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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
ミレニウ・レガテュール連邦
63/115

名君の罠

 数日後、検査結果が出たとのことで呼び出されたのは、科学技術研究所ではなく、医学研究所だった。医学研究所の所長と、人間時代は遺伝子工学の権威だったらしい厚生大臣も同席していた。


「柏木、説明をしてくれる?」

「かしこまりました、織姫様」


 織姫に言われて、白髪の好々爺然とした厚生大臣の柏木が結果の説明を始める。

 結論から言うと、やはり遺伝子に変異が起きていた。殆どの遺伝子は人間のものと変わらなかったが、一点だけが変異していた。

 この一点が不死としての雄介の肉体を作り出していたのだ。


 その変異がもたらしたのは、テロメアの変性。テロメアというのは細胞再生の回数券のようなものだ。細胞というのは損傷しても再生することができるが、無限に再生するわけではない。損傷のたびにテロメアが削られていき、テロメアがなくなれば細胞は再生できない。

 つまりテロメアは細胞の再生をカウントする機能を持っている。雄介の場合、そのテロメアの機能が回数券ではなく、無限フリーパス状態になっているということだった。


「おそらく魔力による補完も相互作用をもたらしているのでしょう。残念ですが、現在の科学力ではテロメアを構築する遺伝子を変える技術を有しません。我々にできるのは、魔力回路を断つ事がせいぜいといったところです」


 魔力回路を断てば、爆発的な再生は無くなるだろう。だが、再生力自体は無くならない。それでは本末転倒だ。


「じゃぁ俺、ずっと不死身って事ですか?」


 雄介が不安げに尋ねる。

 今のこの世界なら不死身でもいい。だが、日本に戻ってそれでは困る。大人になっても、高齢者になっても姿形が変わらないなど、気味悪がられるに決まっている。せっかく戻っても、居場所を失う。

 雄介の問いかけに、金髪に紫色の瞳をした、60代くらいの男が答えた。


「現時点では、ね。今後僕の研究によって、テロメアを人為的に変異させる事が可能になるかもしれない」


 そう言って口を挟んできたのは、医療研究所の所長だ。彼もまた人間時代には医療工学の権威と呼ばれた男で、世界で最も天才的な人物とまで称された天才博士だそうだ。

 その彼が、不可能とは言っていないのだ。それならば、信じる価値はある。


 考えた末、理一が雄介に提案した。


「雄介、やはりすぐに太政大臣に日本に帰してもらおう。そして君はこの研究の完成を日本で待てるかい?」

「待つって言っても、五年か十年くらいがタイムリミットじゃないか?」


 雄介が言った言葉に、所長が不敵に笑った。


「五年もあれば完成させてあげるよ。何しろ僕と柏木博士は天才だからね」

「……と、所長殿は仰ってるけど。決めるのは君だよ、雄介」


 雄介は少し悩んだ様子を見せたが、「お願いします」と両博士に頭を下げたのだった。



 その話し合いの結果をみんなに報告する。菊と園生は感慨深そうにして、雄介に近寄った。


「ゆーくん、東清京に戻っても元気でね?」

「ご飯はちゃんと食べるんだよぉ」

「わかってるよもー、ガキ扱いすんなよー」

「だってぇ」

「心配なのよ」


 やっぱり母性をくすぐられていたらしい園生と菊に、雄介はタジタジだった。鉄舟たちが苦笑する。


「雄介、おめぇ日本に戻ったら浪人生だろ。勉強頑張れよ」

「こちらから応援している。立派な大人になれ」


 鉄舟と安吾からの激励に、思わずウルっと来たらしい雄介は、その顔を見られまいと俯いてしまった。それがなんとも可愛かったので、理一は雄介の肩を撫でた。


「よかったね、雄介。家族に会えるね」

「……うん」

「沢山家族孝行して、君も君の幸せを掴むんだ。研究が完成したら、また会おう。大人になった君に会えるのを、楽しみにしているよ」

「うん……アンタ達に会えて、俺、本当に……っ」


 たまらず雄介が嗚咽を漏らして、泣き顔を隠したかったのか理一にすがりついてきたのを、理一は優しく抱きしめ返した。


 東清京では浮くだろうからと、体格の近いジョヴァンニが、雄介にスーツをプレゼントしてくれた。それを着て、クロとおつると、織姫達も含めて雄介を見送る。


「みんな、ありがとう。俺、勉強頑張るから。大学行って、就職して、また会いに来るから!」

「うん、また会おう」

「がんばってねぇ」

「頑張るのよ」

「楽しみにしている」

「次会うまでに童貞卒業しとけよ」

「うるせーな! 今それ言うなよ! 台無しだろ!」


 鉄舟のせいで雄介がギャンギャン噛み付くので、理一達は大笑いさせられた。


「じゃーな」

「さよなら」

「さようなら、ゆーくん」

「元気でな」


 そして雄介は理一達に手を振って、太政大臣に送られて黒いもやとともにこの世界から帰った。




 雄介を見送って、どこか呆けた様子でもやの残渣を眺めている理一に、織姫がすり寄った。


「ねぇ、理一くん達はどうするの?」

「うーん、こんなに早く雄介と別れるとは思っていなかったもので、何も考えていなかったのですが。どのみち私達は旅をしなければなりませんし」

「でも、研究が完成するまで待っていた方がいいんじゃない?」

「そうかもしれませんが、五年ともなると」


 考えあぐねていると、国王が口を挟んできた。


「ほぅ? よくもそのような口がきけるな?」

「は、はい?」

「研究費用、城の滞在費、雄介の送還の恩を返すのだろう? 国家機密まで披露しているのだから、私が狂喜乱舞するような礼を返してくれると期待していたが」

「ももも勿論、お支払いします」


 ギロリと国王の眼力が鋭くなる。


「わかっているのか? お前それでも皇族か? 国家機密を部外者に露呈するリスクを背負っている事がどう言う事なのか、お前にはわからないと本気で申すのか?」

「そのような…ことは」


 理解していないわけではない。織姫との友情という儚い関係性でしかない理一達に、この国の存亡および世界のバランスを崩しかねない高度な技術を有する国家機密を知られると言うのは、国王としては看過できない。

 しかも、天才と謳われる人物の労働力や時間も搾取するわけである。

 研究費用も莫大なものになるのは想像に難くなく、機密を知ると言うだけで消されても文句は言えないのだ。

 そこまで考えて、理一はようやく気がついた。この国王の言わんとしている事。


「ならば、この国で過ごし、私に仕えるが良い。バンダースナッチを契約獣にした黒犬旅団だ、働きに期待しているぞ。そうだな、五年ほどで勘弁してやらないこともない」

「……わかりました」


 くそ、と理一らしくもなく思う。さすがは名君だ。最初から理一達の噂は知っていたのだろう。

 災害指定魔獣を使役する黒犬旅団。放っておけばどこかの国家に囲い込まれる可能性もある。それを自国に囲い込んで、他国への牽制に利用する気なのだ。


 満足そうに笑った国王の立ち去る背中を見て、歯噛みする理一に、織姫がすり寄った。彼女の顔を見ながら溜息交じりにつぶやく。


「陛下は間違いなく名君ですね。私など足元にも及ばない」

「ごめんねぇ。お父様、どうしても理一くん達が欲しかったみたい。まぁこの国もいい国だし、深く考えないで過ごせばいいよ」

「そうですね……はぁ」


 何事にも代償というのは付き物である。

 五年、この期間が長いか短いかはわからないが、とりあえず国王が飽きるまでは、この国の中を行脚すればいい。何しろアメリカほどの広大な土地を誇る大国なのだ。女神の意思を無下にすることにはならないだろう。

 拠点は王宮か離宮になるわけだし、生活も文明的で不便を感じることは少ないわけだし。


 と、理一はどうにか自分に言い聞かせた。

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