反抗者の試練
この学院に来て困ったことといえば、黒犬旅団で内緒話を出来るスペースを確保することだ。
女神のことや余所者であることなど、公表する気がないので人に聞かれては困る。だが男子が女子寮に行くわけにはいかないし、女子もまた然り。
学院のサロンなどはどこに耳があるかわからないし、それだとクロやおつるが参加できない。
なので自然と学院の外ということになるが、学院生が酒場に行ってはいけないルールなので、これもアウト。仕方なしに選択したのが、理一の転移魔法で会合場所に向かうこと。
会合場所として選ばれたのは、セーファ大迷宮の最下層にあった、織姫と出会った部屋だ。
そういうわけでやってきたのだが、前回来た時とは違う異変があった。
床に魔法陣が浮かんでいて、その魔法陣の上にウィンドウのようなものが開いていて、英語で何やら書かれていたのだ。
この神殿にたどり着きし、異世界から来た勇敢なる反抗者よ。共に神を倒さんがため、汝に「血の女王」を授けん。さすれば汝は、神に至る道に近づこう。
神へと至る道は厳しく遠いものとなろう。第三の神殿への鍵は、女王の目にあり。
反抗者の試練を超えて、「血の女王」を手に入れた後、第三の神殿への扉が開かれる。
「……good luck」
読み終えたのを感知したのか、足元の魔法陣が輝きだした。驚いて飛び退ると、その光の中に大きな影が姿を現した。
光が晴れて現れたのは、焦げ茶色の肌に六本の腕を生やして、下半身が蛇になった、巨大な女性型の怪物だった。
その名は、鬼子母神のラミア。子どもを喰い殺す血の女王。
ラミアが胸を逸らしたのを見て、何か仕掛けてくると判断した理一が光壁で防御した瞬間、褐色の極光が襲いかかった。その衝撃は凄まじく、理一の光壁がボロボロと砕けて行く。
「なにがgood luckだバカヤロー!」
「聞いてないわよこんなの!」
「落ち着かんか! リヒト、光壁を風壁で補強しろ!」
「わかってる!」
なお続くラミアの土属性のブレスに耐えられるように、理一はクロに言われた通りに風壁で補強していくが、その端から崩されていく。
これを凌ぐのは至難の技だと判断して、理一は風壁を維持しながらも、短距離の空間転移でラミアの背後に仲間を連れて転移した。
転移した瞬間に理一が光域の魔法を発動する。理一がこの魔法を黒犬旅団の全員にかける。これによって光速を超える速度を得ることができる、タイムブースター。
ラミアが振り返ろうとするその動作は、非常にゆっくりに映った。
だがその時間は長くない。この魔法は現存する光魔法の最上位で、膨大な魔力量と緻密な魔力操作を必要とし、術式も複雑かつ高度で、維持が非常に難しいのだ。
静止したかのように感じる時間の中で、素早く動いたのはクロ。風刃の魔法を放ってラミアを細切れにしていく。
続いて安吾が「うおぉぉ!」と雄叫びをあげながら剣閃を飛ばしてラミアの首を跳ね飛ばし、駄目押しとばかりに菊が緑の燐光を放つ鉄扇を振るって、風槍を突き立てた。
それと同時に魔力切れを起こしかけた理一が膝をついた瞬間、ラミアが光の粒になって部屋から消えていった。
「はぁ、はぁっ」
「理一大丈夫ぅ?」
「はぁ、大丈夫……。僕もまだまだだね。光域の魔法は、本当に疲れる……」
力なく膝をついた理一を、鉄舟が立たせてくれた。
ラミアは消えたが、ラミアの頭が落ちたらしい場所には、茶色の球が転がっている。おそらくこれはラミアの目だ。
第三の神殿の鍵が隠されているという、女王の目。安吾の掌に乗ったその目を全員で覗き込むと、唐突に何かが腑に落ちるような、不思議な感覚にとらわれた。
そして、なぜか理解した。次の神殿の場所は、ジギタリアン大火山。
少しの混乱と体の倦怠感を感じつつも、理一は自分のステータスを確認した。
■時宮理一 リヒト=トキノミヤ
種族:一応人間
LV:86
ジョブ:王 医師 教師 冒険者 リーダー 魔術師 遊び人 騎士爵当主 血の女王
スキル:健康体 回復再生 学術 探究心 精神耐性 毒耐性 恐怖耐性 知覚過敏 全属性 並列起動 身体強化 即死耐性 暗闇耐性 魔力操作 複合魔法 異界魔法 畏怖耐性
ギフト:女神の祝福 言語干渉 異空間コンテナ 鑑定 リミッター(オフ)天使のラッパ 献身
禁忌:憤怒2 強欲6 色欲2 傲慢5
神代魔法の血の女王を獲得できている。それを確認した瞬間、さらに疲労が襲ってきて、支えてくれている鉄舟に、ぐったりと体を預けてしまった。
「あらら、理一がまたオーバーヒートしちゃったわ」
「お主らが不甲斐ないせいだ。リヒトにばかり負担をかけるな」
「返す言葉もないな」
理一がいなければ学院に戻ることもできないので、一同は理一が目覚めるまで待つことにした。
理一が目覚めて、慌てて体を起こした。理一が気絶してから、砂時計を三回返したそうだ。
「うわ、ごめん!」
「いいのよぅ。私達こそ、いつも理一ばっかり頼りにしてごめんねぇ」
「何を言うんだい園生、君がいなきゃ黒犬旅団は成り立っていないんだ。適材適所だよ」
クロに叱られた仲間たちは、軒並み落ち込んでいる様子だったが、その雰囲気を刷新するために理一が話題を変えた。
「それよりも、織姫はあんな魔物が出たなんて言っていなかったよね?」
「うん。言ってなかったと思うよぅ」
「でもよ、あの姫さんのことだから、「そういえばいたね」ニコッ☆とか言いそうだよな」
「言いそうですね」
「すごく眼に浮かぶわ」
とてもいい笑顔で魔物を瞬殺する織姫が眼に浮かぶ。まったく、あの国の人はどうなっているのだろう。
血の女王について聞いてみると、他のメンバーも、クロもおつるも獲得できているようだった。あの部屋で生存していた者が、試練の超越者として認識されるのかもしれない。
もしかしたら、これまでもこれからも、こうした試練をクリアした者だけが、神代魔法を獲得したのだろう。そう考えると、雄介は何度も苦痛を味わって、たった一人であの大峡谷をクリアしたのだと思うと、今更ながら雄介の健闘にエールを送りたくなる。
この神殿を作った人の、神殺しへの熱意に関してはまったく理解する気になれないが、訓練場所としてはうってつけだった。
もしチャンスがあれば、第三の神殿の場所がある、ジギタリアン大火山にも行ってみたい。
「改めて、僕らはまだまだだね。この場所を会合場所にすると同時に、大迷宮を攻略がてらレベルアップしたい」
「賛成。俺もこのままじゃな。街中じゃ魔法の練習もできねぇし」
「そうですね、ここには魔物も多いですから」
「いつまでも、クロと理一に頼りっぱなしと言うわけにはいかないものね」
「私も頑張らなきゃぁ」
決意を新たにして、大迷宮を会合場所兼練習場所に決めた。
今日のところは理一が気絶してしまったので、時間も遅くなってしまい、本来の目的である話し合いはできなかったが、後日改めてと言うことになった。
というのも、この時間なら織姫と太政大臣がデートしているはずだから、その間は織姫の安全が守られていると確信していたからだ。
その時間を大幅に過ぎてしまっているので、戻らないわけにはいかない。特に織姫の部屋の両側から、彼女を守護する菊と園生は戻る必要がある。
だが、その頃には日はとっくに暮れていて、デートも終わって寮に戻った織姫に、ひっそりと魔の手が忍び寄っていた。