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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
魔術公国トゥーラン
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イチョウの木の下で

「トキノミヤ卿、少しいいだろうか」


 授業終わりの理一に声をかけてきた少年には、見覚えがあった。確か、ライオネル王子の取り巻きだ。

 ライオネル王子の身柄は、現在母方であるイボニス公国の侯爵家の預かりになっている。つい先日、侯爵家の養子になったと聞いた。


 そんなことを考えながら、理一は取り巻きの少年であるロランの後をついていく。中庭のイチョウの木の下にあるベンチで、予想通りライオネル王子が待ち構えていた。彼は制服の色が紫色から青に変わっていた。


「ご機嫌麗しゅう、ライオネル王子殿下」

「相変わらず嫌な奴だ。騎士爵閣下が侯爵子息に、無闇に下手に出るものではない」

「それは失礼。ライオネル殿も相変わらず太々しいことだね」

「口の減らない奴め」


 ライオネルは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、理一はにっこり笑って埃を払い、ライオネルの隣に腰掛けた。

 機嫌が悪そうだが、ライオネルは一つ息を吐いて口を開いた。


「アタックス侯爵を捕らえたと言ったな」

「そうだね」

「拷問したのか」

「しただろうね」

「彼は何を言った?」


 重ねられる質問に、理一はライオネルの目を覗き込んだ。


「聞きたいのは、クリンダ王国の上層部のことかな、それとも創神魔術学会のことかな?」


 ライオネルの目が、小さく見開かれる。だが、すぐに元の表情に戻った。


「さすがだな、お見通しか」

「ライオネル殿が追放の憂き目にあったのは、国王陛下に創神魔術学会と手を切れと訴えて不興を買ったからだろう?」

「そうだが……どこまで知っているんだ」

「大して知らないよ。適当にカマをかけたら当たっただけだ」

「……本当に嫌な奴だ」


 またしてもライオネルは苦虫を噛み潰したような顔をした。近頃嫌われ指数上昇中である。反省しなければと理一は苦笑した。


「意地悪を言って悪かったよ。それで、創神魔術学会の何が気になるんだい?」

「気にならないのか?」

「気にならないと言えば嘘になるけれど、興味はないね」

「不老不死だぞ、欲しくはないか? 永遠の命が」

「不老不死には興味があるね。でも、宗教なんかに頼らなくても、僕には可能だからやはり宗教には興味がないね」

「可能なのか?」


 身を乗り出してきたライオネルに、理一は飄々として「可能だよ」と答えた。


「どうやって?」

「細胞というものを知っている?」

「さいぼう?」

「生物の肉体は細胞という組織で構成されている。その数は約三十七兆。その細胞は太陽の光や怪我、病気、老化などで日々死滅し、再生を繰り返している。その再生力が衰えると、生物は老化して死に至る。それを僕は食い止めている」

「何故、そんなことを知っている? 何故そんなことができる?」

「僕は医師でもあるから、この程度のことは知っているよ。僕は常に身体強化で肉体を細胞レベルで補強して、治癒魔法を一日中かけて再生している。だから僕は現状不老不死に近い」

「何故そこまでする?」

「僕は冒険者だからね、いつ死んでもおかしくない職業だけど、僕が死んだら仲間も全滅するリスクがある。だから僕は死ねない。やるべきこともあるし、その為に必要だからやっている、それだけだよ」

「そうなのか……」


 ライオネルは、理一の顔を見て考えた。やるべきことがあって、その為に必要なことをしている。その為に必要なものを追い求めて、積み重ね続ける。それこそ日がな一日中、寝食すらも忘れるほどに。

 それをできる人間をライオネルは知っている。そういう人間のことを、世の人は天才と呼ぶ。


 この男は、努力の天才なのだ。だからこそ理一は、この若さでSランク冒険者にまで上り詰めた。

 ライオネルは理一を見て、そう思った。

 その視線に、理一も視線を合わせた。


「で、ライオネル殿は、創神魔術学会は気に入らないけど、不老不死に興味津々なわけだ?」

「いや、何故人は、不老不死になど興味があるのか、私には理解できなかったのだ」


 ライオネルはまだ若いので、理解できないということもあるだろう。理一は生き足りなかったから転生したわけだし、不老不死の魅力は理解できる。


「それを知ろうと思ったのは何故だい?」

「私にはよく理解できないが、父上たちはそれに取り憑かれていた。叔父上によると、イボニス公国内にも信奉者がいるという話で、叔父上から注意するように言われたのだ」

「なるほど、どういう人が信者になりやすいか、注意を払いたかったんだね。そうだな、マトモな人間ならそんなもの鼻で笑うだろうけれど、僕みたいに明確な目的があったり、何かに強い執着があったり、死を目前にした人は不老不死に縋るかもしれない」

「だが、トキノミヤ卿は宗教には縋らないと言った」

「加えて、自分のことを他力本願でどうにかしたいと思うような人は、宗教に頼るんじゃないか。自分のことは自分でどうにかすればいいのにね」


 ライオネルは目を瞬かせた後、小さく苦笑した。それを理一が横目で見遣る。


「はは、おかしな奴だ」

「僕おかしいこと言った?」

「いや、正しいと思う」

「じゃぁなんで笑うんだい?」

「正論すぎて笑うしかなかった。だがそれは超越者の傲慢だ。それを自分でできない人間の方が、遥かに多いものだ」

「なるほど、それもまた正論だ」


 できるならとっくにやっているという話だ。出来ないから、出来そうな人に縋る。努力の限界を超えるということを、魂の磨耗したこの世界の人は知らない。

 この世界の人は、研鑽や努力と言ったことが、本当に苦手なのだ。努力を続けるのは、精神や魂が大きく疲弊するからだ。

 それを乗り越えれば、それすらも快感に変わるということを、この世界の人は知らない。


 人は怠惰に惹かれやすい。だから宗教などにハマってしまうのだ。


「不老不死を追い求める心理というのは理解できたが、それでもやはり腑に落ちない」

「何が腑に落ちない?」

「本当に父上たちは人が変わってしまったように、不老不死に取り憑かれていたのだ。最早あれは、私の知る父上ではなかった。父上は私が意見したくらいで、私を追放するような愚かな人ではなかった」

「そうだね、その為に戦争を起こすなんて、普通はありえないことだ」

「何故……」


 ライオネルの声が震えていた。ぎゅっと握った両手の指先から、血の気が失せている。ぽたりと雫が手の上に落ちた。


「何故、私は父上たちを止められなかった。止められていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。リフィーラも、母上も、父上も、失わずに済んだのに……」


 ライオネル以外の王族は、全て処刑された。一族郎党全て、ただ、彼一人を残して。

 殺したのはトキソ国王の指示だが、その原因となったのはミレニウ・レガテュールに宣戦布告した事だと、ライオネルは気づいているのだろう。


 悔恨に咽び泣くライオネルの隣で、理一はただ静かに座って見守っていた。



 少しして、ライオネルが落ち着いたのを見計らって、理一が口を開いた。


「僕は思うんだけれど、君の言っていた通り、国王陛下は取り憑かれていたのかもしれない」

「どういうことだ?」


 腫れた目を見られたくないのか、ライオネルは顔を上げない。理一もそれを見ないようにして続ける。


「あまりにも不自然だからだよ。なんらかの魔法で、操られていたのかもしれない」

「操ったのは、創神魔術学会か? なんのために?」

「目的はわからない。けれど、やはり国王陛下は操られていたものの、多少なりと意識は残っていたんだと思う」

「何故そう思う?」

「我が国に宣戦布告してきたからだよ。少なくとも、自国の民を犠牲にするほど、彼が愚かではなかったからだ。本当に不老不死を得るために、生贄の魔術を施すことに取り憑かれているのなら、一番手っ取り早くて確実なのは、自国民の虐殺だからね。それを君の父上は選択しなかった。操られてなお、王としての矜持が、国民を守ったんだ」

「……」


 理一の話を聞いて、ライオネルはまた考え込むように地面に視線を落とした。そして次に顔を上げた時には、ライオネルの表情は、王子としての聡明さと矜持を取り戻していた。


「ならば尚のこと、私は創神魔術学会を許すことはできない」

「うん。我が国でも警戒している」

「この学院でも不穏な動きがある。排除に協力してくれるか?」

「もちろんだ。あんな宗教は潰してやろう」

「ああ」


 意見の一致した二人が固い握手を交わして、風に煽られた黄色のイチョウの葉が祝福のように降り注いだ。



 話が終わって立ち去ろうとする理一の背中にライオネルが声をかけたので、理一が振り返った。ライオネルが尋ねた。


「トキノミヤ卿は何故そう頑なに、宗教を否定する?」

「全ての宗教を否定しているわけではないよ。創神魔術学会の教義は、断じて認められないけれどね」

「何故だ?」

「彼らは神の存在を否定しているけれど、僕は神の存在を知っているからだよ。だから彼らの言うことは、信じるに値しない」

「頭がおかしいのか?」

「失敬だな。僕は女神に祝福を受けた。だからこの齢で、これほどの力量を有しているんだよ。努力だけでここまで出来るわけないじゃないか」


 本当なのか嘘なのか、だが、そう言われたらそんな気もする。疑惑の眼差しで、だが真剣な表情で、ライオネルが理一を見つめた。


「それは、本当……なのか?」

「さぁ、どうだろうね?」

「こいつ!」


 またライオネルが怒り出す前に、理一は笑って後ろ手に手を振り、さっさと中庭から逃げたのだった。


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