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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
魔術公国トゥーラン
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誰が一番恐ろしい

 魔術公国トゥーラン。魔術師の多く在籍する、魔術の先進国だ。

 魔術学院はこの国の首都であるサイシュにあり、理一達はクロを同伴していながらも、ミレニウ・レガテュールの国章である龍のウロボロスを冠した馬車に乗っていたので、スムーズに首都入りできた。


 普通、王侯貴族というのは学校に行くことはない。学校に行くのは平民や商人の子どもで、貴族階級以上になると、それぞれの科目の家庭教師が付けられる。


 それでも、魔術の技術の高さは王侯貴族のステータスであるという認識があるらしく、この国の魔術学院へ入学または留学を希望する王侯貴族は多い。



 本来なら織姫と数名の女官だけが乗ることを許される王族専用馬車に、何故か乗せられた理一達に、いつも通りのニコニコスマイルで織姫が尋ねた。


「そういえば理一くん達、みんな騎士爵になったんだって?」

「はい?」


 そんな話は初耳である。

 織姫の言うところによると、織姫のご学友が平民だなどと言語道断。せめて爵位がないとお話にならないと国王が言って、全員に騎士爵が与えられたらしい。


 その話を聞いて、園生は興味なさそうにして、鉄舟はそもそも話を聞いていなくて、菊と安吾はなにやら難しそうな顔をし、理一は頭を抱えた。


通りで国王に、苗字はないのかと聞かれたと思ったのだ。国王は理一の前記を知っているので、苗字がない理由には納得してくれた。だが国王がこういったのだ。


「お前は帝に即位するまではあざなや幼名があったはずだ。都合が悪い。今後はその字を名乗れ。お前の字は?」

「はい、称号を、時宮ときのみやと申します」


それを思い出して、理一は身分証を確認すると、しっかりと名前のところに時宮理一と騎士爵であることが記されていた。


 彼らの様子に、織姫はマズイことを言ったと思ったのか、少し慌てた様子で理一の顔を覗き込んだ。


「あ、あれ? 聞いてなかった?」

「確かに初耳でしたが、どうぞお気になさらず」



 理一が営業スマイルを取り繕って答えるが、当事者としては気にしないわけにはいかない。

 それは初耳であることが問題なのではない。騎士爵というのは、基本領地を持たず一代限りのものだ。実績によっては次代に受け継がれることもある。


 問題なのは、ミレニウ・レガテュールに永住する気がないのに、その地位をもらってしまったことだ。

 またしても国王にやられた。


(なんだかんだ理由をつけては、僕らが逃げられないように仕掛けてくるなぁ、あの陛下は)


 確かに国王の言うことも一理ある。この騎士爵が留学に必要な地位だと言うのは理解できる。

 だが、それが留学終了後に返上できるかと言うと、そうもいかない。

 またしても国王の囲い込み作戦にはまってしまったのである。


 もしかしたら、本当の目的は護衛ではなくこっちだたのではないか、とすら思える。

 一旦そう思うと、どんどんそんな気がしてくる。



 落ち込む理一達を見て、何を勘違いしたのか、織姫は慌ててフォローした。


「騎士爵って確かに下級の爵位だけど、学校にいる貴族の子女は爵位があるわけじゃないから、実質的には理一くん達の方が立場が上だし」

「頂いた爵位の格に異論はありませんよ。本当にお気になさらず」

「そう?」

「ええ、お気遣いありがとうございます」


 格など問題ではない。爵位があること自体が問題なのだ。一応気遣ってくれる織姫には感謝を返したが、頭痛のし始めた理一達を乗せた馬車が、学院へと到着した。




 学院には平民が多い。そして王侯貴族も多い。なので、この学院には普通の学校にはないものがある。

 その筆頭が制服だ。その次が連れてくる召使いの人数制限で原則一人。


 織姫に同行している召使いは、女官長のアミンという吸血鬼だ。

 アミンは織姫が地球にいた頃の友人の娘らしく、二人は非常に仲がいい。アミンは非常にフランクな人で、園生やおつるとも仲が良かった。


 元々人好きする女子達はあっという間に仲良くなってしまって、さっさと女子寮に入ってしまった。

 取り残された男子は少しの間ぽつねんとしていたが、のそのそと男子寮の指定された部屋に入っていった。



 理一の部屋はありきたりなワンルーム。寝所と小さなキッチン、トイレとお風呂。学生ならこれだけで十分だろう。

 理一の所有する沢山の書物は異空間コンテナに入っているし、部屋の規模は大して問題にならない。


 理一はあてがわれた部屋で荷物を整理しながら、制服のことを考えた。


貰った制服は黒のブレザーだ。この辺りも大陸北方に位置しているので、やはり多くの人は中東っぽい格好をしている。なのに学院生の制服はブレザー。

これは絶対にどこかで余所者が入れ知恵している。イギリスなどのことまで含めると、ここ二百年位の間に、制服という概念ごと誰かが導入したのだ。


 最上級の位階にある者は、濃い紫色、その子女は淡い紫色。織姫は淡い紫色の制服を着るはずだ。

 侯爵は紺色、子息は青、伯爵はワインレッド、子息は桃色、男爵は深緑、子息は若草、子爵は黄土色、子息は黄色。

 そして騎士爵は黒で、その子息は灰色。平民は白。


この学院には通学する王侯貴族が多いので、こうして視覚的に階級を差別化されている。ついでだから平民にも階級をわかりやすく表示しているのだろう。無用なトラブルを避けるためだ。ぶつかって舌打ちした相手が貴族様でした、なんて事は平民にとっては笑えない話である。

こちらの世界では階級差別があって当たり前の認識なので、ここまでわかりやすく表示されているというのは、平民にも貴族にも逆にありがたいことだった。


 黒い制服のブレザーに、理一が袖を通す。袖口にはシルバーの銀糸でパイピングがしてある、デザイン性の高いものだ。これはおつるがアレンジしてしまった。ちなみにおつるはアミンと悪巧みして、織姫を含めみんなの制服を勝手にアレンジしている。


 はじめて制服に袖を通して、少しテンションの上がった理一は、制服を着て寮の外に出てみた。学院内を散策しながら、校舎に囲まれた中庭へ出た。

 今の時期は在校生もいないようで閑散としている。そのはずだったが、同じことを考える人間はいるようで、何人か中庭にいた。


 理一のいる場所にほど近い場所にいる人物、その一人の制服の色を見て、理一はその場に跪いた。

 相手は理一に気づいて、芝生を踏みしめて歩み寄る。

 彼は薄い紫色の制服を着ていた。それは、王族の印。


「へぇ、騎士爵なのかい、君は」

「お声がけいただき、恐悦至極に存じます。名ばかりの騎士爵でありますこの無礼を、お許しいただきたく」

「あぁ、僕を知らないということだね。僕はクリンダ王国第一王子、ライオネル・クリンダだ」



 ライオネルの自己紹介を聞いた瞬間に、理一の中で合点がいった。

 国王の目論見は、理一達を囲い込むのも、織姫と太政大臣の間を引き裂くのも、それが目的の第一ではない。


 理一だっておかしいと思っていたのだ。クリンダ王国のような小国が、なぜミレニウ・レガテュールのような大国に、嫌がらせとはいえ宣戦布告してきたのか。

 普通に考えれば、いくら切羽詰まっていてもありえないことだ。


 ならば、あの国になにかが起きていたと考えて間違いはない。ここに王子が留学しているから、だから国王はこの地に向かわせたのだと理解した。


 あの国の不可解な行動と、王子の行動は繋がっている。そう結論づけた理一は、王子の自己紹介に笑顔で返した。


「私は国王の命により、義務を果たしただけの下賤に過ぎませぬ。御尊?名を賜りましてありがたき幸せにございます」

「そう畏まらずとも良い。君の名は?」

「恐れながら申し上げます。私は理一・時宮と申します」

「リヒト……」


 理一の名前を知っていたのであろう、ライオネルは途端に顔色が悪くなる。それに気づいているが無視して、理一は続けた。


「先般のクリンダ王国の情勢については、お悔やみ申し上げます。アタックス元侯爵の行いにつきましては……」

「控えよ! 貴様、魔王の人形の分際で……!」

「元々平民ゆえ、失礼がありましたことを謝罪いたします。ですが、殿下にお尋ね申し上げたい。あなた様は、誠にアタックス元侯爵の行いが、許されることとお思いでいらっしゃるのか?」



 敵国の尖兵である理一に挑発されたと思って憤っていたライオネル王子だったが、理一の問いかけにはぐぅと、息を飲み込むのが見えた。

 それで確信した。あの国は一枚岩でなかったことを。


 そして、国王の目的が、ここにあったのだということも。


 理一は努めて、穏やかな口調で続けた。



「殿下は聡明でいらっしゃるという評判でございます。昨今の情勢には、ひどく胸を痛めていらっしゃると拝察申し上げます。ですから……」

「黙れ! 貴様のような下賤の者の口車には乗らぬ!」



 ライオネル王子は、激昂して取り巻きを連れて立ち去ってしまった。だが、彼の表情には苦悶が浮かんでいたのが見て取れた。

 ライオネル王子が理一に接触してくる機会は近いだろう。


 理一は嘆息する。


 まったく、国王はどこまで見越してるのか。これだからあの王は、恐ろしくていられない。だから魔王などと呼ばれるのだ。





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