防御魔法学での模擬戦
理一はまたしても練習場にいた。
早い話が、魔法剣士学の時のグレゴリーのように絡まれた。この辺りは本当に子どもだなぁと思う。
対戦相手はエリザベス=フィンチ。ピンク色の制服なので、どこかの国の伯爵令嬢だろう。エリザベスは立派な金髪縦巻きロールをした美人で、ピンク色のロングワンピースがとてもよく似合っている。彼女が豊かな胸をそり返させた。
「ホーッホッホッホ! 冒険者ですって! わたくしの攻撃に耐えられるかしら!?」
見事なまでの悪役令嬢っぷりである。相手は悪役とはいえ女の子だし、理一から攻撃する気は無かったので、理一は光壁を展開して、ひたすらに防御に回っていた。
エリザベスは火属性らしく、高火力の魔法をバンバンぶち込んでくる。それを見ている学院生の中に、理一が防戦一方だと思っている者は少ない。
「すごいわ。エリザベス様の攻撃をあんなに受けているのに、防御に微塵も揺らぎがないわ」
「防御の層が厚すぎて、トキノミヤ卿のお姿を見ることもできないほどですものね」
「魔法陣をよく見るといい。九層構造だぞ。あれを破るのは至難の技だ」
「それほどの防御魔法を無詠唱でポンと出すとは、彼は本当にSランクにふさわしい技量の持ち主なのだね」
そうこうしていると、魔力切れを起こしたエリザベスが、地面に膝をついた。それを見て理一も光壁を解除した。
「くっ、わたくしの負けですわ」
「どうせなら、完全に魔力が切れるまで僕に攻撃して見ませんか?」
「なんですって! そんなことをしたら……」
「そんなことをしたら気を失ってしまいますが、翌日には目覚めますよ。より大きな魔力量を得てね。どうしますか?」
スパルタとしか言いようがない理一の言葉に、エリザベスは目を白黒させていたが、女子達から「エリザベス様、おやめになって!」と声がかかり、それがかえって彼女の闘争心に火をつけたようだった。
「よろしくてよ。今日は負けて差し上げますが、次に戦う時はこうはいきませんことよ!」
「素晴らしい意気込みです。エリザベス様の心意気に敬意を評して、防御魔法を使わず防いで見せましょう」
「言いましたわね! 火傷をしても知りませんことよ!」
啖呵を切りながら、よろめきつつもエリザベスが立ち上がる。呪文を唱えると、彼女の周囲を炎が渦巻いた。それは彼女の魔力を出し切った爆炎の魔法。
その魔法を見て、周囲の女子達から悲鳴が上がった。
放たれた爆炎の魔法が理一に襲いかかる。理一はその前に闇魔法の渦を発現し、爆炎の魔法はその渦に吸い込まれて綺麗に消えてしまった。
それを見届けたエリザベスは、今度こそ魔力切れで汗を流し膝を折った。
「完敗……ですわ……」
呟いて地面に倒れこもうとするエリザベスの姿に、女子から再度悲鳴が上がったが、倒れこむ前に理一が受け止めた。
だが、それでもエリザベスの取り巻きからは非難轟々だった。
戻った理一に、菊達が呆れた視線を投げかけている。
「バカね。女を敵に回すと怖いわよ?」
「彼女のような好戦的な子は、喜んで乗ってくると思ったんだけど」
「彼女はね。周りはそうはいかないわよ。仮にもご令嬢なんだから、優しくしてあげないと。あなたを基準に考えちゃだめでしょ」
「そっか……」
菊に怒られてショボンとうなだれる理一を、鉄舟と安吾が肩を叩いて慰めた。
翌日になって目を覚ましたエリザベスは、自分の中に揺蕩う魔力が、たしかに増大しているのを感じた。心配して朝からお見舞いに来た取り巻き令嬢達に、エリザベスは興奮した様子で語った。
「本当に魔力が増えておりますのよ! トキノミヤ卿のおっしゃっていたことは本当でした!」
「でもエリザベス様、あまり無理をなさらない方が……」
「いいえ! わたくしは、これからも修練を続けますわ! そしていつかきっと、トキノミヤ卿を追い抜いてみせますわ!」
「エリザベス様、なんて努力家なのでしょう」
「あなた達もトキノミヤ卿を責めてはいけませんわ。彼はわたくしを強くしてくれたんですもの。トキノミヤ卿に認めていただく、それがわたくしの今の目標ですのよ」
「エリザベス様……」
「なんてお優しいのかしら」
前向きなエリザベスに惚れ直したらしい取り巻き令嬢達が、彼女に感化されたおかげで理一に対する非難は激減した。
それはありがたいことだが、食堂で昼食を終えたばかりの理一の前に、金髪縦巻きロールの美少女が、腰に手を当てて踏ん反り返っている。
「エリザベス様、昨日は無理をさせて申し訳ありませんでした。ご気分はもうよろしいのでしょうか?」
「絶好調でしてよ!」
「そうですか、それを聞いて安心いたしました」
心の底からホッとしている理一に、エリザベスはビシッと指を突きつけた。
「リヒト=トキノミヤ卿! わたくしは貴方様を永遠のライバルと認定いたしました!」
「はい?」
「いつか貴方様を超えてみせますわ! それに……」
急に勢いをなくしたエリザベスは、踏ん反り返るのをやめて、自分で自分の腕を抱いた。少し顔を赤くした彼女が思い出しているのは、ほんのりと体に残っている、理一に抱きとめられた感触。
意識はなかったが感触は残っている。理一に抱きとめられたのだろうことはエリザベスにもわかった。チラチラと理一の腕に視線を送っては、赤い顔を手で覆い隠す。
(あ、あの腕で、わたくしを抱きしめ……きゃぁぁぁ! 破廉恥ですわ!)
純情なエリザベスが真っ赤な顔で悶絶するので、何が起きているのかわからない理一が、そっとエリザベスの顔を覗き込んだ。
「エリザベス様?」
「きゃっ! 近いですわ!」
「申し訳ありません。失礼しました。どうされました?」
「なっ、なんでもありませんわ! 失礼いたしますわ!」
「はぁ」
ポカンとしてエリザベスの後ろ姿を見送る理一の隣で、菊達が顔を見合わせた。
「なんだかよくわからないけれど、また理一がフラグを立てたわね」
「そうですね。いい加減慣れましたよ」
「へぇ、理一くんって天然タラシなのね」
「そうですぜ。いいなぁ、俺も女子にチヤホヤされてぇ」
「傍目にはぁ、ケンカを売られたようにしか見えないけどねぇ」
仲間達はそんな風に語り合いながら、午後の紅茶を楽しんでいた。