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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
ミレニウ・レガテュール連邦
70/115

アリストの熱狂

 理一達に会見を求める客というのは、時々やってくる。


 それは鉄舟の商売相手だったり、直接依頼を持ち込んできたり、ただのお偉いさんの挨拶だったり、クロを崇める犬型獣人がクロを御神体として拝みにきたり、とにかく色々だ。


 つい先日は菊の親衛隊達が追いついたとかで城にやってきて、菊の姿を見て号泣していた。菊もここまで追いかけてきてくれた彼らには相当思い入れがあるらしく、後日改めて彼らのために歌おうと席を設けていた。


 そうして今日は菊に加えて男三人も一緒に、城下の酒場に来ている。


 ちなみにクロと園生はお留守番だ。リエス湖でのトゥガーリン討伐以来、園生はクロにベッタリで、クロも満更でもなさそうだ。今日もクロと園生は二人でモフモフしていたので、一応声をかけつつ置いてきた。


 ここの酒場の店主には親衛隊が話を通してくれていて、菊が立つ予定のカウンターの隅は小綺麗な花が花瓶にささっている。

 テーブル席に三人で腰掛けると、親衛隊長以下親衛隊は隣のテーブルに座った。ワクワクが隠しきれない顔をして、菊の登場を待つ親衛隊長に声をかける。


「こんなところまで、遥々大変だったんじゃないかい?」

「そりゃぁな。でも俺たちは菊ちゃんのためなら、火の中水の中ってもんよ」


 へへっと鼻をこすって、自分で言ったのに恥ずかしそうにしている親衛隊長に好感が持てた。親衛隊員が「カッコつけやがって」とからかうので照れている。


「でも仕事は? 辞めてきたのかい?」

「辞めた。今は菊ちゃんの追っかけをするために、俺らも冒険者やって路銀を稼いでんだ。あんたら程じゃねぇけどな」

「へぇ、元々腕に覚えが?」

「元々はサッパリよ。俺は元花屋だぜ?」

「花屋!?」

「俺は魚屋。こいつは床屋」

「俺は靴屋」

「華麗なる転身だね。慣れるまで大変だっただろう」

「アンタんとこのバンダースナッチに、後ろから煽られた時が一番大変だったな」

「あはは。うちのクロが申し訳ない」


 喧嘩すらもしたことのなかった彼らは、菊への愛の力で頑張ってきたらしい。愛は偉大である。

 最初はFランクからのスタートで、薬草採取や土木工事の手伝いなどしながら少しずつ実績を積んでランクを上げ、今はCランクらしい。


「本当に頑張ったんだね」

「おうよ。それに途中で仲間も増えたしな。コイツは菊ちゃんのファンじゃねーが、アンタらのファンらしくてな。コイツが結構強いんだ」

「へぇ?」


 親衛隊長が、更に隣のテーブルにいた男の肩を叩く。その男は肩を叩かれたことでビクリとして、恐る恐る振り向いた。ガッシリとした体格に真っ赤な髪をして、中々精悍な顔つきをしている。そして理一をじっと見つめている。

 視線がいやに熱い。穴があきそうだ。しかし、男に見つめられるのがこんなにも気持ち悪いとは思わなかった。


「えーっと」

「実際に会うと、何を話せば良いかわからぬものだな……」

「そう? 貴方も旅をしてきたの?」

「そうだ。リヒト殿に今一度相見えんがために、仕事を辞め妻とも離縁してきた」

「えっ」


 なんという熱烈な追っかけだろう。まさか追っかけのために離婚するとは。

 そんなことをされても理一には責任が取れないし、はっきり言って迷惑だし、何しろコイツは誰だと言うのが理一の正直な感想だ。


「随分と思い切ったことをしたみたいだけど、僕は貴方を知らないから、責任は取れないよ」

「なんだと!?」


 理一の言葉がよほど衝撃だったのか、男は立ち上がってしまった。理一が責任を取らないと言ったことが、そんなに意外だったのだろうか。というか責任を取らせる気だったのだとしたら、全く迷惑以外の何者でもない。


 その男が理一のそばまで来て掴みかかろうとするのを、親衛隊や安吾が抑えるが、その男は声を張り上げた。


「某を忘れるなどと、あんまりではないか!」


 その独特の一人称は耳に覚えがあって、今度は理一がじっとその男を見つめた。言われてみれば、この無駄に意思の強そうな目は見覚えがある。男の顔の周りを手で隠してみると、ようやく思い出した。


「……脳筋?」

「シルヴェスター=ランボーだ!」



 なんと脳筋だった。



 理一が呆気にとられて、シルヴェスターがハーハー言っていると、菊がカウンターの前に立つ。同時に親衛隊達が拍手喝采で迎えて、菊のディナーショーが始まった。


 菊の歌を聞き流しながら、横っ面に突き刺さる脳筋の熱い視線。


(うまく撒いたと思ったのに、まさかここまで追いかけてくるとは……)


 以前脳筋は、理一の弟子になりたいなどと言ってきたから逃げたのだ。それがまさか職と家族を捨ててまで追いかけてくるとは。そこまで本気だったとは。なんて熱狂的なのだろう。


 責任を取るつもりなどなかったが、相手がシルヴェスターと知ったらそうもいかない気がしてきた。


 周りでは鍛え上げられた動きで親衛隊が両手を振り回すような奇抜なダンスを踊り、歌に合いの手を入れたりして、更に会場を盛り上げている。


 思い悩む理一には、菊の歌がちっとも頭に入らない。

 周りはこんなに楽しそうなのに、なぜ自分はこんな気分になっているのか。


 散々に悩んだ挙句、周りに宥められて座っていたシルヴェスターに振り返った。


「シルヴェスター殿、貴方僕を追いかけてきて、どうしたいの?」

「某もこれまで理一殿に近づこうと、切磋琢磨してきた。某も理一殿に倣い、人の助けになる働きを重ねてきたつもりである。某は理一殿の弟子になりたいと切望して出てきたわけだが、黒犬旅団は国賓になってしまった故」

「うん、陛下の許しがなければ、僕らと共にある事は難しい」

「うむ、理解している。某も親衛隊達との旅は楽しかった。だから今後も、親衛隊と共に黒犬旅団を追いかける旅を続けようと思っている」



 ひたむきに菊を追いかける親衛隊に感化されたのか、脳筋は少し成長したようだ。まさかこんなにも聞き分けが良くなっているとは。

 友情と友人による影響力は、思っているより大きいものだなと理一は感心した。


「そうか。追いかけてくる彼らの事は、僕らも心配していたんだ。でも、シルヴェスター殿がいるなら安心だね。彼らの事、頼んだよ」

「承った!」


 理一の弟子になるという当初の目的は叶わなかったが、シルヴェスターは新たに居場所と役割を持つことができた。それは彼にとっては良いことだったのだろう。

 離縁した妻のことは、いささか気がかりだが。


「奥さんは、反対しなかった?」

「反対されたが押し切った。家は妻に渡してきたし、妻は下働きの下男と出来ていたから、今頃下男と仲良く過ごしているだろう」

「あ、あぁ、そうなんだ……」


 妻が不倫していたのなら、別にいいような気がしてきた。しかも家や資産も妻に渡したのだから、シルヴェスターに苦言を呈す必要もない気がした。


 菊の歌も佳境に入って、一層酒場は熱く盛り上がる。酒の匂いに歌に熱狂。

 暑苦しい男たちに囲まれて、光り輝く歌姫。

 熱狂と共に一層キレを見せる親衛隊のダンス。

 飛び交う手拍子と口笛。


 アリストの夜は熱く更けていった。

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