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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
魔術公国トゥーラン
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理一の講義タイム

 戻ってきた理一達と入れ違いで、鉄舟のいるグループが森に入っていった。


「野郎ども、行くぜィ!」

「押忍!」


 なんだか体育会系のグループになっていた。待っている間に鉄舟が鍛え上げた 叩き直した のかもしれない。それを見送って辺りを見回すと、菊のグループは既にいなくて、織姫と安吾のグループもいなかった。園生のグループが順番待ちをしている。



 とりあえず織姫は安吾が一緒だから大丈夫だろう。要人警護に関して、安吾の右に出るものはいない。なにしろ、元皇宮警備隊長だ。安吾と織姫が同じグループになってよかった。

 この辺りは先生の采配もあるのだろう。他の王族子女にも、取り巻きが最低一人は付いているようだった。


 先に到着したメンバーは、その場で体験レポートを書き始め、待機しているメンバーは、それぞれストレッチしたり剣の型を復習している。


 戻ってきた別のグループには怪我人も出たようで、救護テントで治癒魔法師に治療を受けている人もいた。レポートが書きあがったら、あちらを手伝いに行こう。


 そう考えた理一は、最近ハマっている光域の魔法を発動して、レポートを書き始めた。近頃光域の魔法を使って勉強するのにハマっているのだ。魔法の練習にもなるし、なにより圧倒的に時短になった。


 グループで輪になって、みんながカリカリとレポートを書いている中で、サー、ペラ、サー、ペラ。と、三枚目もさっさと書き終わり、隣のアマンダを見ると3行目を書き始めたところだった。うん、本当に素晴らしく時短になる。


 理一の視線に気づいたのか、アマンダが顔を上げて、彼女が理一のレポートに視線を落とした。自分がまだ三行しか書いていないのに、理一のレポートがビッシリ文字で埋め尽くされているのを見て、アマンダが目を丸くした。


「まぁ、トキノミヤ卿、もう書き終わられたのですか?」

「ええ、光域の魔法を使って、倍速で済ませました」

「光域の魔法とはなんですの?」

「自分の体感速度を光の速度まで引き上げる魔法です」


 アマンダが首を傾げた。


「光には、速度があるのですか?」


 理一も首をかしげる。この魔法は魔術研究所長に教えてもらった魔法ではなく、この世界の魔法だ。この魔法が記載されていたのは、セーファ大迷宮で見つけた本の中に書いてあった。もしかしたら、古い魔法で失われてしまったもので、光の概念も失われたか、解釈が変わったのかもしれない。


「光や音にも速度があるんですよ。僕の知る中で、この世で最も早いのが光の速度です」

「そうなのですか。存じ上げませんでしたわ」

「ホンットにリヒトさんってよく知ってるよな」

「誰に教わったの?」


 他の学院生も興味を持ったようで、ペンを走らせる手を止めて聞いてきた。理一は少し唸って答える。


「うーん、基礎は魔法の師に教わって、魔法自体はほとんど独学で、今はミレニウ・レガテュールの魔術研究所長に基礎を習い直しているよ」

「また基礎を習い直しているのは、何故ですの?」

「基礎は大事だからね。お陰で魔力量も増えたし、魔力操作もより緻密になったよ」

「魔力操作なんてダルくない?」

「でも大切だよ」


 理一が地面にレポート用紙を置いて、その上にペンを置いた。理一はそれを指差して、魔力をペンに流して指を振る。すると、ペンが動き出した。


「魔法も使っておりませんのに、ペンが動いていますわ」

「魔力だけでもこういうことは出来るんだ。まずは魔力を放出する。そして、速度や方向、範囲、規模なんかを調整していく」


 ペンがピタリと止まり、元の位置に戻ってきた。


「魔力量の調整も大事。魔力が多すぎると……」


 理一が必要以上に魔力を流すとペンが前方に飛んで行ってしまった。それを学院生達が呆気にとられて視線で追いかけている間に、予備のペンを出した。


「と、まぁこんなかんじで、魔力はただ流せばいいというものではなくて、必要に応じて調整したほうが、無駄にもならないし効率がいい。みんなも基礎練習は真面目にやるといいよ」

「そっかぁ……」

「サリーは光属性だったよね。魔力量が増えて、魔力操作が上達したら、君にも光域の魔法を教えてあげるよ」

「マジ! やった! あたしちょっと頑張ってみるわ!」

「いいなぁ、サリー」

「ずりー」

「ひとまずみんなはレポートを仕上げるといい。練習はそれからだね」

「リヒトさんはどーすんの?」

「僕は救護テントに手伝いに行ってくるよ」


 さっさと立ち上がって救護テントに向かっていく理一の背中を、グループメンバーは見送ってから顔を見合わせた。

 考えることはみんな同じだ。何故手伝いに行くのだろう、あれは自分の役割じゃないのに。みんなの疑問を代表して、ルーシーが尋ねた。


「アマンダさん、貴族ってみんなあんな感じなの?」

「確かに貴族にはノブレスオブリージュ……持ち得るものが施す事が美徳という考え方はありましてよ。でもそれを、トキノミヤ卿のように自然に実行できるかというと、話は変わりますの。人の上にあぐらをかくような、嫌な人もおりますし」

「確かになぁ、鼻持ちならねーっての? なんか嫌な奴いるよな」

「でもリヒトさんも良い人だけど、アマンダさんも結構良い人だよねっ」

「うふふ、ありがとう。さぁみなさん、トキノミヤ卿のおっしゃっていた通り、早くレポートを仕上げてしまいましょう」

「だな、そんで練習すっか」

「オッケー」


 訓練を通してすっかり仲良くなってしまったメンバー達は、和気藹々と雑談をしながらも、真面目にレポートを書き進めていた。




 その頃理一は救護テントの中で、救急カートの中身をチェックしていた。今は二グループが終わったばかりで、軽傷者が二人だけで手は足りているらしい。


 治癒魔法師がいるとはいえ、順番待ちがあったり、魔法の効果が出るまでの止血などは当然ある。

 なので救急カートのようなものもあるのだが、どんなものが用意されているのか興味があったのだ。


 包帯を一つ取り出して、うわ、と顔を歪めた。

 洗ってあるのだろうが、薄く血のシミがついている。使い回しとは、感染のリスクもあるのに不潔だと思うが、この辺りはまだそこまで医学が発展していないのだろう。

 恐らく、消毒も不十分だ。せいぜいが煮沸だろう。煮沸では血は落ちないのだが。


 一応注射という技術はあるようで、金属製のシリンジと針はあった。引き出しに布に包まれて入っている。不潔だと思うが、滅菌や密封など出来ないだろうし仕方がない。


(太いなぁ、これ十八ゲージ以上あるんじゃないか)


 鍛冶屋の技術的な問題なのか、針が太い。これでは子供や高齢者には中々使えない。血管の細い女性にも使えない。使えるとしたら血管の太い人か、動脈くらい。

 この消毒の概念も曖昧な世界で、まさか動脈に刺しているんじゃないだろうなと考えてゾッとする。


 これ以上知ったら怖くなりそうだったので、理一はカートの引き出しをそっと閉めた。



 そうこうしていると怪我人も増えてきて、理一も手伝い始めた。みんな軽傷のようで安心する。

 中には、自分で振るった剣が足に当たって怪我をしたという学院生もいた。治癒魔法師によると、剣術初心者あるあるらしい。


 少しするとサリーも手伝いに来た。最初に怖いと言って逃げ惑っていた女子だ。理一やアマンダの話を聞いて感化されたらしい。


 自分も手伝うと言って張り切って治癒魔法をかけてくれるのは良いのだが、なんというか、雑だった。


「ちょっとストップ」

「なんで?」

「施術が雑すぎるよ」

「え? 傷を閉じればいいんじゃないの?」

「人の体の構造というのは、そう単純じゃないんだ」


 理一が異空間コンテナから生理食塩水を取り出して、傷口を洗いながら説明した。


「まずは洗浄だよ。汚れを落とさないと、ここから破傷風になったりするからね。そしてほら、こことここの血管が切れているのがわかる? まずはこれを繋ぐ。断裂した筋肉の組織もちゃんと繋いでいくんだ。そして皮膚は層構造になっているから、筋肉、皮下組織、真皮、表皮と順番に閉じていく」

「うわ、めっちゃ綺麗!」

「こうしないと、傷だけ閉じても血管が切れていたら内出血を起こすんだ」

「そっか、中で血がドバドバでちゃうってことか」

「そうそう」

「超勉強になる! もっと教えて!」

「いいよ」


 最初に理一が治癒した学院生のところに、他の治癒魔法師も集まってきた。たしかに彼らの施術した怪我人には、内出血を起こしている人もいる。だが、理一の治療した学院生の傷は、無傷そのもののように綺麗に治癒されている。


「すごいな……」

「彼、ただの冒険者だよな?」

「自信無くすわ」

「あの子は一体何者なんだ」


 治癒魔法師が、畏敬の念を持って理一に視線を送った。



 彼は冒険者リヒト。医師免許を持つ男である。


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