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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
始まりの村
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どうやら底辺だった

  ゴードンの後をついて、細い方の道を歩んでいく。道すがらゴードンは、余所者ということはなるべく吹聴しないように注意された。なんでもゴードンの祖父は、余所者で世間知らずなのをいいことに、何度か詐欺に遭ったり騙されたりしたらしい。理一達もこの世界の常識も何も知らないので、その危険性は十二分にある。そう考えるとやたら言い回るのは良くないと理解できた。

 

「だからよ、お前ら代々山育ちの田舎者ってことにしておけよ。お前らみたいな色白もいない訳じゃねぇが、ちーとばかし珍しいからな」


  ゴードンが言うのは、肌の色のことだ。この世界は赤道直下に大陸があるせいか、肌の色が濃いのがデフォルトらしい。白に近い肌色を持つのは、エルフ族か魔族か山育ちくらいで、目の前のゴードンも中東人くらいの肌色をしている。色黒の鉄舟は大丈夫そうだが、色白の園生なんかは珍しがられそうだ。


  やっぱりこちらの世界でも、多少なりと肌色差別はあるらしく、肌の白い人間は「田舎者」扱いで、白い目で見られがち。


「山の中で精霊拝んでばかりいる、頭おかしい奴が昔いたらしくてな。そういうイメージを持ってる奴がいる。今考えるとそいつも、この世界に適応できなかった余所者だったのかもしれねぇな」


  余所者だったのかは不明だが、その山男の風評被害を受けて、そう言う扱いになってしまったようだ。そういうイメージがついてしまうくらいだから、その人はとんでもないことをしでかしたんだろうし、それも大昔のことなのだろう。

  なんとなく理一はヘルプを開いて「山 精霊 頭おかしい 色白」で検索してみたが、その人間についての話はぱっと見では見つけられなかったので、すぐに諦めた。


  そうこうしていると、ゴードンの住む村に到着した。周囲を2メートルほどの木の柵で囲っていて、村の入り口には門番のような村人がいた。村人達は理一を珍しそうにみていたが、ゴードンの客だと知ると快く中に入れてくれた。


この辺りは街道も整備されていて、森などもあるがやや乾燥した気候だ。そして日光の照射が非常に辛い。

その為かストールやローブをかぶっている人が多く、服装も中東のものに似ていて、色は白か黒が多く、砂埃や日光から体を守れるものが多い。出ている素肌は顔と手くらいだ。




  ゴードンは、自分の家ではなく村長の家に理一達を連れて行った。どのように説明するのかと思っていると、あっさりと余所者だと言うことを村長に話してしまって、村長にもあっさり受け入れられてしまった。村長もゴードンの様にやや小柄なおじさんで、少し肌の色が明るい。


「ゴードンから話を聞いたと思うが、私とゴードンは従兄弟でね。私にも余所者の血が流れている」


  村長がそう言って笑いかけてくれて、この村で数日過ごして、色々教えてあげるから身の振り方を考えるようにと、村長屋敷への滞在を許してくれた。やっぱり村長も、余所者には親切にするように言い含められていたようだ。この申し出を理一達はありがたく受けて、この日はゴードンや村長達と宴会になった。



  宴会の席で出された、こちらの世界での食べ物やお酒は、正直言って理一達の口に合うものではなかった。ボソボソの硬いパン、苦味の混じった塩味のスープ、ただ焼いただけの肉。理一達はご馳走になっている立場なので、なるべく食事の感想を表に出さないように頑張っていたのだが、すぐにバレた。というか、わざとだった。


「こっちじゃこういう飯が普通なんだ。金を払っても、出てくるのは大概がこんなモンだ。他じゃ調味料も不足しているし、美味い飯を食うのは貴族の道楽だと思われてる」


  ゴードンの言葉を聞いて思う。これがデフォルトとは辛い、と。元々食べるのが趣味だった園生は泣きそうになっている。故郷のご飯が恋しくて、さっそくホームシックになってきた。

  園生の絶望したような顔を見て、村長は苦笑しながら奥に声をかけた。すると、若い娘が別の料理を運んできた。ホカホカと湯気の上がるそれは、とっても濃厚で美味しそうな香りがする、白いミルクのシチューだ。


「他ではさっきの食事が普通。でもこの村は違う。余所者だった祖父の知識のおかげで、この村は割と食事には恵まれているんだ」


  木をくりぬいて作られたスプーンで、そのシチューを一口救って、口内に流し込む。暖かい湯気とミルクの香りが鼻腔をくすぐり、肉と野菜がじっくり溶け込んだ風味が、口の中いっぱいに広がる。村長の真似をして、ボソボソのパンで掬ってみると、パンがたっぷりとスープを吸い込んで、これまた美味しい。

  理一達は夢中になって、黙々と出される料理を食べている。園生は真剣そのものだ。その様子に、ゴードンと村長達は面白そうに笑った。


「お前ら、酒はいけるクチか?」

「(この体では)まだ飲んだことがありません」

「そりゃいけねぇ。ほら飲め飲め」


  小さめの木のコップに注がれた酒は、蒸留酒のようだ。喉にかっと火がつくような酒精の強さに、理一達はチビチビと舐めるように飲む。鉄舟はガブガブいっていて、いつのまにかゴードンと2人でご機嫌になっている。


「お前ら飲み方が足りないんじゃねぇか?」

「飲むぞー!」


  酔っ払い2人によるアルコールハラスメントの予感を感じたらしく、女子2人はすぐさま理一の陰に退避し、逃げ遅れた安吾が捕まっていた。安吾には悪いが、防波堤の役割をお願いする。


  その間に理一は村長から、この世界の常識で知っておくべきことを教えてもらっていた。例えば、成人は人間なら15歳だということ。学校へ行けるのは金持ちか貴族の子女。旅をして生活するなら、冒険者が効率がいいこと。


「冒険者とはなんですか?」

「依頼…身もふたもない言い方をすれば、普通の人には手を出すことが難しいことや、面倒なこと、厄介ごとを、依頼という形で引き受けて、成功報酬をもらうという職業だ。例えば大量の薬草の採取だとか、魔物討伐などがそれだ」

「薬草はともかく、魔物討伐などは軍や警察などの仕事ではないのですか?」

「ケイサツという物は知らないが、軍が出ることもあるぞ。ただ、軍はここのような小さな村には常駐していないから、軍の派遣を依頼して、到着するまでの時間稼ぎとして、冒険者に出張ってもらうことが多いんだ」

「なるほど…」


  軍を出してくれるのはその土地を管轄している領主で、その村の場所や領主の裁量によっては、かなり時間を要することもあるようだ。それなら身軽な冒険者に早めにきてもらって、1匹でも退治して貰いたいと思うのは当然だった。

  流石に魔物退治に手を出せるとは思えなかったが、薬草採取や漁や収穫の手伝いなどなら、理一にもできそうだと思った。

  要は、非正規雇用の労働者のようなものだ。しばらくはチマチマ日銭を稼ぐしかない、不安定な生活を思うと、少し不安な気分になる。


「非正規雇用の低所得者の気持ちがわかった…」

「ん、なんだ?」

「いえ、なんでもありません」


  社会の天辺にいた理一が、社会の底辺にいることを初めて自覚した呟きは、ゴードンと鉄舟と安吾の飲め飲めコールにかき消えていった。


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