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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
魔術公国トゥーラン
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魔法剣士学の実戦訓練

 今日は魔法剣士学の授業で、郊外にある森に来ている。この森は時々魔物が出るので、学院が訓練場として使用している。


 いくつかのグループに分かれて、森に入って魔物と戦うというわかりやすい訓練だ。一つのグループは八人構成で、それぞれに担当教員が引率としてついた。

 グループ編成は入学時の検査によって出たランキングで割り振られ、グループごとに実力が偏らないように編成されている。


 なので、理一のグループは理一がトップで、最下位だったと思われる平民の女の子も一緒だった。理一と男爵令嬢以外は平民のグループだ。

 いざとなれば理一がどうにかしてくれるだろうと、理一のグループのメンバーは楽観的である。


「おいおい、そんなんじゃ訓練にならないだろう?」


 教員が呆れてそう言うが、メンバーは肩をすくめるばかりだった。

 ただ、最下位の平民の女の子、ルーシーは「すみません」とペコペコしていた。彼女はもう少し肩の力を抜いていいと思う。


「僕も出来るだけフォローするけど、ちゃんとみんなで頑張ろうよ?」

「なんで?」

「あー、かったりー」

「自分が頑張ればいいじゃん。プロだろ」

「いや、そうだけど、これは訓練だし。実戦経験やフォーメーションの練習も必要だよ」

「そうよ。みなさん、わがままを言うのはよくないわ」

「ヤダ、魔物とか怖いもん。あたし無理」

「集団戦じゃなくても、オイラは単独でもどーにかなるし」

「リヒトさん、お願いします、お願いします!」


 男爵令嬢のアマンダも理一の加勢に入ってくれたが、メンバーはやる気がないし、ルーシーはよほど自信がないのか、最初から理一頼みだし。

 若さゆえの「授業だるい、反抗的な俺カッコいい」的な態度は、異世界でも共通なのだろうか。困ったグループである。


 貴族はこう言う時にキッチリ規律を守るように教育されているのだが、平民はこう言う教育をされないので、集団行動の時に協調性にかなり個人差が出る。


 なので、こう言う場面で貴族の子女が、「これだから平民は」と不満を漏らすわけである。

 すでに空気がギスギスしてきた。どうせなら早くスタートしてほしい。もう自分が全部やるから。もうそれでいいから。


 理一は現実逃避に、今日もいい天気だなぁと空を眺めていた。



 進行するルートは大体決まっていて、ほかのグループに鉢合わせないように反対方向に進んでいく。AとBに分かれて、Aは奇数の番号のグループ、Bは偶数の番号のグループが、順次進んでいく。前のグループがポイントを通過したら、教員が合図をして、次のグループが進むといった具合だ。


 そして、反対方向に向かって進み、グルっと周って戻ってくる。これがこの森の訓練でのお決まりのルートだった。


 出発前に必要事項の確認と、注意事項の説明があった。質疑応答の時に、ひとりの学院生が挙手をした。


「先生、例えば剣が折れたり、とっさに魔法剣が使えなかった時は、普通に魔法を使ってもいいんですか?」

「原則は魔法剣での戦闘がメインだが、今日は実戦訓練だからな。実戦ではいくらでも不測の事態が起きる。その時々によって、臨機応変に対処することも必要だ。魔法剣術にこだわる必要はないぞ」

「わかりました」


 説明が終わって、いざ訓練開始。理一達は第一グループなので、Aルートの一番目だ。


 教員の案内に従い、森の中に進んでいく。訓練で使われるだけあって、ある程度森は整備されているようだ。小道が出来ていて山のように苦労はしない。


 世の中の山や森が、全部こうだったらいいのにと不毛なことを考えていると、メンバーの話し声が遠いことに気づいた。

 教員と理一とアマンダとルーシーはひとかたまりになっているが、後方はバラバラに距離を開けてついてきている。


「みんな、離れていると危険だよ」

「そうよ、早く追いついてらっしゃい」


 理一達が立ち止まって声をかけると、「ヘイヘーイ」と返事をして、ダラダラと歩いてきた。アマンダの額に青筋が浮かんでいる。気持ちはわかる。


「あの方達の為を思って言っておりますのに」

「実戦経験がないのでは、緊張感も薄いでしょうから、仕方がありません」


 ハァと貴族二人で溜息をつき、教員も困ったようにしていて、ルーシーがどちらに味方すればいいのかわからず、オロオロしていた。


 気分を入れ替えようと、アマンダに話しかけた。


「アマンダ様は、実戦経験があるのですか?」

「ええ。恥ずかしながら我が男爵家は田舎貴族で、山の麓に領地がありますの。領地には狩猟を営む領民も多く、我が家も狩猟祭の折には、狩りに出かけることがありますの」

「へぇ、狩猟祭ですか。それは興味深いですね」

「田舎のささやかな祭りですが、もし訪れることがありましたら、是非に」

「ええ、是非」


 彼女に話しかけてよかった。世間話でだいぶ心が落ち着いた。心地よい会話というのは、心の洗濯になる。

 心の平穏を戻した理一だったが、後ろからぶち壊された。


「先生、まだ着かないのかよ」

「疲れたぁ」

「もー帰ろうぜぇ」


 台無しだ。おのれ平民め。


 この世界の貴族が、平民を差別する気持ちにうっかり共感してしまった。

 いかんいかんと打ち消して、余計なことを考えないように、魔力感知で魔物の気配を探ることにした。


 チラホラと理一の索敵に反応が映る。大した魔力ではないので、そう強い魔物でもなさそうで安心した。

 実戦経験のあるアマンダと、理一の陰に隠れる気満々のルーシーはまだ良いとして。

 理一は後ろを振り返った。


「みんな、左前方から魔物が来るよ。早くこちらまで来て」

「はー? そっちが来いよ」


 殴りたい。


 イヤイヤと打ち消して、理一は営業スマイルを絶やさない。目指せ、太政大臣の鉄壁スマイル。

 だが、理一の殺気が一瞬漏れていたらしく、ルーシーとアマンダと教員は、顔色を青くして後ずさっていた。


 平民メンバーはそれには離れていて気づかなかったのか、相変わらずダラダラしている。

 仕方がないと理一達が足を止めて、ゆっくりやってくる彼らを待っていると、案の定森の奥からバキバキと小枝を折りながら、何かが突進してくる足音が近づいてきた。


「ほら、来ちゃったよ、早くおいで」

「無理! マジ無理!」


 最初から怖いと言っていた女子生徒が逃げて木陰に隠れた。あの辺は魔物も近くにいないので、彼女のことは諦めた。


 さすがに残った四人は焦ったようで、慌てて理一の所まで走ってきた。その状況になると教員の言う通りにフォーメーションを組んで、魔物を迎え撃つ態勢ができた。


(なんだ、やればできるんだな)


 そんな風に思っていたのは束の間だった。

 フォレストジビエという猪型の体高二メートル強ある魔物が、こちらに猛スピードで突進してきている。四人はギリギリまで頑張っていたが、いよいよフォレストジビエが迫ると、さーっと両脇に逃げた。


 両脇に展開したのではない。泡を食って逃げた。

 それには流石にポカンとしてしまったが、流石にこの距離でボケっとしているわけにもいかない。


「ルーシー」

「ひっ、ひゃい!」

「やれるかい?」

「無理です!」

「やるんだ!」

「ひえぇぇ!」


 こう言う時、理一はスパルタである。理一はフォレストジビエの真正面に、ルーシーを引きずり出した。ルーシーは既に涙目で、ガタガタ震えている。

 それでも逃げないのは、逃げた先で魔物に襲われるよりも、理一のそばにいた方が安全だと思っているからだ。今はそれでいい。


「ルーシー、あの魔物は走り出したら直進しかできない。真っ直ぐ剣を握って」

「ひ、ひぃぃ」

「ほら、しゃんとして」

「はいぃ」

「得意属性は?」

「火ですぅ」

「僕が合図したら、剣を振るって一番強い魔法を打つんだ。いいね?」


 いい加減に腹を括ったのか、ルーシーが小さく頷いた。そしてルーシーが、震える声で呪文を唱え始めた。


「火の魔力を持って、ここに炎の猛りを示せ。“火炎”!」

「よし、今だ!」

「はいっ!」


 ルーシーの振るった剣が、火炎放射器のように炎を吐き出した。それに巻かれたフォレストジビエは、炎熱から逃れようと、倒れ込んだ勢いでもんどりうって転げ、のたうち回っている。


「みんな、ボーッとしないで! トドメをさすんだ!」

「あっ」

「そっか!」

「いくぞ!」

「トドメだ!」


 魔物が倒れたのをいいことに、飛び出してきた四人がトドメを刺して、なんとかフォレストジビエを倒した。

 トドメを刺した四人はそれぞれ片足でフォレストジビエを踏んづけて、「やってやった」という顔をしている。

 腹は立つが、一応褒めておく。


「みんな、なんだかんだ言う割に、ちゃんとできるんじゃないか。安心したよ」

「まーねぇ」

「やればできるけど、やらないだけだし」


 態度は非常に憎らしいが、喜んでいるようで何よりである。そして一番頑張ったルーシーを、一番褒めておく。


「頑張ったね」

「私、私、本当に倒しちゃった」

「ルーシー、君は自分が思っているほど弱くなんかないよ。正面からあんな大きな魔物を倒したんだよ。もっと自信を持っていいよ。よく頑張ったね」

「すごい、出来た! 嬉しい! リヒトさんありがとう!」

「頑張ったのはルーシーだよ。さぁ、この調子で次も頑張ろう」

「はい!」


 自信のついたルーシーは、とてもやる気になってくれた。ありがたい。

 残りの四人にも、もう一声かけておく。


「みんなも、魔物の特性をよく観察して、冷静に対処すれば、ルーシーみたいに一人でも倒せるんだよ。ルーシーに負けてられないだろう?」

「はー? ふざけんなし」

「負けるわけねぇし」


 四人もやる気を出してくれた。よかったよかった。


 問題は逃げた女子だ。まだあの木陰にいるだろうかと思っていたら、既にこちらにやってきていた。魔物が倒されたので安心して出てきたらしい。


「まだ怖いかい?」

「怖いに決まってんじゃん!」

「じゃぁせめて僕らの近くにいた方が安全だと思うよ」

「確かに……」


 納得してくれたので、最悪逸れると言うことはなくなるだろう。怖いなら怖いで、ちゃんと守られていてほしい。



 フォレストジビエをもらってもいいかと教員に聞いたら、いいと言われた。メンバーのみんなはいらないそうだ。美味しいのに勿体無い。


 首を切って足を結んで、引きずりながら歩いて血抜きをする。途中で若干重量が増えた。あの四人の誰かが絶対乗っている。突っ込んだら喜びそうなので、あえて突っ込まない。


 あらかた血抜きが済んで、フォレストジビエを異空間コンテナに放り込んだ。それにメンバー達が目を丸くした。


「何その魔法!」

「秘密」

「ケチ!」


 ワーワー言われたが、理一は絶対言わなかった。それは仕方がない。これは魔法ではなくギフトだからだ。原理を理一も知らないのに、教えられるわけがない。


 そうこうしていると、また魔物がやってきた。二足歩行で高速移動が可能な、飛ばない鳥ブラウンモア。トリッキーな動きで森の中を駆けるブラウンモアに、中々攻撃が当たらない。


「右翼と左翼でタイミングを少しずつずらしながら攻撃して、進路を中央に誘導するんだ。もっと引きつけて、今だ!」


 進路を正面に誘導されたブラウンモアに、女子三人が一斉に攻撃して、ブラウンモアがその場に倒れた。


「きゃー!」

「やりましたわ!」

「やったぁ!」


 湧き上がる歓声。女子も頑張ったし、男子の誘導も中々上手く行っていたので、みんなを褒める。


「今のチームワークは素晴らしかったよ。このグループはすごく良いグループだね。みんなが頑張ったおかげだ」

「べっつに」

「まぁ、リヒトさんの指示があったってのもあるし」


 男子は相変わらず素直じゃないが、これはこれで可愛らしく思えてきた。

 その後も理一が励まし、時に叱咤し挑発し、褒めまくって森を抜ける頃には、グループの連帯感はかなりまとまってきた。


「リヒトさん、あざーっす!」

「次もこのグループがいいな!」

「ウチら最強じゃん!」


 最初はあれだけバラバラでグダグダだったグループが、今はこんなにもまとまって一丸になっている。

 素晴らしい。青春って素晴らしい。


 大盛り上がりしているのを満足そうに見守る理一の後ろで、アマンダが教員を見上げた。


「先生、空気でしたわね」

「俺、教師辞めようかな。自信なくなっちゃった」

「元気を出してください。これは先生がダメなのではなく、トキノミヤ卿がすごいのですわ。普通はあの子達をまとめることなどできませんわ」

「うん、ホントあいつすごいよね。なんなのあいつ本当」


 グループメンバー達が理一を胴上げし始めた一方で、教員がアマンダに慰められていた。



彼は冒険者リヒト。そして、小学校教諭一種免許を持つ男である。

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