俺の海 クラーケン戦
今日は久々の魔物討伐だ。理一達はかなり気合が入っている。見送るエリザベス達に手を振って、理一達はフィンチ伯爵領の軍港へと向かっていった。
その背中を見送って、心配そうに溜息を吐くエリザベスを、織姫が労わるように励ました。
「そう心配せずとも、理一達は大丈夫ですわ」
「わかってはおりますの。ですが、どうしても」
どうしても心配してしまう、その思いを拭えないエリザベスに、織姫がはにかんだ笑顔を向けた。
「こちらにいらして。私が大丈夫だという根拠を、お話いたしますわ」
織姫の言葉にエリザベスとアマンダは顔を見合わせたが、頷いて先行する織姫の後に続いた。
織姫が連れてきたのは、軍港の詰所だった。普段こんな場所に、領主の娘であるエリザベスはおろか、織姫のような王族が来ることもまずないので、海軍の兵士たちはびっくり仰天していた。
織姫はその辺をまるっと無視して、対応しようとする偉い人も適当に受け流して、詰所の椅子の空いている席に腰かけた。促されて、渋々エリザベスとアマンダも座る。
織姫が窓の外を指差すので、エリザベス達も外を見た。詰所の外はすぐに軍港になっていて、桟橋と青い海が見える。その海に浮かぶ一隻の船。
パドルシップ型の軍船だ。あれに理一達が乗っているのだろう。
感慨深げにその船を見つめるエリザベスに、小さく微笑した織姫が口を開いた。
「理一はね、生まれた時から重責を背負っていたのよ。それは私達と同じ、いいえ、理一のいた場所ではそれ以上の重責を、彼は生まれながらに背負っていたの。そして理一は、その勤めを立派に果たした」
「織姫様と、同じ?」
「そうですわ。彼はかつて、ある国の王だった」
「!!」
驚愕するエリザベスに、織姫は悪戯っぽい微笑を浮かべて、唇の前に人差し指を立てた。
「どうか口外しないでいただけるかしら? これは我が国でもトップシークレットですのよ」
「わかりましたわ。でも、そのような話は」
「理一は言わないでしょうね」
「わたくしを、信用していないということでしょうか?」
「違うわ。貴女を過酷な運命に巻き込みたくないから」
ぎゅっと、エリザベスは自分の手を握った。痛いほどに握られた手は、爪が食い込んでいる。織姫は知っているのに、婚約者である自分には知らされない、そのことが屈辱でもあったし、役立たずだと言われた気がした。
「でもリヒトは、わたくしも連れていってくれると仰っていました!」
「そのようね。だから、詳しくは理一に聞いて頂戴。きっと理一は貴女に本当のことを話してくれるわ。理一は本当に、貴女を愛しているようだから。私が言いたいのはね、理一を信じて欲しいということよ」
「信じて……?」
「ええ。心配なのはわかるのよ。貴女は噂でしか、理一の力を知らないから。でも私は知っているの。黒犬旅団がセーファ大迷宮を踏破した話は?」
「存じておりますわ」
「あそこの魔物ね、私も戦ったの。散歩がてら大迷宮に行ってみたけれど、あのラスボスには参ったわ。本当に強かった。何度も死ぬと思ったわ、何時間戦ったかもわからない。それを理一達は、ものの数分で倒した。私は一人で、理一達は複数でというアドバンテージはあれど、これがどれほど異常かはわかるわよね?」
「はい……殿下は、吸血鬼であらせられますので」
「そう。私たち吸血鬼をはじめとした魔族は、基礎的なスペックからして、人間のそれをはるかに凌駕しているの。体力も魔力も、全てにおいて。でも、理一は私に匹敵するか、それ以上の力を有している。しかも国王という経験に基づいた計略性と、あの天才とも呼べる博識さを有して。そして理一は王という責任ある立場を務め上げた。信頼するに値する人よ。貴女はそれを知って、まだ理一が心配かしら?」
エリザベスの硬く握られていた手は、いつしか緩んでいた。ほぅ、とエリザベスは小さく息を吐く。
そうだ、理一の妻になるということは、理一を心配することではない。彼を信じて待つことが、エリザベスの責務。
待たされている間の懊悩など、理一の責務に比べれば可愛いものだ。彼を煩わせてはならない。
エリザベスの目に力が宿ったのを見てとって、織姫は優しく微笑んだ。
「エリザベス様、貴女は理一の良き妻となるでしょう。理一は強い人だけれど、心の支えは必要ですわ。理一をどうか信頼してあげて。それが彼の活力になる。貴女は理一にとって、唯一無二の人なの。他ならない、貴女の期待を、彼は裏切らない」
「はい。わたくしは、リヒトを信じて、お待ちいたします」
満足げに頷いた織姫が軍船に視線をやったのに釣られるように、エリザベスも船に視線を向けた。その視線には、期待と信頼の色が宿っている。
(リヒト、貴方なら必ず帰ると、信じて待っているわ)
エリザベス達の期待と信頼を追い風に受けた船は、その風で帆を膨らませて、悠然と海の上を走っている。
潮風が気持ちいい。天気もいいし最高の船出日和だ。
船は帆船で、大いに理一達の男心をくすぐる。船を操作するクルー達が忙しく立ち回る中、理一達は甲板に出ていた。
隣にいる鉄舟が欄干に片足を乗せて海の男を気取っている。
「あっ、僕もそれやりたい」
「やれよ。アガるぜ」
二人で海の男を気取る。仕舞いには歌いたくなってきた。
ついに菊が歌い出した。かの有名な若大将の海の男の歌である。俄然アガってきた。
菊の歌に鼓舞されて、黒犬旅団も海軍もテンションは最高潮だ。
理一の魔力感知には大小様々な魔力が写っていたが、一際大きな魔力が反応したのもこの時で、都合よくクラーケンが出没してくれる可能性も未知数だったので、理一は引きずり出すことにした。
クラーケンの巨体が船の真下を通過する時、理一は天雷の魔法を海にぶっ放した。表層にいた魚達が電撃で失神して浮かんできた。理一が声をあげる。
「クラーケンが左舷に浮上してくる! 艦が転覆しないように気をつけて!」
「取舵一杯! 艦をクラーケン正面に向けろ!」
理一の忠告に従い、艦長の号令で操舵された船が向きを変えた時、浮上してきた巨大なイカが、ザバァと海を割って上がってきた。
海に沈んでいてよく見えないが、その巨体は頭から下足まで含めて五十メートルはありそうだ。
「これはまた、巨大ですね」
「うわぁ、沈められちゃうはずだよねぇ」
この軍船も大きな軍艦だが、この船と同じくらいの大きさなのだ。海の中で自由に動き回る巨大イカに抱きつかれでもしたら、この船でも簡単に沈没するのは目に見えている。
クラーケンは海底付近に居たし、電撃で軽く失神していただけだったようで、浮上した直後には動き出した。
そして、自分が海上にいることと、目の前に軍船がいることに気がついて、三十メートル近くもありそうな下足を伸ばしてきたところで、園生が飛び出して行って、空を駆けて下足を切り落とした。
園生が飽食の悪魔によって得た剛腕でも振るえる大太刀、豪脚と天歩で空中を肉感的美少女が跳ねまわり、次々に攻撃してくる沢山の下足から艦を守っている。
魔法剣士学の授業を通して、持て余していたスキルの活用が出来るようになった園生は、目覚ましくその才能を発揮していた。
園生と同じく飽食の悪魔で同じスキルを得たクロも空中に飛び出して魔法で援護し、理一達は船から魔法で園生を援護する。
園生が取り逃がした下足を撃ち落とし、理一が降り注ぐ太陽光を集めて放つ極太の光鏡が、クラーケンの両目の間に直撃した。
脳を焼き焦がされたクラーケンが、触手を海に沈めて、その巨大な頭部を海に叩きつけた。
激しい水飛沫が船を揺らしたが、理一達もクルーも歓声を上げた。
早速クラーケンを縛り上げて、ついでに投網して浮かんでいる魚もゲットした。そして艦長にお願いして、昨夜おつるが夜なべして作ってくれた大漁旗を掲げた。
「なんでそんな物を用意しているのよ」
「何を言うんだい、大漁旗は漢の浪漫だよ!」
「よくわからないわね……」
菊には呆れられてしまったが、海の漢たちは大漁旗を見て、更にテンションがうなぎ上りだった。
軍港に戻った理一達を、残っていた海兵とエリザベス達がお出迎えしてくれた。クラーケンプラスアルファという漁獲高に、大いに港は湧いた。
園生の陣頭指揮で軍港でイカパーティが始まり、園生の指導で海兵が作ったイカ料理が振舞われて、噂を聞きつけた領民達も一緒になって大盛り上がりした。今日は園生が大活躍だ。
その後、この地域では大漁だった時にはド派手な大漁旗を掲げるという風習が生まれるが、それはまた別の話である。




