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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
ミレニウ・レガテュール連邦
72/115

山賊退治 1

 理一は厩舎にいた。

 理一の目の前には、安吾よりも背の高い青年がいる。年の頃は二十代後半から三十代前半といったところだ。

 肩甲骨まである長い黒髪に赤い目をして、褐色の肌をしている。お尻からは黒くて長い尻尾が出ていて、頭の上では黒い獣耳が生えている。


「うん、上出来だ」

「そうか。少し勝手が悪いが」

「ごめんね、不便をかけて。じきに慣れるはずだよ」

「髪が鬱陶しいな」

「元が長毛だからね」


 話していると、園生がひよっこりと顔を覗かせた。いつものようにクロでモフモフを楽しみに来たのだろう。

 理一と青年に軽く挨拶すると、クロを探すようにキョロキョロし出した。それがおかしくて二人で吹き出してしまう。

 理一達が笑っているので、園生は不服そうに振り返った。


「もう、どうして笑ってるの? ていうか、クロ知らない?」

「知っているよ」

「どこにいるの?」

「目の前だよ」

「えっ?」


 と言われても、園生の目の前にいるのは理一と見知らぬ青年だ。パチクリと瞬きをして、園生はその背の高い獣人の青年を見上げる。


「え? うそ? クロ?」

「本当だとも。魔力を探ってみればわかる」


 半信半疑ながら園生は魔力を探ってみたらしい。すぐに驚いた顔をしてクロを見た。


「クロの魔力」

「そうだろう?」

「なんで獣人になってるの? 人型になれたの?」

「いや、リヒトに姿変えの魔法をかけられてな。わしがバンダースナッチの姿のままだと、盗賊に警戒されるであろう?」

「そういうことなのねぇ。でも、クロが人型って、なんだか新鮮だねぇ。あは、毛がない」


 園生は珍しそうにクロを見つめてベタベタ触っている。触られているクロはくすぐったそうだ。


「む、なんだか妙な感じだな」

「ねぇクロ、ずっとそのままでいてよ」

「気が向いたらな」

「えー」

「まだ姿を変えたばかりなのだ。二足歩行は不安定で慣れん」

「あはは」


 一しきり獣人化したクロを触り倒してキャッキャとはしゃいでいた園生だったが、ふと理一に振り返った。


「ていうか、飼い主の私の許可は?」

「昨日話したじゃないか。クロの姿を変えるって」

「そうだけど、でもまさか獣人化するとは思わなかったもん。私はもう少し塩顔の方が好みだなぁ」

「ごめんね。一応こちらの世界の獣人に似せて作ったから。あぁ、そうだ。この姿でクロは変かもしれない」

「そうだ、獣人バージョンの名前考えなきゃね」


 園生の意識をそらそうと、名前の提案をしたらすぐに乗っかってくれた。良かった。

 クロはクロで、別の名前が用意されることを楽しみにしている様子だ。尻尾が揺れて耳が落ち着きなくピコピコ動いている。


「あんまりかけ離れたのだと、忘れちゃいそうだよねぇ」

「そうだね。こっちの人っぽい名前がいいだろうしね」

「んー」


 園生がクロを見ながらしばらく唸って、パチンと手を叩いた。


「じゃぁ、フレッサ=シュヴァルツっていうのは?」

「良いな! それが良い!」

「じゃぁ決まりだねぇ」


 クロは喜んでいるが、大食いの黒と言う意味である。割とそのまんまで名前をつける園生は相変わらずだった。



 クロ改めフレッサは、しばらく体を動かして慣れて来たようだった。これなら予定を消化できそうだ。



 理一達はまず副国王に謁見した。意外にも副国王は日本人女性のとびきりの美女だった。なんでも副国王は元々太政大臣の地位にあったが、慣れない政治を頑張ったご褒美と言うことで、国王から南半分の領地と副国王の地位を授かったらしい。


 一応これは、吸血鬼としてのキャリアが国王よりも長く、部下も多いので、その点に配慮したというのもあるらしい。

 確かに格上の吸血鬼をいつまでも下で使っているというのは、本人が納得しても配下の者は納得できなくなったりするかもしれない。

 国半分を割譲するというのは思い切ったご褒美だが、そう考えると、やはり国王はやり手だと思う。


 この国は書類上は北と南は別の国になっていて、二つ合わせて連邦と呼ばれる。南は暖簾分けした二号店といったイメージだ。


 北では慣習として国王、副国王と呼んでいるが、南では彼女のことは女王と呼ばれている。なので、南では女王と呼んだ方が反感を買わずに済みそうだ。


 女王経由で手続きをして、今度は国境線を管轄している辺境伯の所に挨拶に行って、女王の紹介状を渡した。

 これで軍に先行して現地入りする手続きが完了。

 身軽とはいえ、国が絡むと冒険者でも手続きはある。




 強盗が出現すると言われる警戒区域に入る前から、辺境伯領の領兵が警戒に当たっているのが多く見受けられる。この兵はあくまで警備兵だ。

 警備兵の幕舎へ行って、小隊長殿に挨拶をして、辺境伯と女王からの命令書を提示して、ようやく手続き終了だ。


「黒犬旅団と聞いたが、バンダースナッチを見かけないな?」

「警戒して山籠りされても面倒ですから、今は姿を隠しています。必要であればいの一番に飛び出しますのでご安心ください」

「そうか。黒犬旅団が加勢に来てくれるなら一騎当千だな。期待している」



 兵を見渡すと、誰も彼も真摯に取り組んでいる。この事件に関して、兵達の会話も漏れ聞こえる。


「オスロン商会の婆さん、自殺したそうだな」

「会長は肝いりの一人息子だったもんな。会長も嫁さんも孫達も殺されたんじゃ、生きる希望を無くすのも無理はない」

「本当にかわいそうなことだ」

「無念を晴らしてやらなきゃな」


 そんな会話を耳に拾って、理一は改めて自分の認識の甘さを知った。



 この話を安吾達にした時、菊も園生も鉄舟も憤って、山賊など死刑になるのが当然だと言った。確かに前世でも強盗殺人は極刑だった。

 それが自分たちの手に委ねられたと知って動揺もしていたが、それ以上に使命感を感じている様子だった。

 理一より彼らの方が、よほど人間的だと感じたものだ。


(僕はこの世界に来て、どこかに感情を置き忘れてしまったのだろうか?)


 そう思いもしたが、考えるだけ無駄だと思ってやめた。今は理一も国王の命令に臣従するつもりなのだ。今更悩むことなど何もない。

 命令をこなせば良いのだ。


 理一のすぐそばで、土煙を上げて大きな馬車が停車した。見ると後ろに二十台以上連なっている。今日通行予定の5つの商会と乗合馬車の集まった集団だ。

 馬に乗った冒険者の姿も見える。


 通行の手続きをする商人に、領兵が理一達も護衛として同行すると伝えると、商人達は何度も何度も頭を下げていた。

 黒犬旅団が護衛する。それだけで商人達の顔に安堵が浮かぶのを見て、事態の深刻さを知った。



 走る馬車に理一達も並走する。普段クロに乗っている園生と、まだ二足歩行に十分に慣れていないフレッサは馬に乗っている。フレッサは馬も慣れないようで悪戦苦闘していたがすぐ慣れた。


「馬よ、わしの指示通りに走らねば貴様を食うぞ」


 フレッサがそんな風に脅すものだから、馬は緊張感たっぷりにガチガチの足取りでギャロップしている。馬が気疲れしないといいが。





 数キロほど走ったところで、理一の索敵に引っかかる反応がある。安吾も気づいた。


「来た」

「はい」


 山の側面から踊り出してくる山賊に気づいた御者が、慌てて馬の手綱を引こうとした。


「止まらないでこのまま全速で走り抜けるんだ! 山賊は僕らが止める!」

「わかりました!」


 御者達は馬に鞭を打って、馬車はさらに加速した。 菊と安吾が先行して先頭集団を守りに行く。それを見届けた理一の目には、百名近い薄汚れた山賊が、金属の鎧を着て剣を持って、こちらに走ってきている。魔法使いもいるようで、何やら呪文を唱えていた。


「これ以上、好きにはさせないよ。君たちの時代はもう、終わったんだ」


 理一が片手を挙げると、その手の上には炎が巻き上がる。その炎は渦を成して球状に圧縮されて行き、その光量と熱量は、さながら第四の恒星のように眩い。


「悪いけど、君たちに勝ち目はないよ。この国を敵に回したことを、死んで後悔するんだね」


 極限まで圧縮された極小の太陽は、山賊の集団の中に着弾すると、猛烈な爆発を引き起こした。

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