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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
ミレニウ・レガテュール連邦
73/115

山賊退治 2

 理一の居た方から爆炎が上がり、その後直ぐに街道と山を隔てるように光壁が道沿いに城壁のようにそびえ立った。

 理一達より既に一キロ以上先に先行していた菊が息を飲む。


「理一さん、派手におっ始めましたね」

「すっご……。光壁がまだ先まで続いているのね。流石だわ」

「菊、感心している場合ではありませんよ」


 菊達の背後、隊商団は理一の光壁に守られているから、もう大丈夫だろう。

 だが、光壁の外側にいる菊と安吾の前には、別働隊らしき山賊が三十名程いた。


 山賊も理一の魔法によって隊商に手が出せなくなったことは気づいたのだろう。悔し紛れと言わんばかりに二人に攻撃をしようと向かってくる。


 山賊達の走る速度は、菊や安吾には全く及ばないものの、常人のそれをはるかに凌駕している。魔力によって身体能力を底上げすることに慣れている。


「やっぱり元兵士なのでしょうね」

「見る限りそのようです」


 ならば安吾一人に任せるのも荷が重い。菊は異空間コンテナから取り出したものを、腕を振ってバッと広げた。


 それは鉄扇だった。素材は鉄ではないが。

 普通の武器でも菊は使いこなせたが、元々踊りに使用していた扇の方が使い慣れていると思って、鉄舟に作ってもらった。


 魔力伝導率の高いナントカ言う金属を薄く叩き伸ばし、扇の縁は研いであって開けば刃物にもなり、それなりに重量があるので閉じれば鈍器にもなる。そして投げれば飛び道具にもなると言う、優れ物である。


 檜扇ひせんの様な作りの扇、その薄板の一枚一枚には魔法陣が刻まれており、菊の魔法が付与されている。


 理一は学術スキルを使って、片っ端から魔法陣や術式を丸暗記するというトンデモ技を使っているが、菊は魔法陣を覚えているわけではないので、ほとんどイメージによる魔法を行使していた。

 だがやはり魔法陣があった方がいいと理一が言うので、理一が描いた魔法陣を鉄舟に刻んでもらいながら、菊が付与した。


 菊の流した魔力に反応して、鉄扇が淡い緑色の燐光を放つ。菊が扇を振るうと、目前まで向かってきていた山賊に衝撃波が襲いかかり、地面を抉りながら吹き飛んだ。


「うん、使えるわね」

「大分削れましたね。あとは自分に任せてください」

「……ごめんね」

「いいえ」


 飛び出していった安吾の動きは、既に菊にも目視できない領域だった。その安吾の残像が揺れ動く度に、山賊の体から血飛沫が舞い上がり、崩れ落ちていく。


「辛いかもしれません。自分に任せてください。自分は元軍人ですから、人を殺した経験ならありますので」


 ここに来る前に安吾がそう言ってくれた。初めの方こそ山賊に憤っていた菊だが、ここに来るにつれて恐怖の方が優ってきた。

 それに気づいた安吾の気遣いだ。


 斬。音と共に山賊の首が転がり落ちる。鍛え上げられた元兵士でさえ、安吾にかかれば一撃必殺。むしろ魔物相手より余裕がありそうだ。


 転がった首、街道を染める多量の赤い血。

 死地で舞う様に刀を振るう安吾は、菊の目には鬼の様に見えて。

 だが菊は鉄扇を握りなおした。


「安吾、私も舞わせてもらうわ」


 死地に足を踏み入れた菊に、山賊の一人が血走った目をして剣を振りかぶる。菊の振るった鉄扇から放たれた風刃が、その山賊を切り刻んだ。


 その手に残る感触は、扇を振るった感触だけ。


鉄扇これは良いものを作ってもらったわ。人を殺した感触が手に残らない」


 殺した。初めて自分の手で。

 そのことを意識してはいけない。


 菊はすぐに血まみれの山賊から意識を外して、更に一歩進み出る。

 そして舞い踊る、菊と安吾の死の舞踏。


 それに恐れをなした山賊の数名が、山の中に逃げ込んで行った。

 それを追いかけようと走り出した菊の前に、山賊が立ちはだかる。菊を倒して追撃を阻止しようとするその山賊を、安吾が斬り伏せた。


「行ってください」

「ここは任せたわ」

「すぐに後を追います」


 二人で頷き合って互いに背を向けると、どちらも地面を蹴って走り出した。





 山に逃げたのは、おそらくこの別働隊の司令塔だ。ならばその男は捕縛する必要がある。


 この辺りには慣れている様で、山賊達は危なげなく逃げていき森の中で散開した。

 反して山歩きに慣れていない菊は、走る度に小枝で肌を切りつけられ、木々に進行を邪魔された。


「面倒ね」


 そう呟いて、腰を低く落とす。鉄扇を振るって出てきた特大の風刃が、何枚も森に放たれた。

 続いて菊が衝撃波を放つと、風刃に切り裂かれた木々がバキバキと音を上げながら倒れ込み、菊に視界を確保してくれた。


 かなりの面積で倒れた木の中に、人の呻き声や悲鳴も聞こえる。

 菊の魔法に巻き込まれて、足を切り飛ばされた山賊が蹲っていた。


 菊が近づいたのに気づいて、その内の一人が失われた下腿を引きずりながら、剣を杖代わりに膝立ちで逃げようとしていた。


「く、来るな!」

「あなたがこの群のボス?」

「ひぃっ、ひぃぃぃ!」


 恐慌状態に陥った山賊が、剣を振るったのをヒラリとかわした。山賊は杖代わりの剣を振るってしまったので、その場に倒れこんで慌てて体を起こして這いずる。


「畜生、畜生」

「質問に答えてはくれないのかしら?」

「くそっ、ぐすっ、なんで」

「なんだか小物っぽいわねぇ。あなたじゃなさそう」


 泣いて鼻水を垂らしながら這いずる山賊に、菊は溜息をつく。

 これでは逃げることもままならないだろうし、いずれは出血性ショックで絶命するだろう。

 菊はその山賊を置いて他の山賊を探した。


 すぐに安吾も追いついてきて、菊が取り逃がした者もいるかもしれないとのことで、安吾が索敵を広げた。

 案の定二人逃げおおせている。


「山の奥地に走りながら、理一さんの方角へと向かっていますね」

「拠点に戻ろうとしているのかしら」

「そうかもしれません」


 安吾の索敵に引っかかっているのなら、そう遠くへは行っていない。

 菊達は逃げた山賊を追った。





 菊達が山の中に入って行った後、その戦いを見ていた乗合馬車の中は非常に盛り上がっていた。

 黒犬旅団が強いという事は聞いていたが、彼らが戦っているのを目撃したのは、逢魔の森で助けられた夫婦と、オキクサムで案内役をしてくれたリッピだけ。

 彼らの戦いを、人々は初めて目撃したのだ。


 最初は、クロでなく少女と少年がやってきた事で、大丈夫なのかと不安になったりもした。だがそんな気持ちは、綺麗さっぱり消え失せていた。


「あれが黒犬旅団か……」


 同乗していた冒険者の呟きに、旅人が返す。


「俺はてっきり、バンダースナッチがだけがすげぇんだと思ってた」

「俺も。他の奴らはそこそこだろうなって」

「私も勘違いしてた。黒犬旅団で強いのは、バンダースナッチだけじゃなかったんだ」

「あの山賊には軍人も手こずってたって話だったけど、圧倒的だったな」

「あの男なんて動きが全く見えなかったし、嬢ちゃんの方は無詠唱魔法の使い手ときた」

「あの女の子、踊ってるみたいで綺麗だったなぁ」

「いやあの剣士の少年も、綺麗な剣筋だった」

「あんたアレ見えたの?」

「辛うじて。見えただけで絶対対処できねーけど」

「あはは」

「おいら魔法を使わないからわからないんだけど、普通は種類の違う魔法を同時に使えるものなのかい?」

「普通はできねーよ。そんなん出来るとしたら、宮廷魔術師筆頭レベルだぞ」

「あの子らも十分バケモンだ。見ろよ、この光壁まだ先に続いてるぞ。どんだけ魔力もってんだ」

「これがSランクか……すっげぇ」


 無事に守られた馬車の中で、人々がそう噂し合っているのを、馬蹄の音がかき消して行った。

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