合同訓練 1
バカンス中、フィンチ伯爵領に逗留する黒犬旅団が、クラーケンをあっという間に倒してしまったという話は、翌日には伯爵領に知れ渡っていた。
海軍や領民達がお祭り騒ぎでイカパーティをしていたので当然だ。
結局クラーケンは振舞っていたので完食してしまった。ものすごい人数だったので、それも当然だ。少し残念だが、また狩ればいい。そうすればまた海にも出られるし、一石二鳥だ。
伯爵家にもお土産で一番美味しいところを持って帰り、園生が伯爵家のコックと一緒に作ったイカ料理は、伯爵家でも大好評だった。
「もし、クラーケンを定期的に獲れるようになれば、これが特産品になるのだがなぁ」
物欲しそうな目をして、フィンチ伯爵がこちらを見ている。黒犬旅団にずっといて欲しいのだろうが、それは出来ない相談だ。
なので代案を提案してみた。
「フィンチ卿、実はクラーケン討伐にあたり、いくつか討伐方法を考案しております。その方法を元に、黒犬旅団と海軍で合同訓練をするというのは、いかがでしょうか?」
「いいのか! 是非そうして欲しい。しかし、普段クラーケンと遭遇するのは、海軍ではなく漁師達だ。彼らは体力自慢の男ばかりだが、魔法使いというレベルまで魔法を操れる者は少ない」
「はい。ですので、魔法を使用できない人にも可能な方法を考えました」
「本当か! それならば海軍のみと言わず、漁師にも参加させよう」
フィンチ伯爵は、執事に指示をしてすぐに段取らせた。利に聡いということなのだろうが、他人の提案に耳を傾けてすぐに行動に移せるのは、とても好感を持った。
きっとエリザベスの素直な性格は、父親譲りなのだろう。
なんだかんだ上手くいきそうな理一とフィンチ伯爵の関係性を見て、エリザベスと夫人はほっと安心して微笑んだ。
数日後。
「今日はベタ凪なもんで、船を出したところでロクに獲れねぇ。漁には出ねぇから今日がいい」
と漁師が日時を指定してきたらしいので、海軍と漁師達が集まっているらしい、海軍練兵場へと足を運んだ。
海軍の兵士と、領内の漁師が合わせて五百名ほど。海兵は整列し、漁師達は集まって立っていた。
この人数に指導をするのは大変そうだが、これもフィンチ伯爵領、ひいてはエリザベスの為にもなるはずだ。頑張る。
理一達黒犬旅団が、五百人の前に揃って立った。
「僕は黒犬旅団の団長で、ミレニウ・レガテュール王国の伯爵である理一・時宮だ。今日からのクラーケン捕獲訓練の指揮を任されている。短い間だが、よろしく」
簡単に挨拶をして、早速話に入る。理一が異空間コンテナから取り出したのは、大きな銛だ。
「クラーケンの捕獲にはこれを使用する」
漁師の一人が声を上げた。
「でもよ団長……伯爵様? どっちで呼べばいいんだ?」
「今日は黒犬旅団として来ているから、団長で構わないよ」
「じゃぁ団長、それは捕鯨用の銛だぜ?」
この世界にも随分昔から捕鯨はある。捕鯨船もあるし、軍船に敵船を沈没するための兵器として搭載されているのを見て思い出したのだ。
「捕鯨用の銛でもクラーケンを倒すことは可能だよ」
「しかし、クラーケンは巨大であります」
海兵の一人がそう言って、他の海兵や漁師も疑わしそうにしている。大きな銛と言っても一メートルくらいの長さの金属製の銛で、これが何本刺さってもクラーケンは五十メートル以上ある巨体だ。何本刺さろうが倒せない、そう思っているのだろう。
「かといって、軍船に搭載されているような巨大な銛を、漁船に搭載することはできないだろう? 強力な攻撃魔法を使用できる魔法使いが多いわけでもない。ならば、今あるもので対策するしかないんだ。フィンチ伯爵とも漁船に最低一本は捕鯨用の銛を配給できるよう話をつけてある」
「でもよ、そんな銛一本でどうしろってんだ」
「簡単だ。投擲すればいい。いかにクラーケンといえど生物だ。脳を確実に破壊すれば即死する。今日はその為の訓練だ」
理一の説明を聞いても、海兵や漁師は疑わしそうにしている。そんな銛一本でクラーケンを倒すなど不可能、そんな囁きが多く聞かれる。
無理もない話だが、理一は苦笑して少し移動した。こういうのは、聞くよりも見た方が話が早い。
理一が土魔法を使って、練兵場の土を使用して土人形を作っていく。それは周囲の土を集めながら、地面をボッコリと陥没させつつ膨張していき、やがて遥かに見上げるほど巨大な土人形になった。
あんぐりと口を開けてその土人形を見上げる面々の前に立ち、理一が銛を構える。そしてゴウッと音が鳴る程の速度で銛を投擲すると、土人形の頭部が破裂するように爆散し、銛が天上に伸び上がって、やがて地面に突き刺さった。
「これだけの威力を持って投げれば、銛でもクラーケンを倒すことは可能だよ」
「そんなの、アンタだから出来るんだろーが!」
「そうだそうだ!」
「そうでもないさ」
理一が目配せすると、アシスタントの海兵が銛を拾いに行ってくれた。それはいいのだが、地中深くまで突き刺さって、ほとんど十センチほどしか地上に出ていない銛が中々抜けないでいるようだ。安吾が走って行って、片手でスポッと抜いて持って来た。
安吾から銛を受け取ったのは園生だ。それを見て海兵達は更に疑心暗鬼になる。園生はクロの契約者として有名だが、強いという話を聞いたことはない。山賊退治の折女性を助けたのは園生という話で、木属性の魔法使いということから森の妖精などと呼ばれているが、それは魔法の力によるものだ。
大体、あんなにふわふわのたおやかな少女が、マトモに銛を投げられるようにも思えない。少女に銛なんて持つのがやっとで、届きもしないはず。
そう考えたであろう視線が集中する中、園生が銛を構えて一息に投擲した。その勢いは空気抵抗からソニックブームを発生する勢いで轟音を轟かせ、土人形の胸部が弾け飛んだ。
ボトボト落ちてくる土の塊と、上半身が消し飛んだ土人形を見上げて、海兵と漁師は驚愕に目も口も開けっぱなしだった。
いつまでもポカーンとしている集団が可笑しくて、つい笑ってしまいつつも理一はパンと手を叩いて意識をこちらに向けた。
「と、このように訓練次第では、彼女のようにか弱い女性でも、こんな威力で銛を投擲することができる。これには一切の魔法を使用しない。魔力を持つ人であれば、訓練次第で誰にでも可能だ。わかったかい?」
「ほ、本当にオレ達にも、こんな事が出来るのか?」
「できるよ。君達はその方法を知らなかっただけ。だが今知った。もう今までの君達ではいられない」
「どうすれば出来るんだ? 教えてくれ!」
「もちろん、その為に僕らは今日ここに来た」
やっと信じてくれた様子の海兵と漁師に、理一は満足そうに頷いて元の場所に立った。
理一が指導するのは、魔力操作と身体強化。この辺りは海兵の方が日々の訓練でよほどアドバンテージがある。
海兵は基礎的な事は概ね出来ているが、漁師はそのような訓練は受けないので、基礎から指導する必要がある。
海兵にとっても基礎訓練は必要だ。これによって更に強力に緻密に力を使う事が出来るだろう。
まずは魔力操作の練習だ。身体強化を使うにあたって、魔力の操作がどれほど訓練されているかがモノを言う。
自分の内包する魔力を感じ取る。漁師の中にはそれすらもしたことのない人もいて、最初は苦労していたが、自分の魔力に気づく事は大事だ。
次に、自分の魔力の流れを感じる事が出来たら、その魔力を全身に循環させる。弓なら腕だけでもいいが、投擲には全身の筋肉を使う。なので全身への強化が必要だ。
それをあらかた出来るようになったのを見届けて、理一は手前にいた漁師に銛を手渡し、土人形の残骸に向けて投げるように言いつけた。
銛を受け取った漁師は、その銛に驚いた。正確には銛を軽く感じることに驚いている。金属製の銛はそれなりの重量があるはずなのに、それがかなり軽く感じるのだ。
漁師の投げた銛は、それまでなら突き刺されば御の字だった。だが、その漁師が投げた銛は、土人形の足の付け根に刺さって貫通し、練兵場の壁に突き刺さった。
投げた漁師は驚いて、周囲からもどよめきが上がった。
「すげぇっ!」
「これならいけるんじゃないか!?」
実感を得た様子で何よりだ。投げた本人も興奮した様子で手を握ったり開いたりしている。
「魔力操作の重要性については理解してもらえたようだね。次いで身体強化だ。必要な筋肉に、必要なタイミングで強化する。君達の魔力量は決して多くはないから、魔力を無駄にしないことだ。海の上で魔力切れなんて起こしたら目も当てられないからね」
「そうか、全身への身体強化を維持するのは難しいのか」
「そうだよ」
理一はまず、投擲のフォームをおさらいさせた。フォームも大事だ。この辺りは海兵が非常に頼りになった。力学的に効率的な投擲のフォームを練習して、その動作の一つ一つを確認する。
そして、その時に自分のどの部分に力が入っているかを確認して、そのタイミングで魔力を集めて強化する。
だが、これはかなり高度な技術を要するので、海兵でも苦労している人は多い。
「いいかい、まずはフォームを体に叩き込むんだ。それが馴染んできたら、最初はゆっくりした動作でいいから、正確に魔力を操作する。それを何度も繰り返せば、普通以上の速度で操れるようになる。今日は初日なんだから、そう焦らなくてもいい」
うまく出来ないことに焦っていた様子の彼らが、理一の話を聞いて少し落ち着きを取り戻した。
「大事なのは継続と積み重ねだ。何度も何度も繰り返し行えば、必ず上達する。漁や釣りの技術だって、剣の訓練だってそうだろう?」
「そうだな」
「竿持ってすぐに一人前にはなれねぇ」
漁師は漁では玄人だが、戦士としては素人だ。自身の体験からそれを理解できた。捕鯨船の乗組員は、割と上達しているようだが、それもほんの一部だ。
「今日からしばらくはフォームを覚えることを徹底しよう。しばらくしたら魔力操作と身体強化の訓練に移る。訓練の内容は理解してもらえたかな?」
「はい!」
「おう!」
投擲フォームのチェックは海兵達にお願いすることにして、理一達の訓練初日は終了した。
それからしばらくしてフォームがあらかた完成して、魔力操作と身体強化の訓練は中々難航したが、これも時間をかけて上達していった。
そして訓練から二週間ほど。最初に銛を投げさせた漁師に、再度投げさせる。彼の投げた銛はコントロールも良く、土人形の頭に当たって、頭が半分近く吹き飛ぶに至った。
「すげぇ!」
「これなら俺たちでもクラーケンを倒せるぞ!」
一気に興奮しだした漁師や海兵に理一はやっぱり小さく笑って、手を叩いて意識を集めた。
「うん、いい出来だ。でもこれは安定した地上での話。問題は海上での戦いだ」
理一の言葉に、浮き足立っていた漁師達が大人しくなってしまった。
「狙いはクラーケンの両目の間にある脳、その一点。海上の不安定な船の上で、いつ、どこからクラーケンが出没するかもわからない。気づいたら船が引き摺り込まれそうになっているかもしれない。その状況でも対応できるよう、次は海上訓練に移る」
地上でいくら強くなっても、彼らの戦場は海の上。その過酷で難易度の高い状況は、彼らの方が余程理解していた。
いよいよ彼らのホームであり、死地でもある海上に訓練が移ると聞いて、意気軒昂して返事を返した。




