国王との交渉
理一は悩みに悩み抜いて、仲間にも相談した結果を伝えに、食堂にて国王と対面していた。いつも通り太政大臣も一緒にいて、厚生大臣の柏木も仕事の話があったらしく同席している。
理一の方はというと、安吾と鉄舟が一緒に来てくれたので心強かった。
本当はクロにもいて欲しかったが、文官は当然ながら武官もクロにビビっているので、入城は断られている。厩舎の空いたスペースで寝泊まりしていた。
そういうわけでクロはいないが、クロもアドバイスしてくれたので、きちんと自分の意思確認をした上でこの席に着いた。
国王はしばらく大臣二人と仕事の話をしていたが、ひと段落した時に太政大臣が水を向けてくれた。それで国王も理一に向き直った。
「で?」
相変わらずコミュ障である。そこは多少慣れたのでもういい。
国王に気取られないように、少しの緊張で乾いた喉を潤したくて唾を飲み込んだ。そして口を開く。
「戦争に参加させていただきたく思います。ですが、敵兵を攻撃する命令は拒否します。私は防御と回復要員としてお使いください」
国王がピクリと眉をひそめる。この反応は想定内だ。
本来なら、理一達の待遇は食客に近い。だが、黒犬旅団は「特別国家冒険者」という地位を与えられている。これは特別公務員と同じ待遇で、この国の兵力の一つとして数えられているのと同じ事だ。
食客を最前線送りにするのは異常な事だ。だが自国の戦力となれば話は別。
この辺りも国王に上手いことやられたとしか言いようがないが、それでも国王は一方的に命令を下すわけではなく、理一達の意見を聞いてくれた。
この国王は辣腕だが、悪意があるわけじゃない。ただただ合理主義なだけだ。
でなければ、自発的に異世界に渡ってくるような変人に、織姫や太政大臣を始めとして、こんなに沢山の部下が付いてくるとは思えない。
国王は厳しい男だが、部下から信頼されている。その信頼に足る何かが、彼にはあると理一は考えている。
「陛下にはご不満がおありの事と、恐れながら忖度いたします。確かに私が敵を攻撃すれば話は早いのでしょう。ですが私も王席にあった身です。象徴であった身でございます。規律正しく礼節があり、友好的な国民性の象徴。その矜持を失うことは死に等しいとご理解いただきたく存じます」
「やりたくないからやらぬと申すか。まるで子どもの駄々ではないか」
「それだけではございません」
「ほう?」
国王の言う通り、自分が駄々をこねているのはわかっている。だが国王は聞く耳を持ってくれているので、この際だから話しておく。
「お言葉ですが、陛下は戦争をする気などないのでは?」
「なんだと?」
「此度の戦争は、トキソ国王の仕組んだ茶番と言っても過言ではないはずです。その茶番劇に踊らされているのは、陛下らしくないのではと私は感じております」
怒るかと思ったが、意外にも国王は面白そうに笑っている。
「一理ある。で?」
「私には陛下が、トキソ国王の仕組んだ茶番に大人しく付き合うとは思えません。たとえ戦勝したとしても、国民にも経済にも被害を被るばかりで、この国には一切の益がない戦いになります。名君と名高い陛下が、無益な戦争をすると、私には思えないのです」
「益がないと言うこともないぞ。クリンダ王国を攻め滅ぼし、我が国を謀ったとしてトキソ王国も滅亡させてやれば、我が国の領土が拡大する」
「天嶮クロスト山を超えた先の国まで統治するのは、合理的とは思えません。科学の発展した地球ならまだしも、科学力の乏しいこの世界で、遠く離れた山を隔てた地域を支配するのは困難を極めるのではないでしょうか。遅かれ早かれ陛下の目の及ばないところで、独立を目論むのは目に見えていますし、あの巨大な山を越えての流通は難航するでしょう。山越えではなく、山を避ける南のイボニス公国への街道が整備されているのがその証左ではないでしょうか」
「流通が難しい土地を手に入れても旨味はないし、私があの無礼な豚に踊らされて黙っているわけがないと?」
「はい。また、今回は戦争をなさるおつもりがないからこそ、私に参戦の意思を表示する機会を与えていただけたものと推察いたします」
国王は椅子の肘掛に肘をつき、頬杖をついて理一を見る。そしてその美麗な表情によく似合う、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「その通りだ。私は戦争をする気は無い」
「今回、私に参戦の確認をしたのは、今後のことを考慮してでしょうか?」
「そうだな。使えるなら使う、使えないなら使わん。お前ほどの力量を持った魔術師だ、遊ばせておくのももったい無いが、嫌がるものを無理矢理従軍させたとして、それで恨みを買って敵に寝返るような真似をされてもかなわん。お前は有事の際は防衛魔術師筆頭と軍医としておく」
「ありがたきお言葉でございます」
国王に頭を下げながら、気づかれないように溜息をつく。やはり仲間に相談してよかった。相談しあって出た結果が、先ほどの推測だ。
黒犬旅団は最早国家が脅威を感じるほどの一団だ。野放しにしてくれる国など、もうどこにもないだろう。だから国王は、理一達がこの国に造反しないように、理一達の矜持や自尊心を傷つけたりはしない。
為政者にとって、恨みを買う事と蔑まれることは、最も避けるべき事柄だからだ。その点、国王は引き際をわかっている。
顔をあげた理一は、ついでとばかりに国王に尋ねた。
「陛下、戦争をしないのであれば、どのように回避するのですか?」
その質問に国王は太政大臣に目配せをして、太政大臣はスーツの内ポケットから取り出した紙を理一に差し出した。それを受け取って四つ折りのそれを開く。
報告書
ドレス・クリアによるトキソ国王暗殺に成功。トキソ国内では宰相を暗示にかけ、クリンダ王国の犯行として捜査を開始。
「暗殺……ドレス・クリアとは?」
「我が国の誇る諜報機関だ」
諜報機関ドレス・クリアは、情報捜査局と公式には呼ばれている。いわゆるスパイの所属する組織だ。国王はスパイにトキソ国王を暗殺させ、その罪をクリンダ王国に着せることで戦争を回避したのだ。
その事実に驚き絶句する理一の前で、国王はやれやれといった風に溜息をついて足を組み替える。
「まったく、戦争というのは損害ばかりでいかんな。エージェントに払う給金も赴任費用も安くはないというのに、あの無礼な豚のせいで無駄金を使わされた」
死んでくれたのはせいせいしたが、と国王は言って、理一にニヤリと笑いかける。美しくも悍ましい微笑に、背筋が凍りついた。
やっぱりこの国王は敵に回してはいけないと、理一は怒らせてはいけない人リストに追記した。




