最強軍人トーナメント
理一達は諦めて、五年ほどこの国に滞在することにした。一応国王に交渉はして、国内をある程度うろつける様に、公務員的な冒険者という意味の「特別国家冒険者」の地位を貰った。
待遇としてはほとんど王宮の食客だが、何か起きた時はすぐに地方に飛んで対処するのが理一達の仕事になった。
だが、この仕事に就く時点で、一つだけ難点があった。それについて、国王からものすごく失望された。
「なんだ貴様ら、空間転移もできんのか。使えんな」
自分ができるからと言って、この言い様である。理一は腹が立ったので、王宮の図書館も大迷宮から持ってきた魔法書も、片っ端から読み漁って全部丸暗記してやった。
お陰で未知の魔法や失われた魔法のいくつかも習得するに至ったが、肝心の転移魔法は見当たらなかった。
なので、織姫に紹介してもらって、魔術研究所の招待生として籍を置いてもらえることになった。
魔術研究所の所長は、長いひげを生やした、いかにも魔法使いと言った風情の老人だった。所長は理一を一目見ただけで、理一の力量を看破した。
「魔力量が膨大で、魔力操作には長けておるようじゃな。無駄がなく素早い。しかし、基礎がイマイチなようじゃのう。お主はほとんど独学で魔法を学んだのじゃな」
出会って数秒でこんなことを言われた理一は驚いたが、織姫が言うには、彼は地球では最強と謳われた魔術師らしい。地球にも魔法使いがいたのには驚いたが、彼は地球が住みづらくなったと言って、織姫達についてきたようだ。
「わしも魔術によって二千年以上延命しているが、今の地球に魔法は不要じゃからの」
所長は少し寂しそうだ。
「なぜ二千年も延命をしているのですか?」
「魔術は奥が深い。たった百年ぽっちの人生で、どうして魔法を極められようか」
所長は魔術を極める、ただそれだけのために延命しているのだと言う。この世界の魔術師も、魔術を極めるのになりふり構わないと聞いたのを思い出す。
とはいえ、所長は国立の組織の所長なのだから、こちらの危険な魔術師とはわけが違う。彼曰く、危険な魔法に手を出すほど愚かでも若くもないとのことだ。
学術的な魔術の基礎は及第点をもらったが、技術的な魔術の訓練が今ひとつと言われたので、所長に教えてもらった演習場で訓練を重ねつつ、研究所の仕事を手伝いながら、転移魔法を含めた魔法を習得していった。
同じ頃、安吾も軍事演習に参加していた。軍人は殆どが吸血鬼や大鬼族、小鬼族、獣人族で構成されていた。
普段は部隊長クラスが演習を仕切っているのだが、安吾が参加すると聞いて面白がったらしい将軍が出張っていた。
「おーっ、お前が安吾か。どっかで軍の経験があるのか?」
バシバシと安吾を叩いてくる、金髪の大柄な男が、この国の軍務大臣であり将軍である。
「ええ、一応日本防衛軍に所属した後は、外国人部隊を経て宮内警備を」
「そりゃ派手な経歴だな。よし、演習中止!」
「えっ」
将軍の鶴の一声で、本日の演習は中止になった。そのかわり突如開催されたのは。
「第278回、一番強い奴は誰だ!? 最強軍人トーナメントォォォ!」
「うぉぉぉぉ!」
一気に盛り上がる、むさ苦しい軍人達。時々将軍の思いつきで開催されるらしい。三百回近くも開催されているので、大体の力量は分かっている。わからないのは安吾だけだ。
「冒険者ランクは?」
「Bです」
「おお、中々やるじゃないか。じゃぁ安吾は第9ブロックからの参戦だな」
「自分もですか」
「むしろお前が出なくてどうする」
ウンウンと頷くほかの軍人達。以前見た騎士達と違って、ここの軍人達はこの催しを純粋に楽しんでいる様子だ。
仕方なく承諾し、言われた通り第9ブロックからの参戦。仕事の早い武官補佐が、さっさと対戦表を組んでいた。
第1戦。安吾と対決するのは、小隊長を務める大鬼だ。三メートル近くもある屈強な体躯に、身長ほどもある大剣を掲げている。
「先代の将軍に聞いたことがあるんだ。ニホンのサムラーイは、そりゃぁ強いんだって。先代もすげぇ強かったぜ。お前はどうだ?」
「自分は侍ではありませんが、それなりではありますよ」
「言うねぇ」
言葉が切れた瞬間、大鬼のいた地面が爆発したように弾けた。その勢いを持って更に大剣を振るうのだから、大鬼の破壊力は壮絶なものだろう。この突破力はなるほど軍人にふさわしいものだ。
だがこれは一騎打ちだ。大鬼が剛腕を持って大剣を振り下ろすのを、安吾は紙一重で避けると、刀を逆手に持ち替えて、大剣の隙を縫って刀を突き出した。それでピタリと大鬼が突進をやめた。
「あの勢いでよく止まりましたね」
「このまま進んでたら首が飛んでただろ。参った、俺の負けだ」
安吾の刀がわずかに大鬼の首に食い込んで、一滴の血が流れた。大鬼の敗北宣言を聞いて、審判が安吾の勝利を宣言。
続いて第二回戦。
相手は豹の獣人のようだ。ナイフを握っている。審判によると精鋭の一人のようだ。
獣人といえば五感も鋭く、身体能力が最も高いと言われる種族だ。これは油断できない。
飛び出してきた獣人が、咆哮と共にナイフを振るう。それは安吾とはまだ距離があったと言うのに、風を切った何かが安吾に迫るのを感じた。
剣風と察して回避した先には獣人が迫る。突き出されたナイフを、辛うじて刃で受け止めた。
「やるな」
「あなたも」
キィンとナイフと刀が高い音で弾き合い、再び距離をとる。剣撃を飛ばすような技巧の使い手だ。これは本当に油断ならない。
再び迫る獣人が剣戟を飛ばしてきたのを避けた先で、ヒュッと風を切る音がする。飛んできたナイフを弾き返した瞬間には、目前に獣人が迫っている。
獣人はナイフを突き出してくるが、ナイフを弾いた直後で腕が開いている。ナイフを刀で防ぐことは出来ず、辛うじて身を逸らして避けるが、すぐに横薙ぎに払われるのもなんとか避けた。
ヒュンヒュンと振るわれるナイフを避けながら、安吾も斬りつけるが回避される。だが、飛んで避けようとした獣人を、安吾は更に追いかけて突きを繰り出した。
「なっ!?」
意表を突かれた獣人が、腕をクロスして防御するが無駄だった。安吾の繰り出した突きは衝撃波を伴って、獣人を吹き飛ばす。
ガードしたまま吹き飛んだ獣人を安吾は更に追いかけて刀を振り下ろすと、防御に回したナイフが折れて飛んだ。
そこで審判が「勝負あり」と判定して、安吾の勝利になった。
「すごい気迫だった。俺ももう少し鍛える必要がある」
「いや、あなたは強かった。いい勝負ができた」
握手をして獣人との試合は終了。
続いて三戦目。
相手はまさかの棄権。このタイミングで妻が産気づいたそうで、大慌てで帰宅したそうだ。出陣している時でもなければ、こういう早退は認められるホワイト軍だそうだ。
「本当ですか?」
「本当だと思うぞ。あいつの嫁そろそろ予定日だって言ってたから」
「そうですか」
審判によると嘘ではないらしい。本当ならいい。これ以上何も言わない。
というわけで、決勝進出。
ここで将軍が口を挟んできた。
「やっぱやめーっ、決勝やめーっ」
「えーっなんでだよー」
「うるせー! 俺が安吾と戦ってみたいんだよ!」
「将軍ずりーぞ! 俺だってやってみたいのに!」
ブーブーとブーイングが巻き起こる。決勝自体は決行されることになったが、安吾の対戦相手は自動的に将軍になってしまった。
「将軍は参加していましたか?」
「俺は決勝シードなんだよ」
「初耳です」
「だろうな。今初めて言った」
「……」
自由すぎるこの将軍。
やれやれと安吾は刀を構えるが、将軍の佇まいを見て意識を入れ替える。
将軍は背中から二本の剣を抜いた。二刀流の使い手のようだ。その立ち居振る舞いには一部の隙も見られない。
(強い……)
決して力みのない、軽やかな動き。スムーズな体重移動。それでいて緻密と言えるほどの動き。一切の無駄がない、最早芸術とも呼べる領域。
ただ対峙するだけでわかってしまうほど、常軌を逸した将軍の力量に、安吾は久し振りに緊張を味わう。
将軍が消えた。いた場所の砂が巻き上がっている。安吾にも捕捉できない程の速度で、将軍が二本の剣を振りかぶって迫る。
それをギリギリで受け止めて受け流すと、将軍が愉快そうにニヤリと笑ったのが見えた。
「楽しそうですね」
「楽しいね。俺のスピードについてこれる奴は中々いないからな」
言うだけある。安吾の額を汗が伝った。将軍のスピードは安吾をすら凌いでいる。安吾が捕捉するのがやっとだ。加えて剣の技量も卓越している。
再度将軍が迫る。安吾の前に立ちはだかり、二本の剣が縦横無尽に閃く。それを安吾は油断なく防ぐことができたが、将軍が攻勢に入っている間、安吾は反撃する隙もない。
「ははっ、マジですげぇ。全部防ぎやがった」
周囲で歓声が上がる。反して安吾は緊張が高まった。
「この世界に来て、剣で互角以上の人に出会うのははじめてです」
「奇遇だね。俺も同じことを考えていた」
同時に地面を蹴って、剣戟がぶつかる。二人の剣が打ち合うたびに、激しい衝撃波が周囲を揺らした。避ける余裕はない。ひたすら剣を見極めて、防ぎつつ攻めに入るのがやっとだ。
数合打ち合って下段の構えから二本の剣が迫ってきたのを、安吾の刀が横薙ぎに切り上げたのと同時に、将軍の剣がひび割れた。
「はぁっ、はぁっ」
「あーあー、折れちまった。しゃーねぇ、俺の負け」
周囲から「うおぉぉぉ!」と怒涛の歓声が轟く。安吾の勝利に驚愕と祝福を持って声が贈られた。だが、安吾は刀を見つめて、歯を食いしばった。
(違う、これは花軍の性能が優れていたからだ。花軍でなければ、自分が負けていた)
刀の性能が高かったから勝てた。技術も体術も将軍には及ばなかった。試合には勝ったが、勝負には負けた。
「安吾、付き合ってもらって悪かったな。楽しかったぜ」
「いいえ……」
「なんだよ、勝ったってのに湿っぽいな」
「将軍は、なぜそのようにお強いのですか? 吸血鬼だからですか?」
その問いに、将軍は愉快そうに笑った。
「はは、確かに俺は陛下の側近の一人だが、俺は閣僚の中じゃ唯一の人間でな」
「人間……」
「わざわざ吸血鬼化するまでもなく、俺は強いから、吸血鬼にはならなかった。まぁ頑張んなさいよ」
その実力が表す、将軍の自信。努力によって種族を超えた高みにいる。
この世界に来てはじめて敗北した。だが、目指すべき目標がここにいる。
「次は、負けません」
「負けてねぇってのに。日本人は真面目だな」
将軍は茶化したが、満足そうに笑ってその場を立ち去った。その背中を見て安吾は、激しい闘志を燃やしていた。
背後にただならぬ空気を感じつつ、将軍はポリポリと頬をかいた。
(嘘は言ってねぇよな。俺人間だし。まぁ超能力者だけど)
将軍は超能力者であり、近接戦闘特化型の強化人間で、細胞再生と筋力増強の能力を持っている。なので、その能力と肉体を鍛え上げて音速以上のスピードで行動することができる、世界最速の男である。
安吾は将軍を純粋な人間だと思ったようだが、彼は生まれた時から普通の人間とは作りが違う人造人間である。
(まぁいっか。楽しかったし)
将軍は深く考えるのをやめて、折れた剣の修理にいくらかかるかな、などとさっさと思考をシフトした。




