第一村人発見!
マップで確認したところ、現在地はターゲス王国というところの西端とのことだった。衛星もないはずなのに、何が現在地を確認しているのかと、思わず天を仰ぎ見る理一だったが、とりあえずこの道を進んでみようと言うことになった。マップには大きな都市しか示されていないようで、途中にあるはずの小さな町や村を、まず目指そうと言うことになったからだ。
というのも、彼らはこの世界の人間ではなく、身分を証明するようなものが何もない。いくらなんでも大きな町に入るのにフリーパスではないだろう。関所で通行手形やら何やら必要になるはずだ。となると、彼らは大きな都市に立ち寄ろうとした時点で、不審者として逮捕される可能性もある。そして彼らは無一文。通行料も払えない。
というわけで、まずは小さめの町を目指すことにしたのだ。
老いた体に燕尾服を着ていた理一だったが、今のは若い体に薄手で生成りのシャツとズボンという軽装で、随分体が軽い。女性も生成りの薄手のワンピースという軽装で、同じように和装と比べたら随分と身軽そうだった。
軽い足取りで地面むき出しの土の上を歩く。ひたすら続くその道は、いくら進んでも人っ子一人いないし、町も見えてこない。国境に近いはずだから、人の往来がもっとあっても良さそうなものだが、こんなものなのだろうかと考えながら歩いていた。
しばらくすると、道が二股に分かれていた。右は広い道。左は細い道。広い道は大きな町に繋がっていそうだから避けたいが、これほど人がいないとなると、細い道の先に町や村があるかも怪しくなってくる。かといって来て早々捕まりたくもない。
どうしようかと5人は立ちすくんで悩んでいた。すると、不意に右側の木立がガサリと音を立てた。道の右側にはちょっとした木立があって、そんなところからガサガサやってくるのが、人間だと楽観的にはなれなかった。ちょっとした獣ならまだ良いが、この世界には魔物という生き物もいる。
警戒した安吾が抜刀して前に立ち、木立をこちらへやってくる相手を睨みつける。パキパキと小枝を折りながら道に現れたのは、顔中に髭を生やした、斧を持った小柄なおじさんだった。やっと人間に出会えた感動で、やはり警戒を崩さない安吾の背後から、4人は喜色ばんだ声を上げた。
「第一村人発見!」
発見された第一村人である、その木こりっぽいおじさんは、早速面倒臭そうな雰囲気を感じ取ったのか、理一たちを無視して、背を向けて木立の中に戻っていった。
完全無視を決め込もうとするおじさんに、お願い待って怪しいものじゃないからと必死に縋り付いて、なんとか聞く耳を持ってもらえた。
やっぱり面倒臭そうに斧を肩に担ぐそのおじさんは、ゴードンと名乗った。ゴードンは本当に胡乱げにこちらをみている。
「なんでぇお前ら。旅人か?」
「そうです。でも、お金が尽きてしまって、町にも入れなければ稼ぐ手段もなく途方に暮れていたんです。何か知恵を貸してもらえませんか?」
「まぁ、盗賊には見えねぇもんな。でもお前ら、あっちから来たってことはウィルシャー王国から来たのか? こんな時期にこの国に?」
「え、えーっと…」
隣国の名前までは見ていなかったから、素直にそうですと答えて正解かもわからなかった。それに、この時期にこの国に来るのは、そんなに非常識なのか。それとも何かが起きているのか。その情報を知らないということが、どれだけまずい事なのかもわからない。
マゴマゴしているのを見て、ゴードンはしばらく睨んでいたが、ふと理一に尋ねた。
「お前ら、もしかして余所者か?」
「はい?」
「つってもわからんよな。余所者っていうのは、この世界に時々落ちてくる、別の世界の人間のことを、こっちじゃ余所者っていうんだ」
「えっ、他にもいるんですか!」
「つーこた、お前らは余所者なんだな。なるほど、そりゃ露頭に迷うのも納得だ」
どうやら、世界のバランスが崩れかけているせいで、世界の出入り口の建てつけも悪くガタガタで、その隙間からこぼれ落ちることもあれば、似たような世界から迷い込んでくる人間もいるらしい。この辺は、この設定もバランスもガタガタの、この世界特有のアクシデントだろう。
そういう人間が過去にも何人もいるらしかった。かといって、全員がそのことを理解しているわけでもなく、余所者対策に町や国家が寛容になっているわけでもなく。
「ではなぜ、ゴードンさんはそんなに詳しいのですか?」
「実は、俺の祖父さんが余所者でよ。もう死んじまったが、ガキの頃に色々聞かされたもんさ」
なんとゴードンの祖父がそうだったらしい。
「爺さんも苦労したらしくてな、もし余所者に出会ったら親切にしてやれって、口を酸っぱくして言われたもんだ。ついてこいよ、俺んところに連れてってやらぁ」
そう言ったゴードンは立ち上がって、笑顔で理一たちに右手を振って合図をした。それに理一たちは笑顔で顔を見合わせて、ゴードンの後に続いた。
最初に出会った人間が、余所者を祖父に持つ人間だなんて、こんなに幸運なことはないだろう。これはおそらく、ギフトの項目にあった女神の祝福の恩恵だ。
(女神様、ありがとうございます!)
理一達は心から感謝しながら、小さくもたくましいゴードンの背中を追いかけるのだった。