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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
フィンチ伯爵領
92/115

休日はロマンティックが止まらない

 合同訓練を終えた黒犬旅団を、伯爵家のメイドが出迎えてくれて、そして織姫とエリザベスの待つ部屋に通されて挨拶をして、それから各自の部屋に戻って身支度をして、もう一度エリザベスのところに行くというのが、いつものルーチンワークと化していた。


「おかえり」


 と、ニコニコとお出迎えしてくれたのは、織姫だった。紫と青の薄衣を幾重にも重ねて、グラデーションになったドレスが、色白の肌によく似合っているが、お姫様がお出迎えをするということに、この屋敷のメイドも後ろでオロオロしている。


「ただいま戻りました。何かありましたか?」

「何もないからだよ」

「はい?」


 意味が分からず首を傾げると、織姫がヒールをカツカツ鳴らしながら理一の前に来て覗き込んだ。ニコニコしているが、なんだかその微笑が太政大臣の笑い方に似ていて怖い。


「毎日訓練ご苦労様。毎日訓練ばっかりご苦労様!」

「……なるほど」


 察した。


 理一達はここ二週間ほど、ほとんど毎日訓練だったのだ。せっかくのバカンス期間、フィンチ領に来ているというのに、織姫もエリザベスも放ったらかしに近い状態だった。

 エリザベスと婚約の挨拶でこちらに来ているのに、エリザベスを放っていることを織姫が怒っているのだ。


 加えて、エリザベスは気位も高いし負けず嫌いだ。自分から構って欲しいなどと、彼女が言えるはずもない。織姫が言っても聞かなかったから、織姫自ら理一に文句を言いに来たのだ。


「織姫様の手を煩わせてしまい、申し訳ありません。支度ができたらすぐにベスの所へ行きます」

「うん。そうしてあげて。私は先に行って待ってるから、みんなで明日の予定を立てよう。明日は訓練中止。いいよね?」

「わかりました」


 今日は海兵や漁師の練度や士気が最高潮に盛り上がっていたので、この勢いで行った方がいいと思っていたのだが、浮き足立って事故が起きる可能性を考えると、クールダウンも必要かもしれないと思った。

 なにより、彼らには仕事があってその合間の訓練だったし、時々休んでいる漁師もいたが、二週間ぶっ通しで参加していた漁師や海兵もいたのだ。休みは必要だろう。


 執事を通して明日は休みという連絡をしてもらい、メイドにお願いして早めに入浴の準備をしてもらった。


 支度を終えて早速エリザベスに会いに行く。いつもエリザベスと織姫とアマンダは、夕方はティールームでお茶をしているのだ。

 毎日訓練終わりにエリザベスの顔を見にいくだけでも理一は癒されていたが、待たされていたエリザベスは寂しかったのだ。それでも健気に何も言わずに待っている。


(あぁもう、ベスは可愛いなぁ)


 なんだかロマンティックが止まらなくなってきて、つい緩んでしまった頰を引き締めた。


 ティールームではエリザベスと織姫とアマンダが待ち構えていた。黒犬旅団はまだ誰もきていない。理一に気を使ってくれたのかもしれない。ならば話は早めに済ませておこう。

 理一はエリザベスの隣に腰かけた。


「ベス、いつも構ってあげられなくてごめんね」

「別に……いつも訓練の後、こうして来てくれているじゃない」

「そりゃぁね、日中ベスに会えなくて寂しいからね。それに海上訓練になれば、ベスが船に乗ることもできないし」

「女は船には乗れないものね」

「うん。だから、明日は休みにしたんだ。久しぶりにデートしよう」

「本当!?……あ」


 ぱぁっと表情を明るくしたエリザベスが、恥ずかしそうに俯いてしまった。その様子に理一はなんともむず痒いような気持ちになった。


(ベスが可愛すぎて辛い! なんかもうどうしよう!)


 エリザベスを掻き抱きたくなった腕をなんとか抑制し、心の中で悶絶しつつも、どうにか平常心を取り戻す。


 以前雄介が漫画や小説ネタを教えてくれた時に、「年寄りが若返ったら、体に精神も引っ張られるって話もあるぜ」と言っていたが、近頃それを実感している。


 高齢者が落ち着いているのは、アルドステロンなどの興奮を促すホルモンが欠乏してくるからだ。だが若いなら沢山分泌されているはずなので、その影響で精神も興奮するのだろうと理一は考えている。

 ホルモンというのは、ごく微量で体に重大な影響を引き起こす。その影響力に打ち勝つのは大変である。


 理一がどうにかこうにか平常心を取り戻している一方で、エリザベスは羞恥心を隠したかったのか、早口でまくし立てた。


「べ、べ、別にわたくしは、寂しくなんかないわよ。リヒト達はお父様の依頼を受けて仕事をしているのだし、こちらからお願いしておいて不平不満なんて微塵も」

「ベス、わかってるよ。僕が君とデートしたいんだ。寂しいのは僕の方。だから断らないで」

「仕方がないわね……」


 エリザベスは不承不承と言った体を装っているが、嬉しいのを隠したいのか、口元がもにょもにょ動いている。可愛い。


 そうこうしていると、黒犬旅団のメンバーもやってきて、明日はみんなで城下で遊ぼうということになった。黒犬旅団がいるので、護衛なども必要ない。というか、このメンバーで護衛を必要とする人はいないのだが。


 平民に扮装するという案もあったが、理一達とエリザベスは顔バレしているので無駄ということになり、普段通り貴族の格好で行くことになった。

 貴族なら貴族らしくした方がいいからだ。だがそんな格好で赴くのはピクニックである。領内にとても綺麗な場所があると聞いた織姫が行きたがった。




 そういうわけで翌日、理一達がやってきたのは、森の手前にある泉だ。泉の周りは遊歩道ができていて、一面に綺麗な花が咲き誇っている。


「まぁ、美しいですわ」

「いい香りだねぇ」


 清らかな水をたたえる泉と、その周りの色とりどりの花が目に優しく、新緑の香りと花の香りが鼻腔をくすぐる。

 少し開けた場所に腰を落ち着けることにして、理一達がテーブルや椅子、グリルをセットしていく。魔道具のコンロもあるのだが、ここはバーベキューグリルが正解だと、以前鉄舟が作ったものを?だ。


「流石に手際がいいですわね」

「こういうところはやはり冒険者ですわ」


 エリザベスとアマンダが感心したように見ている。エリザベスにちょっと良いところを見せたくて、理一は張り切ってセッティングした。



 異空間コンテナから、食料や飲み物を取り出して、バーベキュー開始。理一が火の魔法をつけっぱなしにして、それで焼いていく。アマンダが不思議そうにしている。


「あの、薪などは?」

「灰が飛んで服が汚れるといけませんからね。今日は僕が薪になりますよ」

「まぁ」


 アマンダは愉快そうに笑いつつも、ふと宙を仰いで理一に視線を戻した。


「以前からお聞きしたかったのですが、トキノミヤ卿のどこかに物を収める魔法は、皆様もお使いになれたのですね。あの魔法はどういうものですの?」

「秘密です」

「まぁ、残念ですわ。とても便利な魔法ですのに」


 アマンダと理一の会話を聞いていたエリザベスが、少し考えた。理一が自分の知らない魔法を知っていたところで不思議はない。何しろ理一のサークルには学院の教員すら参加しているくらいだ。だが理一は、そこで自分の持ち得る知識を惜しげもなく伝えている。


 その理一が秘密にし、黒犬旅団だけに使える魔法。

 エリザベスは直感的に思った。その魔法はきっと、理一の前記に関わりのある、彼の秘密に繋がる魔法なのだと。


 エリザベスは出会った頃から理一に惹かれていた。マシュー王子の婚約者なので、婚約の義務を果たすべきとは思っていたが、理一が何度も誘ってくるのは却って 反って辛かった。立場上、マシュー王子以外の男性と一緒にいるわけにはいかないから、断腸の思いで断っていた。

 だが、婚約破棄騒動で精神的に参っていたのもあって、ついデートの誘いを受けたら、その場で理一に婚約を申し込まれて、あれよあれよという間に婚約に至った。


 エリザベスは理一を愛しているし、自分も愛されていると思う。

 だから、もっと理一のことを知りたい。彼には秘密がある。でも、それを共有して、死ぬまで共に運命を背負いたい。


 織姫は、きっとエリザベスには話してくれると言っていた。その言葉を信じて。


「その、魔法は……」


 口元が震えた。だが勇気を出した。


「リヒトの出自に、関わりがあるのではなくって?」



 決意をたたえた目をして見つめるエリザベスの様子に、理一もまた気づいた。エリザベスが何かに気づいてしまったのだということを。


 理一はエリザベスと目出度く婚約できたが、それは理一が貴族で黒犬猟団だったからだ。平民の色白など、たとえ学院で出会ったとしても、本来ならエリザベスは見向きもしなかったはずだ。肩書きがエリザベスを手に入れたようなものだ。


(本当のことを知ったら、彼女は僕を嫌いになるのでは?)


 差別の激しい社会、階級制度。そう言ったものに染まりきっているエリザベスが、色白の理一と婚約しただけでも奇跡なのに、本当のことを知ったエリザベスが、それでも理一を受け入れるかと考えると不安がある。

 少なくとも、結婚してエリザベスが逃げられない状況を作ってからでないと、話したくはない。そう打算的に考えるくらいには恐怖がある。


 だがエリザベスはある程度の確信を持っているようだ。だから、下手な誤魔化しは効かない。


「少なくとも今は、僕の出自について語る気はないんだ。ごめんね」

「何故、話してくださらないの?」


 エリザベスを困惑と悲しみが取り巻いていくのが、ありありと理一の目にも見て取れる。エリザベスを悲しませたくはないのに、エリザベスの心が離れていくことが恐ろしくて、中々口を開けないでいると、左脇腹をど突かれた。


 左を見ると、菊が腕組みをして睨んでいた。


「なにビビってんのよ、情けないわね。惚れた女を悲しませるんじゃないわよ。彼女をみてごらんなさいよ、すごく勇気を出して聞いてくれたのよ。何を聞かされても信じるって、それくらいの覚悟をしているのよ。そんなことも気づかないくらいビビってるなんて、あーなんて情けないのかしらウチの団長は」


 菊からの怒涛のディスりに、理一はぐうの音も出なかった。確かに今の自分は情けないと思う。やはり何も言えずにいると、溜息をついた菊がエリザベスに向いた。


「エリザベス様は、理一から何を聞かされても、理一から離れない覚悟はできておりますの?」

「当然ですわ!」

「ほら、当然だそうよ」


 菊が理一に振り向いてドヤ顔をしてみせる。ここまでお膳立てされたら、話さないわけにはいかない。


「みんなはいいの?」

「別に。お前の嫁ならいいんじゃねーの」

「わ、私は耳を塞いでおりますから」

「なんでぇ? アマンダ様も聞けばいいじゃないのぉ」

「ここにいるお二人なら、構わないと自分は思いますが」


 と、仲間たちにも後押しされてしまったので、理一はエリザベスとアマンダに話すことにした。


 自分たちが余所者であること。本当は前の世界で高齢で死んだこと。女神から派遣されてきたこと。女神に託された使命があって、その為にこの世界を旅していること。記憶はそのままで体だけ若返っていること。女神から祝福を受けていること。


 時々エリザベスの顔色をうかがいながら、全て話した。流石にこの世界が崩壊に向かっていることまでは話せなかったが。エリザベスとアマンダは、時々驚きつつも真剣に話を聞いてくれていた。他のメンバーはまったり肉を焼いていたが。

 話を聞き終わった二人は、揃って深く息を吐いた。


「色々と合点がいきましたわ。道理でトキノミヤ卿は落ち着きがあって、博識なはずですわ」

「わたくしも。謎が解けてスッキリしましたわ。神がかっているとは思いましたが、まさか本当に神の使徒だったとは思いもよりませんでしたわ」


 二人がそう言い合って苦笑しているのを見て、どうやら嫌われてはいないようだと安心した。でも、恐る恐る聞いてみる。


「あの、ベス、僕のこと……」


 恐る恐る尋ねてくる理一に、エリザベスは満面の笑顔で微笑んだ。


「一層好きになりましたわ」


 抱きしめてもいいだろうか。みんなが見ているけども、抱きしめてしまってもいいだろうか。

 いや、ダメだ。それは彼女が恥をかくのでダメだ。

 狂喜乱舞したいのをなんとか抑制し、エリザベスを見つめると、彼女が続けた。


「嫌いになるどころか、皆様にも親近感が湧きましたわ。我がフィンチ伯爵家の初代伯爵は、余所者アウトランダーだったという話ですの」

「えっ! そうなのかい?」

「ええ」


 時は数百年前。この世界には魔王と呼ばれた存在がいたそうだ。魔物を使役して戦争をふっかけてくるその魔王を倒した勇者が、後に伯爵位を賜りこの地に封じられた。それが、初代フィンチ伯爵。


 初代フィンチ伯爵の力は凄まじいもので、その力は神から賜ったと噂されて神格化されたそうだが、実のところは異世界からの余所者だったという話が、身内だけに伝えられている。


「もしかすると、初代もリヒトのように、神に密命を受けて魔王を倒しにやってきたのかもしれないわね。この世界のために、わざわざ別の世界から来てくれた。わたくしは貴方の事を誇らしく思うわ」


 これはもう、抱きしめてしまってもいいんじゃないだろうか。いいはずだ。

 ついにロマンティックが決壊した理一が、エリザベスを抱きしめた。エリザベスが腕の中で「なにをするの!」と暴れているが、離すものか。

 お構いなしに髪を撫で始めると、ついに諦めたらしいエリザベスは大人しくなった。園生と菊と織姫がヒューヒュー騒いでいるが、ここは無視する。


「受け入れてくれて、とても嬉しいよ。ありがとう」

「やっぱり貴方はわたくしをバカにしているわね。このくらいで動じるわたくしではなくってよ」

「フフ、そうだね。ありがとう」


 理一が落ち着くのを見計らっていたのか、安吾が声をかけた。


「そろそろ園生の作った、ブラウンモアの塩窯焼きが焼けますよ」

「あっ、私それ楽しみにしてたんだ!」


 安吾の声かけに、色気より食い気だったらしい織姫が飛びつき、楽しいバーベキューが再開された。


 泉の沸き立つ水音、森や花の揺れるさざなみ、楽しげな笑い声と料理の香りが、その綺麗な景色をさらに明るくさせていた。

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