バカンスとご挨拶
バカンスの季節になった。
理一達は馬車に揺られていた。黒犬旅団と、織姫達と、エリザベス達も馬車に乗っている。向かっている先はミレニウ・レガテュールから南東に位置し、トゥーランの南にあるこの世界で最南端のキドニアス半島。
キドニアス半島は最も南に位置するので赤道直下からも離れており、比較的過ごしやすく緑の多い場所だ。この半島にあるのがキドニアス王国で、エリザベスの故郷のある国だ。
バカンス時期の旅行がてら、理一達はエリザベスのお家に挨拶に行くことになったのだった。
ちなみに理一側への挨拶は済ませた。一応後見人としてミレニウ・レガテュールの国王に挨拶を済ませてある。
この世界における理一達の故郷である、ワシントン村の村長にも挨拶に行ったのだが、その際には色々とあった。
村長の娘であるフェリスが暴走して、エリザベスからも白い目で見られるし、散々だった。村長にも残念がられたし、なんだか非常にいたたまれなかった。なるべくなら思い出したくない黒歴史である。
とはいえ、最終的には村長もゴードンやラズも祝福してくれて、久々のワシントン村のご飯はやはり美味しかったし、故郷があると言うのはいいものだ。
ワシントン村の調味料を沢山仕入れられたと園生も喜んでいたので、食事のためにも時々村に戻ろうと思った。
ワシントン村には空間転移で向かったが、キドニアス王国に空間転移で向かうわけにはいかない。今回は正式な挨拶だし、貴族というのは道道で寄る街にお金を落とすのも仕事である。
せっかくの旅行だから景色を楽しむのも一興であるし、えっちらおっちら馬車で向かっているのだった。
その馬車の中で、暗い顔をしているのが鉄舟と菊と園生である。何故そんな暗い顔をしているのかというと、理一に先を越されるとは思わなかったそうだ。もちろん祝福はしてくれたが、相当驚かれた。
「そりゃぁ、よくエリザベス様のことを視線で追いかけてるなぁと思ってはいたわよ」
「エリザベス様も理一に気があったみたいだしねぇ」
「でも理一がこんなに思い切った事するたぁ思わなかった」
理一やエリザベスの気持ちには気づいていたようだが、まさか行動に出るとは思わなかったそうだ。
何故だろうか。理一はチャンスと踏んで行動しただけなのだが。
それはいいとして、クロとおつるに未だに怯えているエリザベスと、お付きのアマンダが早く慣れるように祈る。
初見の時に、二人ともクロとおつるを見て倒れてしまったのだ。彼女達にも申し訳ないが、クロとおつるにも悪いので、この辺は相互に歩み寄っていただきたい。
そう考えてクロとおつるも人型に姿を変える魔法をかけた。クロは久々にフレッサの姿になって、おつるは日本人形のような愛らしい幼女にした。おつるはどうしても幼女のイメージだったのでそうしたのだが、本人はもう大人になるのだと言い張っていた。
おつるはいつも安吾にくっついているので、今もそうしている。安吾の腕に抱きついて頬ずりする幼女。蜘蛛のおつるも、いつもそうしていたんだろうか。
安吾もなんだか嬉しそうにおつるを可愛がっている。何故か理一達より安吾達の方がラブラブだった。
それを見て敵対心を燃やしたらしい園生も、フレッサにくっつき始めた。理一はなんとなくエリザベスを見る。エリザベスも理一を見上げた。
そして二人で視線を交しあって、意見が一致する。
うん、やめておこう。節度は大事。
そうしていると、馬車がスピードを緩め始めた。周りは花と緑が博覧会でも開いているような美しい場所だ。キドニアス王国の海沿いの町、ここがエリザベスの故郷であるフィンチ伯爵領だ。
まるで東南アジアのプーケットにでも来たかのようだ。人々の服装も大分違う。男性は下手すれば半裸だし、女性だってチューブトップに薄手のロングスカートと露出度が高い。目のやり場に困る。
この世界はどこに行っても暑いが、乾燥した北と湿潤な南は、やはり文化もかなり異なるようだ。
伯爵家に着いて、身なりを整えてご挨拶。エリザベスの両親に、少し年齢の離れた兄夫婦。子どもも二人いるそうだ。貴族家だけあって、服装は領民達と違ってシャツにベストにスラックスといった、一般的な貴族の服装だ。制服を着ている時も思ったが、この暑い世界において、主に体温面で貴族は大変だと思う。
伯爵は理一が外国人の色白であることに、最初はかなり戸惑いがあったらしいが、それでもエリザベスの婚約破棄騒動をおさめるために使えると思ったし、そこまでする理一の熱意に負けたらしい。エリザベスも熱心な手紙を送って説得してくれたようだ。
「うふふ、私は最初から賛成でしたわよ。私達も恋愛結婚でしたもの。ベスには幸せになって欲しいわ」
と、エリザベスがそのまま成長したような綺麗なエリザベスの母が言ってくれた。
エリザベスはまだ可愛いと言った印象が残っているが、エリザベスの母は綺麗な人だった。エリザベスも大人の女性になったらこうなるのだと思うと、なんだかドキドキした。
若干堅苦しい挨拶が終わると、許しが出たのか子ども達も入ってきた。八歳と五歳の男の子たちだ。理一達が黒犬旅団だということは予め知っていたようで、理一達の冒険譚を聞きたがったので話してあげた。
子ども達は目を輝かせて、感激しながら話を聞き、「それで、それで?」と非常に食いつきがいい。話している理一達も楽しかったし、子ども達が懐いてくれて嬉しい。
子ども達の相手をする理一を見て、エリザベス母がフィンチ伯爵に視線を送る。
「子どもが好きな人に、悪い人はいないわ」
「む、そうだな……」
子ども達のおかげで、両親も納得してくれた。めでたしめでたし。
「ところでお父様、黒犬旅団が来たら頼みたいことがあると、以前仰っていたのはなんですの?」
何かを思い出したエリザベスの問いかけに、フィンチ伯爵は唸った。
「いや、トキノミヤ卿はもうお前の婚約者になったのだし、他国の伯爵に頼むのはな……」
「そうよねぇ」
そんな会話が聞こえてきたので、理一は子ども達に断りを入れてから話に入った。
「構いませんよ。僕の伯爵位は冒険者としての地位ですし、ミレニウ・レガテュールでも国家指定の冒険者としての仕事をしていますから、フィンチ卿の許可さえあれば活動することが可能です」
そういうことなら、とフィンチ伯爵がお願いしてきたのは、魔物討伐だった。
この、フィンチ伯爵領は、緑豊かな土地でもあり、そして海沿いでもあるためリゾート開発が進んでいる。なのでビーチも整備したいらしいのだが、それが中々進まなくて困っていた。
というのも、元々は沖合にいるはずの魔物が、ここ数年浅瀬近くまで出没することがあったのだ。これではビーチを整備しても、客を呼ぶことなどできない。
遠洋の漁師が時々被害に遭う程度だったのに、その魔物がでるせいで、近海の漁師まで被害に遭うようになり、漁獲量も減ってしまったそうだ。
「それは頭の痛いお話ですね。それで、その魔物とは?」
「クラーケンだ」
いわゆる、超巨大イカだ。あんまりにも大きいので、剣や並の魔法では歯が立たなかったらしい。しかも海の上なので、戦闘にはかなり不利で船ごと沈められる。
「もし討伐に行ってくれるのであれば、軍船を出そう。早ければ早いほどいい。出来れば明日にでも、いや、あまりにも急だな?」
「構いません。承りました」
海の上での戦闘など初体験だが、海軍がいてくれるなら心強い。それに実は、理一の前世の趣味は釣りである。
巨大イカ、クラーケン。きっと美味しいに違いない! 天ぷらもいいし、アクアパッツァもいいし、巨大ならしばらく食料にも困らずに済むし。
干物にしてしまえば、酒の肴にもなるし保存食にもなるではないか。なんて素晴らしいイカの多様性。
(明日はご馳走だ!)
完全に海産物の魅力に取り憑かれた理一の頭の中は、イカづくしだった。ニヤニヤし出す理一にフィンチ一家は引いているが、「理一のことだから、どうせもう獲った気になっているんだろう」と、仲間達は慣れたもので、子ども達の相手を再開していた。




