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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
セーファ大迷宮
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セーファ大迷宮 谷底の死闘

「あっ、理一! みんな、理一が起きたよ!」


 聞こえてきたのは園生の声。ぼんやりしていた意識がはっきりしてきて、自分がまた倒れていたことに気がついた。


 ここ最近普通の訓練では気絶しなくなっていた。だが、ここは大迷宮。普通の訓練どころではない魔力を消費するのだ。街中にいる時点でも、森にでも入って魔法を使う訓練をしておくべきだった。

 今更そんなことを後悔しても遅いのだが、ここを出られたらそうしようと決めた。


 少し体を動かしてみる。菊が治癒魔法をかけてくれたのか、調子は良好。自分の体内の魔力を探ってみると、大迷宮に入る前よりも大幅に増えている。

 どのくらい寝ていたのかと問えば、砂時計を3回返したと返事が来た。以前は5回くらいだったはずなので、回復力も上がっているのだろう。


 色々考えたが、とりあえず心配して覗き込んでくる面々に謝罪をした。


「心配かけてごめん。ガーゴイルが相手で、最初から全力だったものでね。流石に魔力を使い果たしてしまった」

「それは仕方がないわ」

「そうだよぅ、生きててよかったぁ」

「自分も安心しました」


 そう言ってくれる仲間達の向こうで、クロは難しい顔をしていた。


「確かにリヒトはよくやったが、今回はお前の失策だ」

「おい、クロ」


 鉄舟が嗜めるが、クロは意に介さず続ける。


「お前の失策のせいで、我々は分断され危機に陥った。わしらもおつるがいなければ危なかったし、ユースケもアンゴの機転がなければ魔物の餌になっていた」

「……そうだね、申し訳ない」

「そしてリヒト自身も死んでもおかしくない状況だった。此度の旅は急ぐ旅だ。だが命が散っては笑い話にもならん。焦燥は死を招く。心せよ」


 クロの言う通り、焦っていたのかもしれない。早く雄介を帰したくて、慎重を置き去りにしていた。クロの話を聞いて思うところがあったのか、雄介が口を挟んだ。


「ごめん、俺のせいだよな。確かに俺は日本に帰りたいけど、アンタ達が死ぬのだけは絶対にダメだ。急いで帰りたいとは言わない。だから、無茶をしないでくれ」

「ありがとう。でも君のせいじゃない。急ごうと思ったのは僕の意思だ。今回のことは僕の責任だ。雄介、みんな本当に、すまなかった」


 理一の謝罪になんと反応したらいいのかわからず、みんなは顔を見合わせて困っている。そこに先に元気を取り戻していたらしいおつるがやってきて、両手をワサワサ動かした。


「リヒト、ナニガアッタ」

「!?」


 聞いたことのない、幼稚な幼女のような声。その声は確かにおつるから聞こえた。


「今の、おつるかい?」

「オツル、セイチョウ!」


 驚いたことに、この戦いを経ておつるも成長したらしい。安吾が即座に鑑定していた。



 ■おつる オツル


 種族:シャドウウィドウ

 LV:13

 ジョブ:契約獣 仕立て屋

 スキル:蜘蛛の糸 針金 魔力操作 闇属性

 ギフト:人語


 仲間を助けようとしたからだろうか。ギフトまで獲得している。ブラックウィドウだったはずがシャドウウィドウに進化していた。

 また、鑑定によって個体情報が出てくるのは、おつるが契約獣になったからなのかもしれない。


 それはそうと、おつるの質問に答えていなかった。今は状況も落ち着いているし、理一が谷底に落ちてからの話をすることにした。




 谷底でガーゴイルと対決することになった理一。猛烈な炎の攻撃が四方八方から襲いかかってきて、序盤から苦戦した。


 炎を避けようとした先は、高温に溶けた岩盤が溶岩と化していて、退路を断たれた。魔法を使おうと考えたが、この火力量のなかで水魔法を使用すれば、水蒸気爆発の可能性もあった。

 そこで理一は迫り来る炎に風魔法をぶつけた。空気中の酸素を奪う魔法だ。酸素がなくなれば理一も苦しいが、炎が燃えることはできない。

 そう考えて実行したが、炎の勢いは全く治らずに襲いかかった。


 仕方なく土壁で防御して、大きく跳躍して距離をとった。

 以前からおかしいと思っていたが、この世界は質量保存の法則が適用されない。特に、魔法においては完全に無視される。

 水のないところ、火のないところにも生み出すことができる。その質量のエネルギーは魔力が補完しているのだ。

 だから、その魔法によって発生した質量に対しては、質量保存の法則は適用外。

 魔法で自然にある物質を消しても無駄だ。魔法には魔法で対処しなければならないのだ。


 今更ながら、この世界のトンデモ仕様に気付かされたが、今はそれどころではない。距離をとっている間に考えるべきなのは、ガーゴイルをどう倒すか。


 ガーゴイルは一見すると土属性のようだが、火属性でもあるようだ。属性が多いのは厄介だが、苦手とする属性も相対的に増えると言うことでもある。

 土には風を、火には水を。最初にラズに教わったことだ。


 考えている間にも、ガーゴイルは飛翔して理一を追いかけてきた。飛べると言うのはとんでもないアドバンテージだ。理一はただでさえ歩きにくい岩場を走らなければならないのに、あちらには地理的な不利がほぼないといえる。


 上空から放たれる火炎放射に、理一は堪らず水魔法で反撃する。うまくレジストできたようだが、想定した通り水蒸気で視界が悪い。水蒸気爆発も美味しくないわけだが、理一はびしょ濡れになったガーゴイルと水蒸気を見て思いついた。


 気化熱を圧縮し熱交換によって気温を下げる術式、それに水矢の魔法を複合。それによって生み出されるのは、氷の矢。

 一斉に撃ち込まれる氷の矢はガーゴイルにも効いたが、深手には至らない。


 ガーゴイルが放ってくる炎の熱を利用して、更に温度を下げて氷の砲弾を放つと、それが片翼に穴を開けた。これは上手くいったと手応えを感じたものの、この魔法は思いつきで作ったせいか消費魔力が大きかった。

 もう少し術式を考えなければならない。


 翼をやられてバランスを崩したガーゴイルに、ここぞとばかりに光陰や光鏡、水槍など思いつく限りの魔法をぶち込んで距離をとった。

 これでやられてくれていたら嬉しいが、世の中は甘くない。ガーゴイルは地面に落ちてもなお立ち上がり、その殺意は一層増幅したように見える。


 地面に落ちたならこれ幸いと、理一は砂渦の魔法を使うが、ガーゴイルは一旦飲み込まれそうになるものの、翼で砂を叩き、力尽くで出てきた。


 飛び出した弾みにガーゴイルの目が光り、その光の筋が理一の手を掠った。

 その瞬間理一の手は激痛に苛まれる。見ると、光が当たっていたであろう左手の肘から下が、石化していた。


「ぐっ、冗談じゃないぞ!」


 自分の体の一部が石になるなど、堪え難いことだ。治癒魔法ですぐに回復はしたが、これをマトモに食らったらまずい。

 理一は更に距離を取りつつ、常に光鏡を自分の側に張り巡らせることにした。これなら石化ビームを反射してくれると信じて。


 再度ガーゴイルが反射ビームを放つ。それは光鏡によって反射することができた。ガーゴイルの体に反射した光が当たったが、ガーゴイルは元々石の体だから効かないようだ。少し残念に思いつつも、理一も反撃を試みる。


 ガーゴイルの足元に、風化の魔法を展開する。ついでに追尾の術式も追記しておく。風化の魔法によって、ガーゴイルの体は徐々に風化し砂になっていく。

 暴れながらガーゴイルの放った炎が理一に直撃し、理一は炎に巻かれて転がる。なんとか水魔法で消火するが、炎の乱撃によって周囲は炎熱地獄と化した。


 このままでは焼き殺されると、周囲の気温を下げて土魔法で溶けた岩壁を埋める。それでも全身の皮膚が、熱傷によって爛れていた。


 全身に走る激しい痛みに耐えながら、理一は更に新たな風魔法を発動する。

 嵐風の魔法によって、更に風化が加速していく。そして巻き上げられた砂と水蒸気の衝突によって電気エネルギーが発生し、火山雷に似た紫色の雷撃がガーゴイルに降りかかった。


 理一もついでに雷の一撃を食らってしまったが、ガーゴイルも両翼を失い、ついに満身創痍と言った様子だった。

 激しい炎による熱傷、電撃の衝撃、転んだ弾みで爛れた皮膚に刺さる土砂が激痛を煽る。魔力ももう限界が見えている。


 お互いに、これが最後。次の一撃で、どちらかが死ぬ。


 十二分に相互の殺意が充実した瞬間、安吾達がやってきたと言うわけである。






「本当に死ぬかと思ったよ。みんなが来てくれてよかった。正直な話、あれでガーゴイルに勝てても僕は倒れていたわけだから、そのまま5分も放置していたら他の魔物に殺されていたわけだからね」

「確かにそうですね、間に合ってよかったです」


 逃げられなかったから戦うしかなかったわけだが、それでも戦って勝てたのは理一の自信になった。

 誰も欠けずに谷底に着けた。それは今回はラッキーだっただけだが、みんな休んだし元気も出た。


「さぁ、神殿を目指そうか」


 理一が促すと、一同も元気よく頷いた。






 ゴーゴーと先陣を切っていく男どもを見ながら、女子達はぼんやりとその背中を見た。


「なんかぁ、逞しくなったねぇ」

「本当ね。安吾は最初から強かったけれど、鉄舟も理一も精悍になったわ」

「私足手纏いじゃないかなぁ?」

「ソナコトナイ。ソノウイナキャ、ミンナゲンキナイ。クロイナイ」

「おつるの言う通りよ。あなたのサポートがなければ、旅自体出来ているか怪しいものよ。普段理一は自分が甲斐性なしって嘆いてるじゃない? 大体理一を基準に考えちゃダメよ。あの人“一応人間”なんだから」

「あっ、そうだった……」


 普段は甲斐性なしでも戦闘では主力。戦闘では主力になれなくても、生活の大黒柱。役割は大事。

 それぞれにできることをすればいい。それが仲間なのだと、菊と園生とおつるも前を向いて進んだ。

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