召喚魔法と科学と魅了と怒らせてはいけない人
織姫が大迷宮で手に入れた魔法は、血の女王というものだった。だが、織姫にはそれがどんなものかわからなかったので、あそこで本を読んで調べていたとのことである。
なので理一も検索してみたら、結果が出てきた。
■血の女王
古代魔法の一つ。禁忌の嫉妬が上限値に到達すると獲得される。大量の魔力を消費する代わりに、持ち得るスキルを格上げすることが可能となる。
これは素晴らしいものだと理一は思ったが、織姫は残念そうにしている。
「これってこの世界で獲得したスキルにだけでしょ? 私は大して獲得できてないと思うのよね」
「自分のスキルを把握していないんですか?」
「よくわからないの」
というので、織姫の許可をもらって鑑定してみた。その鑑定結果を紙に書いて織姫に差し出すと、興味深そうに見入っている。
■織姫=ソドゥクルス=ドラクレスティ オリヒメ=ソドゥクルス=ドラクレスティ
種族:吸血鬼
LV:79
ジョブ:王女 太政大臣の婚約者 偶像
スキル:不老不死 肉体活性 貪食 魅了原子操作 重力操作 量子操作 魔力障壁 泳法 夜目 超嗅覚 超音波 魔力感知 縮地 怪力 影操作 幻影
ギフト:平和の使者
禁忌:強欲4 嫉妬3 怠惰5 色欲2
「思ってたよりモリモリ持ってた……」
自分のステータスに織姫は唖然としているが、理一は太政大臣の婚約者という項目がとても気になった。このすごく可愛らしくて傾国の美女である織姫が、ゆくゆくは太政大臣の嫁になるのである。太政大臣がとても羨ましい。
理一がそんなことを考えているなどと織姫は全く気づかない様子で、まだステータスのことを考えていた。そして何事か閃いたようで手を叩いた。
「そっか、税のせいね」
「税?」
「そう。この首都アリストはね、他に比べて住民税が安いんだ。その代わりに血税を支払ってもらうの」
「つまりは、織姫達の食料となる血液ということでしょうか?」
「そういうこと。まさしく血税を貰ってるんだ」
首都の住民は定期的に少量ずつ、地区ごとに順番に血液を王宮に支払っている。そして織姫達吸血鬼は、血液を通して、相手のものを自分のものにするという特性を持っていた。だから血税から種族特性を獲得したのだろうと考えられた。
それにしても、血液を税金として徴収するとは面白いアイデアだ。
都会的で華やかな首都に、ちょっと血を抜くだけで安い税金で住めるなら、と考えるのは当然で、近隣の他国を含めても、この首都アリストは住みたい街ナンバーワンに輝いているとのこと。それも頷ける。
考えが脱線していたのを思い出した。織姫を訪ねた本来の目的は、雄介を普通の体に戻す方法についてだ。ちなみに織姫は心当たりがないらしかった。
「そもそも、どういう機序でそうなったんだろうね? 吸血鬼化なら解く方法もわかるけど、召喚時の事故みたいなものかな?」
「確か吸血鬼も不老不死ですよね。吸血鬼化を解くにはどうすれば?」
「簡単だよ。自分を吸血鬼化した親玉を殺せばいいの」
「なるほど」
「だからお父様や副国王はよく命を狙われてるけど、負けたことないから叶わぬ夢だね」
「……なるほど」
吸血鬼化を解く方法では、雄介を元に戻す方法の参考にはならなそうだ。二人でウンウン唸りながら、一緒に来た雄介を見る。
そうして考えていると、織姫が雄介を吸血したいと言い出した。織姫は吸血鬼なので、血を吸うことで多少なりと相手の情報も手に入るからそう申し出たようだ。
「ちなみに雄介くんって、童貞?」
「えっ、なんでそんなこと」
「童貞吸血したら吸血鬼化しちゃうから、確認。で?」
父親譲りの「で?」攻撃に、雄介は顔を赤くしながらしばらく沈黙し、「……………童貞です」と答えた。美少女の前で恥ずかしいことを頑張って言えた。雄介を褒めてあげたい。
童貞の雄介から直接吸血することはできないので、雄介にナイフで手首を切ってもらって、そこから出る血をグラスにとって織姫が飲んだ。
薄く目を閉じて味わうようにしてコクンと飲み干し、唇に溢れた血液を舌で舐めとる仕草が、なんともそそる。
(いけない、織姫の魅了のスキルのせいだろうか。なんか変な気分になる)
枯れ果てたと思っていたのに、思いがけず劣情を煽られて、理一自身ビックリする。余計なことは考えないと自分を律していると、織姫が閉じていた目を開けた。
「やっぱりこの世界の召喚の術式がかかってるみたいだよ。ちょっと待ってね、魔法陣を書き写すから」
織姫が記す魔法陣は、やはりこの世界の魔法のようだ。召喚魔法の術式を見たのは初めてなので、持って帰った本や王宮の図書室で調べてみようと考えた。
「これ見たことある?」
織姫が指差すのは、魔法陣の中心だ。魔法陣の中心には花押が刻印される。これは製作者を示すものだ。理一も実家の家紋を模した花の印を花押にしている。
この製作者がわかれば、製作者に尋ねるのがいいかもしれない。だが理一は見たことがなかった。
「もしかしたらウチの魔法学校か、魔術研究所に製作者の資料があるかも。それでもなかったら、魔術公国トゥーランあたりまで行くしかないかな」
「では、魔法学校か魔術研究所に案内してもらうことはできますか?」
「もちろんいいよ。でも一点気になることがあるの」
「なんでしょう?」
「多分この召喚の術式には、不死の特性を付与する術式なんてないと思うのよ。ていうか、そんな魔法を考えた人が、他人に不死のスキルを持たせるとは思えない。そもそも私は不死の魔法なんて聞いたことがないよ。延命なら出来るけど」
「確かにそうですね。ではやはり召喚時の事故の線が濃厚ですね」
「多分ね。あっちからこっちに体を送る時に、なんらかの組成が変わってしまったんだと思う。それこそ遺伝子レベルの」
この世界の雑な設定を思い起こせば、そういう事故が起きる可能性もあるだろう。そうなると、雄介を隅々まで検査して異常を見つける方が、製作者を探すより確実に思えた。
理一も魔力で目を強化して雄介をじっくり観察するが、理一では異常が見つからなかった。それを織姫に告げると、織姫は王城内にある科学技術研究所に連れて行ってくれることになった。
織姫の後をついて、科学技術研究所に向かう。織姫が通ると、そばにいた文官や武官がすぐさま跪いて礼を取っている。そして女性も男性も織姫に見とれているようだ。
うん、気持ちはとてもわかる。彼女の美貌は癒しだ。あの流れるような黒髪も、触れればきっと滑らかで指先に心地良ーー。
(っていかんいかん。また変な事考えそうになった)
どうも織姫のそばにいると、色々と乱される。精神耐性のある理一でこれなのだから、耐性がない上に童貞でお年頃な雄介には拷問だろう。
またしても余計な考えに苛まれていると、科学技術研究所に到着した。執務殿からは離れた建物に、白衣を着た研究者と見覚えのある医療機器が並んでいる。
「ディオ! ディーオー!」
織姫が声をかけると、「はいはい」と呼ばれて出てきたのは、栗毛色の髪をした白衣の男だった。織姫が紹介した。
「彼は科学技術大臣で、研究所の所長も務めるクラウディオ」
「どーも。なに? また友達増えたのかよ?」
「うん。同郷の余所者なの」
「へぇ。この研究所には日本人も多いから、馴染みやすいと思うぜ。色々聞いてみるといい」
大変気さくなクラウディオは、そう言って日本人の研究者を一人呼んでくれた。それで周りの研究者達も理一達に視線を注ぐ。
「あれ、嘘。秋一様?」
「いや、雪一様だろ?」
「是一様じゃないの?」
「親一様に似てる」
「……」
理一の祖先の名前が並ぶ。この人達も何百年も日本で生きていたようだ。どこか同情するように雄介が呟く。
「ホント、理一さんの家系って血が強いよな」
「言わないで」
やりとりを聞いて織姫がクスクス笑った。
「確かに血が強いのかも。生物学的に淘汰されにくい遺伝子なのかもね。淘汰されにくいということは、それは理一くんの遺伝子が人類として完全に近いから、修正する必要がないということだと思うよ」
物は言い様である。織姫の言葉を素直に受け取れば悪い気はしなかった。そういえば自分は「一応人間」らしいし、その辺りも関係するのかもしれない。
それはそれとして、雄介の検査だ。事情を話すとすぐに雄介の検査を始めてもらえた。採血をして、生化、末血、血型などを調べ、生検をし、MRIを取り、骨髄検査をし、レントゲンを撮り、DNA鑑定をし。
とりあえず全部の結果がすぐに出るわけではないので、結果は後日ということになった。
それにしてもこれだけの医療機器を揃えているのはすごい。おそらくこの国のこの研究所だけだろう。案の定国家機密らしく、このことは内密にと言われた。
「そんなところに、私たちを連れてきてもよろしかったのでしょうか?」
理一の問いかけに、織姫は美しい顔に更に美しい微笑を重ねた。
「いいの。雄介くんも困ってたし、理一くんも雄介くんを帰してあげたいんだよね。私もお手伝いが出来て嬉しい」
不覚にも、織姫の笑顔にドキドキしてしてしまった。高鳴る心臓の音。中々止んでくれない。これはちょっと不味いと思っていると、織姫は寄るところがあるからとどこかへ歩いて行った。
途端に、理一と雄介を疲労感が襲った。
「あのお姫様ヤバくね?」
「ヤバい。色々辛い」
「俺マジ惚れしそう。織姫様のそばに居られるなら、もう日本に帰れなくてもいいかもなんて」
「錯覚だよ。しっかりして」
と言いつつ理一も危ないなと思っていたら、通路の反対側から金髪の男が歩いてきた。その男は理一達に気づくと、相変わらずの営業スマイルを向けて挨拶をした。
「先程は織姫様とご一緒でしたね」
「はい、色々と助力いただいております」
「そうですか。お疲れのようですね」
「いえ。 お気になさらず」
理一達の様子を見て、金髪の男は営業スマイルを更に深くした。
「珍しいことではありませんよ、織姫様の魅了は人間の男性には効果覿面ですから。あなた方のように懊悩するお客様は少なくありません」
「そ、そうですか」
「陛下は意識して魅了を使うので良いのですが、織姫様は無意識に振りまいてしまうので困ったものです。我々同族には効かないのが不幸中の幸いですが」
言いながら金髪の男が歩み寄る。どこか営業スマイルに凄みを感じて、何故か冷や汗が出てきた。
「そうして下衆な妄想を抑えているうちは、許して差し上げます。ですが」
金髪の男が更に歩み寄り、男の腕が突き出される。理一の額には、リボルバー式の大きな銃が突きつけられていた。
そして金髪の男が、相変わらずの凄みのある営業スマイルで、氷の視線を放ちながら理一を見下ろした。
「織姫様は私のものです。手を出せば命はないと覚えておくと良いでしょう」
「は、はぃ……」
銃を突きつけられて脅されるなど初体験で、顔面蒼白になって答えた理一に満足したのか、金髪の男は銃をしまって立ち去って行った。
その後ろ姿を見送って、更に蓄積した疲労のせいで、一気に汗が出た。
「あの人が太政大臣だったんだな……同族に魅了が効かないとか嘘だろ。あの人に一番効いてんじゃねぇか」
「織姫の嘘つき……陛下よりも太政大臣の方が余程怖いじゃないか……」
太政大臣はヤンデレだった。でも太政大臣のおかげで、変な気分は吹き飛んだ。
とりあえず理一の中で、怒らせてはいけない人リストに太政大臣が加えられた。




