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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
始まりの村
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世界は過酷でシビアだった

こちらの世界に渡って、初めての朝。南と北の2方向から、にゅっと太陽が2つ上がってくるのは、不思議な光景だった。赤道直下の大陸とはいっても、地球と比べると太陽との距離は相当あるようだ。ものすごく灼熱というわけではない。ただ、沖縄よりも暑いとは思う。季節がないので、この世界はずーっと暑い。きっと雪など降らないだろう。


そんなことを考える理一の隣には、安吾も感慨深そうに太陽を見ていた。結局昨夜は全員呑んだくれてしまったので、二日酔いを心配したのだが、全員が全員ケロッとしている。これはスキルの健康体のおかげなのかもしれない。

鉄舟や園生は、暴飲暴食しても健康なんて素晴らしいと喜んでいた。禁忌が増えると思わなくもなかったが、せっかく喜んでいるので水を差すのはよろしくない。禁忌が増えたところでどうなるのかもわからないし、どのみち健康体なので、糖尿病などの心配もないだろう。


今日は忙しい村長に変わって、村長の娘が村の中を案内してくれる予定だ。昨夜も配膳などでちょこまかと動き回っていた若い女性だ。

村長の家系なのか、彼女も小柄な少女だった。見た目は14歳くらい。140センチ台の身長で、茶髪に褐色の肌。もじもじと理一を見上げてくる丸い茶色の瞳が愛くるしい。全体的に小動物っぽい娘だ。


「僕は理一。よろしくね」

「フェリスです。よろしくお願いします。じゃぁ、えっと、こっちです」


慣れない状況に慌てたのか、フェリスはオタオタと先導を始める。気を利かせた菊と園生が、フェリスに優しく声をかけていた。2人とも弟子を多く持つ指導者でもあったので、面倒見もいい。頼りになる。


最初に案内されたのは、村の畑だった。岩山の麓に広々とした畑が広がっているのは、いささか違和感があるが、綺麗に区画整備された畑には、麦が金色の穂を揺らしていた。その隣にはトウモロコシ畑もあった。


「この村は、ひいお爺様とその友人で開いた村だそうです。とりあえず穀物があれば飢えることはないということで、こうして麦やトウモロコシが大量に作られます。余った分は街に売りにいったり、行商人と交換します」

「すごく広い畑だね。村の人たちはみんな農業をするの?」

「収穫はみんなでやりますが、普段はそれぞれの仕事をしています。この畑は基本、父や叔父がみています」


村が総出で収穫するのだから、この穀物の生産は、この村にとっての一大産業なのだろう。保存が効いてお腹がふくれ、流通でも常に需要がある穀物を、大規模農業で大量に作るというのは、理にかなっている。広い畑を見ながら、なんとなくこの村を開いた余所者は、アメリカ人だったのかななどと考えていた。


次に案内されたのは、村の外れにある川の下流だ。そこには大きな水車小屋があった。この水車小屋を発明したのも、その余所者だったらしく、この世界の人間にとっては画期的だったらしい。

水車を使って川から用水路を通って村に水を供給し、その動力を応用して石臼で粉を挽き、更に樽を接続して洗濯まで行ってしまうという優れものだった。


「これはすごいね」

「そうでしょう? 水の力で製粉も洗濯も出来るんです。普段はどちらも大変な仕事だから、お家の女性は大変だと言います。その専門の職業の人もいるくらいですが、この村では自動化されているので、その間に他の仕事ができます」


フェリスがそう言って得意げに胸を張るのを見て、なんだか微笑ましくなった。フェリスはこの村のことが自慢なのだろう。自分の住む場所に愛着を持つということは良いことだ。


しかし、フェリスの話を聞く限り、やはりこの世界はあらゆることが人力で賄われていると考えて間違い無いようだ。今まで当たり前のように手に入っていたものは、おそらく手に入ることはない。


麦を育て乾燥させそれを挽いて粉にし、ようやく小麦粉が手に入る。とてもではないが、この世界では1kg100円では手に入らないだろう。それほどの手間がかかる。


これは、日常生活も仕事も、色々なことを覚悟しなければならない。今までの自分たちが、いかに文明に恵まれていたのか、嫌という程痛感するようになるだろうと思うと、やっぱりホームシックになる理一だった。




フェリスに連れられて歩いていると、村の入り口で門番をしている村人が目に入った。


「ねぇ、この世界では村を柵で囲って門番を立てるのが普通なのかい?」

「このあたりではそれが普通だと思います。岩山から魔物が降りてくることもありますから。それに、もうじきシャバハの夜ですし」

「シャバハの夜?」


聞きなれない単語を耳にして?鸚鵡返しにした理一に、フェリスは神妙な様子で頷く。


シャバハの夜というのは、2日間に渡る。岩山の向こう側には遺跡のような廃墟がある。普段からその遺跡は亡霊でいっぱいなのだが、毎年その夜になると、亡霊が溢れて岩山を降りてきてしまう。その亡霊の行進から村を守って、なんとかやり過ごさなければならない。それがシャバハの夜だそうだ。


説明を終えたフェリスは、少し困り顔で微笑んだ。


「だから、この時期にここに来てしまったのは不運かもしれません。でも、この村にたどり着けたのは幸運だったと思いますよ。この時期に野宿などしていたら、きっと命を落としていました」


フェリスの言葉を聞いて、背筋がぞっとした。


確かにあの時ゴードンに出会わなければ、きっと町や村にも入れないで野宿をすることになっただろう。そうして何も知らずにシャバハの夜を迎えて、亡霊に囲まれて殺される。そんな夜は想像するだけで悪夢だ。


全くこの世界はシビアすぎる。本当に自分たちは大丈夫なのか、心底不安になる。きっと亡霊相手では、安吾の剣技も太刀打ちできないだろうし。同じことを考えたのか、安吾も難しい顔をしている。


そんな理一たちに、更にフェリスは追い討ちをかける。


「ちなみにシャバハの夜は今夜と明日です。明後日の朝まで寝ずの番で亡霊と戦うことになりますから、皆さんにも手伝ってもらえると嬉しいです」


フェリスは意外と空気を読まずに爆弾を投下するタイプのようだ。

理一のホームシックが一層加速したのは、言うまでもない。

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