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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
ミレニウ・レガテュール連邦
74/115

山賊退治 3

「あぁぁぁ〜」

「なんだその声」

「頭ではわかってても、やっぱ嫌になってきちゃったよぅ」

「俺も嫌だけどしょーがねーだろ。やらなきゃ俺らがあの王様に殺されっかもしんねーぞ」

「それはもっとやだぁ」

「あ〜帰りてぇ〜」

「鉄舟も嫌なんじゃないのぉ」

「最初からやだつってんだろ」


 ブーブーと文句を垂れる園生と鉄舟を見て、フレッサはやれやれと溜息をつく。


「最初の勢いはどうした? 怖気付いたか?」

「別に怖くはないけどぉ、自分がやるのは嫌っていうかぁ」

「後味悪いだろーな」

「人間も食えば美味いぞ」

「誰が食うか」

「さすがにその餌には釣られないなぁ」


 フレッサは食べ物で釣ろうとしたが失敗した。

 二人が全く乗り気じゃないので、フレッサが進み出た。


 後続を守りに来た三人の前には、これまた別働隊の山賊が二十人ほどいた。話に聞いていたより人数が多いと感じたが、生き残りが少ないので多少の情報の誤差はあるだろうと考え直した。


 山賊達はフレッサ達を警戒しているようで、互いに睨み合ったまま膠着状態になっている。これであちらが攻撃でもしてくれていたら、園生達もやる気になったのかもしれないが、この隊を指揮する人間は慎重者のようだ。


 フレッサが進みでると山賊達は後ずさりして、後方から「撤収だ!」と声がかかると、すぐに山の中に逃げ込んで行った。



「あれ、逃げちゃった」

「不戦勝でよくねーか?」

「馬鹿を言うでない。命令は幹部以外皆殺しだぞ。アレも追って消す」

「あぁぁぁぁ〜」

「主人、その気が抜ける声はやめろ。わしまで気が削がれるではないか」



 三人は走って追いかける。途中で二足歩行が面倒だとフレッサがぼやいていたが、魔法をかけたのは理一なので、理一がいないと魔法が解けない。

 それでフレッサもやる気が下がり、やる気のない三人は虚ろな目で森を走っていた。







 森の中で、虚ろな目をしている人がもう一人。

 肌は汚れて殴られて腫れ上がっているのに、着ている服だけはやたらと豪華だった。その女性の足を汚した鮮血は、すでに乾いてこびりついていた。


 襲われて連れ去られてから、もう何日経ったのかもわからない。自分が来る前から女性はいて、自分の後からも女性がさらに連れてこられた。

 その人数はわからない。彼女は他の女性と話すこともできなかった。


「アリッサ、私から離れるな」

「……はい」


 その女性、アリッサはこの山賊の頭領に気に入られてしまって、頭領専用として常に側に侍らされていた。暴力は振るうのに、奪った品から無駄に着飾られた。

 目でも楽しみたいということなのだろうが、アリッサにはそんなことは最早どうでもよかった。


 ただ、殺されなかったから生きている。それだけだった。


 本当は他の女性に会いたい。話して泣きながらお互いを励まし合いたい。いつかきっとここから逃げられると、仲間として信じ合って耐えたい。


 アリッサには、それすらも許されない。

 とうに限界を超えたアリッサの心は、すでに壊れかけていた。


(もう耐えられない。死んだほうがマシ)


 先に命を絶ってしまった女性が、運び出されて遺体を捨てられているのを見た。自分もああなりたい。解放されたい、この地獄から。


 ついに自殺しようと舌を出したところで、足元でカサリと音がした。見ると、足元に犬ほどもある大きな蜘蛛がいる。


「きゃっ!」

「どうした」

「蜘蛛が!」


 蜘蛛と聞いて頭領の男は興味をなくしたらしく、振り返っていた顔を元に戻した。隊商を襲いに行っていた彼の兵隊が戻ってきたのだ。今その報告を受けているところだった。


 アリッサは息を整えて、頭領の座る椅子の後ろとその背後に立つ自分の間にいる蜘蛛を見た。その蜘蛛は「しーっ」とでも言うようにジェスチャーで口元に足を立てる。


 なんだか人間味を感じる蜘蛛に、アリッサは小さくうなずいた。それを見届けて、さらに蜘蛛が手足を動かす。


(お姉さん、大丈夫? って……)


 まさか蜘蛛に心配されるとは。自分の状況はひどいと思うが、そんなにひどい顔をしていたのだろうか。更に蜘蛛が続けた。


(男の人に気づかれないように、そっとハルニレの木の下を見て?)


 言われた通り、アリッサは男達が誰もアリッサを見ていないのを確認して、視線だけでハルニレの木を探す。見つけたその木の下には、二人の男と一人の少女がいて、少女が小さく手を振った。


 まさかと思い、アリッサは視線を蜘蛛に戻す。


(助けにきたよ。もう、大丈夫……だよ……)


 助けが来た。ようやく解放される。自分たちは見捨てられていなかった。死ななくてよかった。

 安堵と感激から思わず涙がこみ上げてきた。だが、それを悟られてはいけないと、アリッサはどうにか堪えた。


(他にも捕まっている人はいる?)


 アリッサは頭領の陰で見えないように、蜘蛛に小さくハンドサインで丸をした。


(どこにいるかわかる?)


 アリッサが右後方を指差す。


(その人達は、自分で走って逃げられそう?)


 少し考えて、アリッサもそうだが他の女性の精神状態を考えると難しい可能性があったので、小さくバツをする。


(わかった。ちょっと作戦会議してくるね。もう少しの辛抱だから、頑張って)


 蜘蛛はまた森の中へ消えていった。



(頑張って……)


 応援してくれた。相手は蜘蛛だったけど、アリッサの心が息を吹き返した。蜘蛛と三人の人が助けに来てくれた。

 たった三人でというのは不安もあるが、それ以上にアリッサは、誰かが自分のことを励ましてくれたのが、泣きたいくらいに嬉しかった。

 とうとう我慢しきれなくて、涙が溢れた。


「ぐすっ」

「どうした」

「いえ、目にゴミが入っただけです」


 男に気づかれたのには焦ったが、また興味がなかったようで男は前になおった。


 アリッサは涙を拭って、前を向いた。ハルニレの木の下では、三人と蜘蛛が作戦会議をしているのか、コソコソ打ち合わせをしている。


 頭領と山賊達は、冒険者に壊滅に近い状態まで追い込まれたらしく、頭領が腹を立てて暴れ始めた。こういう時、真っ先にサンドバッグにされるのはアリッサで、今もまた殴り倒された。


 痛む頰を押さえながらも、アリッサの目はもう死んでいなかった。


(大丈夫。大丈夫。あと少し我慢すれば、きっと助かるから)


 アリッサにとってあの蜘蛛は、神の使いに等しかった。天上から垂らされた蜘蛛の糸。アリッサはそれに必死に縋り付いた。


 だが、男はアリッサを殴っただけでは飽き足らず、ついに剣を抜いた。


「なぜこうなる! なにもかも上手く行くはずだったのに!」


 世界は残酷だ。アリッサが生きる希望を手に入れた時に、死がやってきた。


「いや、やめて、やめて」


 先程まで死にたいと思っていた。ほんの少し前なら恐怖すらも感じなかったかもしれない。だが、生きる希望を得たアリッサには、殺されるという恐怖でいっぱいだった。


 尻餅をついて後ずさりするアリッサに、頭領の男が剣を振りかぶる。


「やめて、お願い、助けて!」


 アリッサの悲痛な声が森に木霊した時、その声に共鳴するかのように、森がざわりと蠢いた。


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