でぶつかり合い、怒涛の水音と魔力が激突した。

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