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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
セーファ大迷宮
58/115

セーファ大迷宮 合流

 時間を少し遡って。

 安吾はパリデスに跨り、連れ去られた雄介を追いかけていた。恐らく捕食するために巣に持ち帰っただとか、そんなところだろう。

 四肢欠損しても不死身の雄介は、魔物にとってはエンドレス食料である。もしかしたら魔物界で雄介は有名人になっているのかもしれない、などとどうでもいいことを考えながら、安吾は時々パリデスを叩いてスピードを上げさせた。


 馬扱いされているパリデスは不満そうだが、安吾に殴られるのは本当に痛いようで、これが済んで解放されるのならと素直に従うことにしたらしい。

 ぐんぐん速度を上げて、雄介を咥えたパリデスに追いついた。この時点であの断崖からは数キロ離れてしまっているが、致し方ない。谷に沿って飛んでいる分マシだ。


 安吾を乗せたパリデスが、雄介を咥えたパリデスに追いついた。雄介は腹部を咥えられて、手足が宙ぶらりんになっているのでマトモに反撃もできない様だったが、安吾の姿が目に入ると元気を取り戻した。


「安吾さん!」

「バカ、呼ぶなよ」


 こっそり討ち取ろうと思っていたのに台無しである。案の定雄介を咥えていたパリデスが気づいて、ぐんっと急角度で上昇した。そのまま一回転して安吾の方が背後を取られ、体当たりされた。安吾を乗せていたパリデスはそれをマトモに食らって体勢を崩す。

 その横っ面に追い打ちをかける様に、パリデスが翼を羽ばたいて、青銅の羽の矢が打たれた。


 咄嗟に安吾がその矢を弾き返すが、数本はこちらのパリデスに刺さった様で、安吾に殴られて折れた心を更に折られたのか、滞空しながら少しずつ後退しようとしていた。恐らくこのパリデスよりも、あちらのパリデスの方が上なのだろう。


 先輩が怖くて逆らいたくないけれども、乗せている人間もおっかなくて、どうしたらいいのかわからない哀れなパリデス。流石に安吾も可哀想になってきたので、刺さっている羽の矢を抜いて、あちらのパリデスに投げ返した。


 ほとんど弾丸の様な速度で打ち込まれた羽矢は、パリデスの右目に命中。痛みに口を開いたはずみで、雄介が落下し始めた。それを追いかける様に安吾もパリデスの背中から飛び降りた。

 去り際安吾はパリデスの頭を撫でた。


「助かった」


 背中の違和感が消えたパリデスは、雄介を追いかけて落ちていく安吾と、目の痛みに悶える同族を交互に見て、人間には関わらない様にしようと固く誓った。



 さて、雄介を奪還したのは良かったが、この自由落下状態はよろしくない。地面に衝突したら死ぬ自信がある。

 どうせならあのパリデスが地上まで運んでくれれば楽なのだが、安吾はどうやってこの谷を降りようかという話をしていた時に思いついたことがあって、それを試してみたくなったのだ。


 とりあえずスカイダイビングの要領で、体を真っ直ぐにして雄介に急速接近し捕まえる。雄介の腕を掴んで体を大きく開かせると、空気抵抗で落下速度が減少。

 ようやく合流できて雄介も安吾もホッとした表情を浮かべる。


「どーすんの!? あばばば」


 風の音で聞き取りにくいので、雄介は大声だ。口を開いた雄介は、風が口に入ってアバアバ言っているので、安吾は口を開くのをやめた。


 安吾は無言で異空間コンテナに手を突っ込んで、おつるに作ってもらったロープを取り出した。

 おつるの糸は、細い糸でもテグス以上の強度をすでに持っていた。それを撚り合わせて作ったロープはかなり頑丈で、ワイヤー並みの強度がある。

 そのワイヤーの先にアンカーをつけていいた。安吾はそのアンカーを壁に向かって投げ込んだ。


 打ち込まれたアンカーが壁に引っかかり、ワイヤーに引っ張られた二人は壁に衝突した。雄介は肋骨も椎骨もバキバキにやられたようで悶絶しているが、安吾は足の筋力を一気に増大して、なんとかしのいだ。それでも膝が痺れたが自制内だ。


 おまけの衝撃で肩を脱臼したらしい雄介を小脇に抱えなおした安吾は、ワイヤーを握る手を少し緩めて、スルスルと降りていく。

 二十メートル程降りるとロープの先がなくなって、その頃には雄介も回復していた。なので、雄介に自分にしがみつく様に言い、雄介がその通りにすると、空いた左手で反対の壁にもう一度アンカーを打ち込み、右手を離した。

 離れた直後落下の速度とワイヤーの円周に沿って、反対の壁に到着する。今度は雄介もちゃんと着地できた。

 安吾が何をしているのか理解したらしい雄介は、子どものようにキラキラした目で安吾を見る。


「すげぇな、これって」

「スパ」

「立体機動じゃん!」

「そうだ」


 いい歳こいてスパイ○ーマンごっこしようとしていたが、それを言うのはやめた。立体機動というのを安吾は知らなかったが、雄介に漫画の知識だと教えてもらった。


「安吾さんたちは漫画とか読まないだろうけど、俺らの世代って、漫画とかゲームとかたくさんあるから。ある意味こういう世界での知識はあるかもしれねぇ」

「なるほど。それは参考になるかもしれないな」


 雄介の漫画知識は後でゆっくり教えてもらうことにして。安吾達は落下に加えて前方への距離も稼ぎながら、立体機動で降下を続けた。

 時々戦闘も挟んだが、両手がフリーな雄介が頑張って殴り倒してくれたので助かった。だがパリデスなどの様に、中距離遠距離攻撃してくる敵には苦戦した。

 二人とも近接戦闘型なので、遠距離型の魔法使いが居ないのはつらい。心の底から理一が恋しい。


「ウチの元王様は大丈夫か?」

「理一さんはすでに高等な魔法使いだから、魔法を駆使できていれば大丈夫だと思うが」


 大丈夫だと思いたいが、不安は拭えない。襲ってきたパリデスにアンカーを刺して、安吾が力任せに振り回して壁に叩きつけるという戦法でなんとか倒した後、二人は谷底に急いだ。


 次の一本でおつるのワイヤーが底をつく。これでなるべく移動距離を稼いで、あとは壁を蹴って降りるしかない。そう考えてアンカーを投げようとしたところで、ようやく地面が見えてきた。この分ならこの一本を使ったあとは、地面にそのまま着地しても問題ない。

 そう判断した時に、大きな地響きと瓦礫が崩れる様な音が鳴り響いた。


「なっ、なんだ!?」

「わからんが、急ぐぞ」


 風を切りながら飛んで、ロープを離して二十メートルほど下の地面に着地した時、安吾と雄介にもうもうとした土埃が降りかかった。

 目と口と鼻を塞いで、その土埃が収まるのを待つ。肌を撫でる砂の感触が落ち着いたのを見計らって、そっと目を開けた。


 暗くてよく見えないが、何か大きな塊が五百メートル程先に見えた。二人は岩陰に隠れながら、その巨大な影に少しずつ忍び寄る。

 すると、「ウオォォォ!」という咆哮と共に、巨大な影が吹き飛んだ。またも二人に岩石が降り注ぐ。


「なんだよアレ」

「わからんが、ロクなものじゃないのは確かだ」


 警戒した安吾と雄介は身体強化を十全に施し、油断なくその巨大な影と周囲の様子を観察する。そして安吾が魔力感知と索敵を使って、その巨大な影を観察して気づいた。

 気づいた安吾が警戒を解いて岩陰から出てしまったので、雄介は驚きつつも安吾を追いかける。


「おい、安吾さん!?」

「よく見ろ」

「え?」


 瓦礫を吹き飛ばして出てきた、巨大な黒い毛並みの犬のそばには、パタパタと服の埃を払う男と、蜘蛛を抱っこする女と、ゼーゼーと息を荒げた女。犬が早速気づいた。


「アンゴ、ユースケ。無事だったか」

「ああ、クロ達も息災で何よりだ」

「うむ。おつるもよく頑張ったぞ」


 クロ達もなんとか谷底に到着した様だった。菊が抱いていたおつるは、糸を出し切って疲れて倒れてしまった様だった。危うく岩に飲まれて圧死寸前だったが、菊が風壁で守ってくれたらしい。

 菊からおつるを受け取る。おつるはとても頑張ってくれた様だし、自分達もおつるの糸に助けられた。


 おつるを労わるように撫でたあと、おつるをクロの背中に乗せた。クロの背中は魔法とクロに守られた、世界一安全な場所である。ここならおつるもゆっくり休めるだろう。


 合流できて人心地ついたところで、状況を確認。


「理一さんは?」

「あたし達は今来たばかりでみていないわ。安吾も見ていないのね」

「ええ。ここがあの断崖の真下なら、この近辺にいるはずなのですが」

「おかしいわね」

「魔力の痕跡を探ってみます」


 安吾が魔力感知を使うと、すぐに周囲に見覚えのある虹色の魔力が映った。それは移動しているようで、谷底から上に行ったり壁を蹴ったりしている様子だ。移動しているということは、谷底に落ちて死んだわけではない。だが普通に移動するなら、こんな跡を残すことはない。これは戦いの痕跡だ。


「急ぎましょう!」


 安吾の先導で、理一の魔力を追いかける。安吾達が来た方から逆方向へとしばらく走っていくと、徐々に周囲が熱気を帯びてきたのがわかった。周囲の壁が赤熱化して、肌を焼く高温を放っている。


「リヒトは強敵と戦っている。急ぐぞ」

「うん!」


 灼熱の谷底に耐えながら、一団は速度を上げる。その時、激しい閃光が谷底を照らして、腹に響くような轟音が轟いた。

 耳をつんざくようなその音が静まり、一瞬足を止めた安吾達が走り出す。前方に見えてきたのは、翼を失った大きな魔物と、焼けてボロボロになった理一が辛うじて立っていた。


「理一さん!」

「来るな!」


 直ぐに駆け寄ろうとした安吾を、理一が振り向かずに牽制した。理一はボロボロだが、魔物もボロボロだ。自分達が加勢した方がいいはずなのに、それでも来るなという。それは安吾では足手まといになりかねないからだと察して、安吾は引き下がる。

 代わりにクロが躍り出て理一の側に立った。


「ガーゴイルか。一人でよく耐えた」


 クロが咆哮に乗せて衝撃波を放つと、ガーゴイルの鉱物の体がひび割れた。その足元に理一が魔法陣を展開する。

 その限定された空間内の空気が圧縮されていき、理一がそれを解放すると、圧縮された空気が一気に膨張、爆発した。その衝撃でヒビの入っていたガーゴイルの体が、崩れるように瓦解していった。

 ガーゴイルを倒したのを見届けた瞬間に、魔力切れを起こした理一の意識は暗転した。


 ほとんど一人でBランクの魔物を倒してしまった理一に周りは唖然としていたが、すぐに鉄舟が壁に横穴を作ると、その中に理一を連れて、彼らはようやく体を休めたのだった。

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