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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
ミレニウ・レガテュール連邦
61/115

コミュ障陛下

 吸血姫、織姫に事情を話す。と言っても、雄介が帰りたがっていて、その手がかりになる古代魔法を集めているという話をする。

 すると、織姫はこう言った。


「なぁんだ、そういうこと? 君は日本に帰りたいんだね。それならウチにおいでよ」

「えっ、どうして?」

「お父様か太政大臣に頼んでみる。あの二人、異世界渡りできるから。世界中の神殿巡りなんてしなくても、あの二人がなんとかしてくれるよ」

「えぇっ、本当に!?」

「本当だよ。私達時々フランスやインドやアメリカの友達のところに行ってるもん」


 織姫のありがたい申し出を受けて、全員で雄介に視線を注ぐと、雄介は少し顔を赤くしながら織姫に頭を下げた。


「お願いします。俺を日本に返してください」

「うん。それじゃぁここを出ようか」


 快く返事を返してくれた親切な織姫に、理一は待ったをかける。というのも、ここにある本を読みたかったからだ。だが無駄に時間を使うわけにもいかないので、本を全部異空間コンテナにしまい込んだ。

 それを織姫が面白そうに見ている。


「その本どこに消えてるの? 面白いね」

「織姫は転生者特典みたいなものは?」

「特にないけど、強いて言えば絶世の美少女に生まれ変わったこと?」

「あはは、確かに織姫は美しい」

「でしょ?」


 元々はそこそこの容姿だったらしい織姫。自分が美少女なことはしっかり自覚しているらしい。お茶目なお姫様である。

 身支度が済むと、織姫が手招きする。側によるとみんなも集まるように言われて、織姫が理一の肩に触れた。そして全員が手を繋ぐなりするように言われる。


「なぜ?」

「触ってないと私にはできないの。いいから早く早く」


 よくわからないが言われた通りにする。全員が接触しているのを確認した織姫は、少し悪戯っぽく笑った。


「立ちくらみしないようにね」

「え? ーー!」


 織姫に尋ね返した瞬間、理一の目に飛び込んできたのは、ホワイトハウスに似た巨大な建物だった。その建物をバックにして、織姫が得意そうに形のいい胸を張る。


「ようこそ、ミレニウ・レガテュールの首都、アリストへ」


 どうやらこの吸血姫、瞬間移動的なことができるらしい。何もかもが規格外なお姫様に、理一たちは何度目かわからない驚きに満ちた。


 織姫によると、彼女の力は魔法ではないそうだ。日本にいた頃から使えていたので、本人達は超能力に近いものだと考えているらしい。


「私の力は元素と重力を操るの。これはお父様の系譜の直系だけが持つ固有の能力なんだ。だから私の瞬間移動みたいなのは、量子論に基づく量子観測による再構成なのね。魔力を使ってはいるけど、私達の力はほとんど科学的なものなの」


 魔力を使った物理学の応用が、織姫達の力。なので織姫は中性子爆弾なども作れるらしい。今のところ活用の機会がないので、使う予定はないとのことだ。

 この世界の魔法にも驚いたが、あちらにも元々不思議な存在がいたのだと思うと、つくづく世界というのは広い。


 この国のお姫様である織姫のことは、門兵達は当然知っているようで、理一達も簡単に通してくれた。そしてホワイトハウスに似た建物の正面玄関をくぐる。そこは受付のようなカウンターが並んでいて、その奥にはたくさんの机とたくさんの人がいた。


 門兵も含め、この国の住人は人間以外が大半を占めている。飴色の肌をしたエルフっぽい門兵を筆頭に、猫の獣人やリザードマン、小鬼族ゴブリン大鬼族オーガ小人族ホビット、織姫の同族らしい色白の吸血鬼達が大多数を占めている。

 キョロキョロする理一達に、面白そうにした織姫が説明した。


「驚いた? この国は大半が魔族や獣人族で構成されてるの。人間もいないわけじゃないけれど、私達がこの国を乗っ取るまでは、この国は元々悪魔族が支配していた人種のサラダボウルだったの」

「へぇ……え、乗っ取った?」

「えへへ、お父様が王位を簒奪しちゃったの」


 この国の状況も興味深いが、成り立ちの方がよほど興味深い。その内教えてもらいたい。


「ここは? この人達は、働いている?」

「そう。ここは執務殿。言ってみれば国会議事堂と都庁舎の役割を持つ建物かな」

「なるほど」

「普段、お父様も大臣達もここにいるの」


 織姫に説明を受けながら進んでいくと、一人の男性が声をかけてきた。茶髪に柔和な顔立ちをした男だ。一目で織姫の同族だとわかったのは、彼が黒のスーツを着ていたからだ。


「ジョヴァンニ」

「織姫様、執務殿にお越しとは珍しいですね」

「うん、お父様にお話があって」

「陛下はまだ午前の謁見が済んでおりませんよ」

「んーじゃぁ太政大臣は?」

「陛下が忙しい時に、太政大臣に時間があると?」

「あるわけないか。あの人この国で一番忙しいもんね」


 肩をすくめる織姫に、ジョヴァンニは苦笑した後、理一達に視線を注ぐ。それに気づいた織姫が、ジョヴァンニに理一達を紹介してくれた。


「大迷宮で出会ったんだけど、元日本人の余所者アウトランダーなの。こっちの雄介くんのことで相談があって」


 織姫の言葉を聞いて、ジョヴァンニは困ったように眉を下げる。一応理一達に「内務大臣のジョヴァンニ=マキァヴェッリです」と挨拶はしてくれたものの、ずずいと織姫に詰め寄る。


「織姫? また勝手に後宮を抜け出したの? いい加減怒られても、俺絶対庇ってやらないからね?」

「えーなんで? 助けてよ、お父様怒ると怖いんだから」

「なんでじゃないだろ。逆にこっちがなんでだよ。なんで俺が織姫の代わりに怒られなきゃいけないんだよ。俺だって陛下に怒られるのは御免だよ」

「ケチ」

「ケチじゃない。もう助けないって決めたんだからな。前回は俺置いて自分だけ逃げたの、俺まだ許してないんだぞ」

「あ、あれはぁ、ごめんってぇ。あの後私も怒られたんだからいいじゃん」

「そういう問題じゃないし織姫が怒られるのは当たり前だからね」


 織姫はジョヴァンニに叱られて、唇を尖らせている。どうも普段から城を抜け出すお転婆姫に、ジョヴァンニはとばっちりを食らっているらしい。なんだかんだ言って、いつも織姫を庇って一緒に怒られているのだろう。気の毒なことだ。


 やれやれと疲労した様子で溜息をついたジョヴァンニが、すっと先を促した。


「お客人も王宮でお待ちになると良いでしょう。昼の休憩であれば陛下も太政大臣も時間を取れるかと」

「そうだね、そうしよう」


 促されて、ジョヴァンニの案内で執務殿を抜けて王宮へと招かれた。客室らしい豪華な部屋は、赤いビロウドの絨毯が敷かれて、天井からは大ぶりのシャンデリアが光り、猫足で花柄のカウチが並んでいる。


 腰掛けると飴色のエルフっぽい種族ーーディアリ族ーーのメイドが、お茶を運んできてくれた。お茶受けのお菓子も美味しい。ひさびさに甘いものを食べて感動する。


「さすがは王宮ですね。この世界に来て初めてチョコレートを食べました」

「えへ、ありがと。この国では私達の知識と技術の粋を凝らしているからね。その辺の国家に比べると、産業も生活も水準はかなり高い方だよ」


 聞けばこの国はかなりの大国らしかった。アメリカほどの国土を有しているという。元々は悪魔族がこの辺りを平定して回っていたらしいが、それをまるっと奪い取ったのが現国王。ちなみにその戦争で前世の織姫はウッカリ死んだらしい。


「ウッカリ戦死するとはどういう……」

「私おっちょこちょいなんだよね、あはは」

「……」


 本人には笑い事らしいが、即刻生まれ変わって自分の国葬に列席するのは複雑な気分だったらしい。


 悪魔族の王はかなりの悪政を敷いていたらしく、王位の交代は国民に大歓迎された。群雄割拠を目論む地域もあったらしいが、国王とその眷属である織姫、もう一人の眷属である太政大臣、この国の南半分を総括している副国王がべらぼうに強かったのもあり、反抗勢力は少なく、この国の傘下に収まっているそうだ。


「国王陛下は名君なのでしょうね」

「確かにお父様は優れた王だと思う。産業の発展は目覚ましいし、病院や義務教育も浸透しつつあるから」

「この世界で義務教育を? それは凄いことですね」

「そう思う。でも気をつけて」


 織姫が声を落とし、真剣そのものの表情で言うので、理一達もわずかに緊張する。


「なにをでしょう?」

「お父様は、名君だけど、暴君でもあるの」

「暴君……」

「お父様って昔からすっごいワガママで自己中で沸点低くてすぐキレるの。私も昔は何度も折檻されたし、クライドさん、金座頭取もめっちゃリンチされたし、太政大臣と喧嘩始めたら本気の殺し合いだよ。基本面倒見はいいし分別はあるけど、怒らせたら本当に怖いから、お父様の機嫌を損ねないように、その点だけは気をつけて。お父様の威圧だけで失神する人もいるから」

「わ、わかりました」


 なるほど、国王はクロを人にしたような人物らしい。しかもやり手でべらぼうに強いとのこと。それは確かにこわい。


 そうこうしているとお昼の鐘がなった。どうやらこの国は、この世界に合った時計の開発に成功しているらしい。

 食堂に案内されて織姫の隣に並んで腰掛けて待っていると、ジョヴァンニに連れられて男が二人やってきた。


 一人はジョヴァンニと並んで立っている、金髪に金色の目をした、背の高いイケメンだ。この金髪の男もスーツを着ていた。

 そしてもう一人は、織姫のような波打つ黒髪に緑色の目をした、鳥肌が立つほど美しい顔をした美丈夫。間違いない、この黒髪の男が織姫の父、この国の国王だ。


 三人の入室と同時に立ち上がっていた理一が、恭しく礼を取る。金髪の男は礼を返してくれたが、肝心の国王は一瞥すると、すぐに中央の自分の席に着いた。

 許しがいただけるまでは、発言も着席も控えるしかない。理一達が立ち尽くしていると、チラリと見遣った国王が「座れ」と言ってくれた。めちゃくちゃイケメンボイスだが、腹の底に響くような威圧感がある。無愛想なのも相待って、すでにこわい。


 金髪の男とジョヴァンニも腰掛けて、すぐにメイドが食事を運んでくる。大臣達も一緒に食事するのは珍しいと思うが、彼らにとっては珍しいことでもないようだ。


「陛下、先ほどのオキクサムとゴダールの税率の件ですが」

「現行通りで問題はないはずだ」

「しかし、今年は乾季の暑さが厳しく、労働力の低下に伴って経済水準が低下傾向にあります。例年より熱中症による死者も多いと報告が」

「乾季は水分をとれと言っておけ」

「陛下、水分だけで済む話ではありませんよ」

「冗談だ、わかっている。災害対策本部にまずは当たらせろ」


 食事の席ですぐに仕事の話を始めている。

 国王や大臣達は忙しい。昼休憩の時間だって仕事時間。いささかワーカーホリックぽいが、彼らは普段からこうして仕事の話ばかりしているのだろう。


 しかしこうも仕事の話をされると、こちらが口を挟む隙間もない。織姫も様子を伺っているが、中々隙がないようで困っている。

 そこで助け舟を出してくれたのは、金髪の男だった。


「ところで陛下、織姫様がご友人を紹介したいようですが?」

「またどこぞをほっつき歩いて、訳のわからんものを拾ってきたんだろう」

「お父様? 仮にも娘をバカ犬扱いするのはどうなんです?」

「お前は昔からバカ犬だろう。なんでもかんでも拾ってくるなと言っているだろうが、このバカ犬が」

「ひどーい!」


 確かにひどい。愛娘にもこれなら、部外者にはもっと厳しそうだ。

 案の定、ギロリと国王が理一達を睥睨する。


「で?」


 この国王は絶対にコミュ障だ。この一言だけで、自己紹介と状況説明をしろと言っているのだ。


「申し遅れました。私どもは冒険者黒犬旅団、私は団長の理一と申します。我々は日本出身の余所者アウトランダーでして、織姫様と縁があり招待に預かりました。お忙しい中ご拝謁を賜り……」

「御託はいらん。用件はなんだ」

「失礼しました。我々の仲間の一人が、日本への帰還を希望しておりまして、織姫様より陛下と太政大臣閣下にご相談をと助言を賜りました」


 国王は得心のいった顔をすると、金髪の男を見てくいっと顎でさした。それで金髪の男が営業スマイルで理一に言った。


「私が送りましょう。帰還を望まれるのはどなたですか?」

「お、私です」

「かしこまりました」


 にっこり笑った金髪の男が、席を立って雄介のところに行き、雄介の肩に手を置いた。すると、雄介が黒いもやを残して、ふわりと消えてしまった。


「はい、完了です」


 なんということもないように、金髪の男はまた席に着く。それを理一達は唖然としてみているだけだった。


「えっ」

「え」

「あの」

「ご心配なさらず。東清京に送りましたので、どうにかなるでしょう」

「いや、あの」


 確かに帰して欲しかったし、そうしていただけたことを疑っているわけではなく。いきなり別れが来たことに、理一達は心の準備ができていなかった。


「送っていただいたところ申し訳ありませんが、今すぐですとちょっと」

「なんだ、望む通りにしてやったはずだ。文句があるのか」

「とんでもないことでございます!」


 国王の地を這うような声に、一気に冷や汗が出る。でも頑張って理一は取りすがる。


「実は雄介はこちらに来た時に不死身の体になっておりまして、それを元の体に戻してから送還しようと考えていた次第でして」

「馬鹿者、先に言え」

「申し訳ございません」

「仕方がない、連れもどせ」


 命令を受けると金髪の男が消えて、すぐに雄介を伴って黒いもやとともに現れた。雄介はキョロキョロしていたが、なんだか泣きそうな顔をしていた。


「雄介?」

「本当に帰ってた、俺スカイツリーの下にいた」


 凄すぎて一周回って逆に引いてしまった。とりあえず、この金髪の男にお願いすれば、雄介が帰れるということは証明されたわけだ。その点は良かったのだが。


「で?」


 国王のこの問いは、普通の人間に戻る算段があるのかという意味に解釈する。


「恐れながら、普通の人間に戻る方法は未だ掴めておりません」

「論外だ。出直せ」


 全くもって仰る通りだけれども。国王の言う通り、帰る支度をしてから帰るのが当然なのだけれども。

 国王が厳しいと心の中で嘆いていると、織姫が口を挟んだ。


「もう、お父様の意地悪。ちょっとくらい助けてあげたっていいじゃない」

「構わんが、私が其奴らに構っている間、お前が私の仕事を代行するのか?」

「あっ無理、ごめんなさい」


 織姫はさっと目をそらして即刻折れた。そのかわりに、織姫が助けになるので、代わりに王宮に滞在許可をねだると、それは許してくれた。

 国王は厳しい人だが、織姫の言う通り、面倒見のいい人のようだ。


「ご厚情に感謝いたします。このご恩は必ずおかえしいたします」

「……」


 ついに無視だ。これはきっと照れ隠しなのだろうと思うことにしたが、やっぱりこの国王はコミュ障だと思った。

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