セーファ大迷宮 断崖の団結
菊と鉄舟と園生とクロとおつるが超頑張ります。
園生、クロ、鉄舟で一斉に魔法を打ち込み、菊が「団結のポルカ」を歌う。菊が歌っている間は、このメンバーの能力が僅かながら上昇する。そして菊は歌いながらも、無詠唱で薙刀に風魔法を纏って、魔物にお見舞いしてみせた。
「相変わらず器用なもんだ!」
「菊は間違いなく魔法使いの次席だねぇ」
「キクは魔法剣士にもなれるな」
仲間からの賞賛は嬉しいが、今は喜んでいる場合でもないだろう。一通り魔法をお見舞いした後、菊達はすぐさま洞窟内に退避する。それを魔物達が追いかけてくるが、狭い洞窟内に飛行できる魔物は機動力を著しく削がれて、一体ずつ仕留める事が可能だった。
魔物達はある程度追いかけてきたが、深追いすることは危険だと察した様で、途中からは追っ手がかからなくなった。
それで一応一息つく。
問題は、これからどうするかだ。理一と安吾と雄介を追いかけて、自分たちも谷底に身を投じるか。それとも、順当に下層を目指すべきなのか。
下に行くという事のみを目的にするなら、谷底に向かうべきだろうが、自分たちが降りていって無事でいられる自信はない。
かといって、この大迷宮を下層に向かったところで、あの谷底に到着するのにどれほど時間がかかるのか。もし理一達が待っていたとして、彼らはまともに食料も持っていないのだから、数日しか待てないだろう。
「参ったわ。どう考えても、あの断崖に戻るしかないわ」
「だな。問題は、どうやって降りるかってことに尽きるが」
「鉄舟の最初の案はぁ、やっぱり無理そぅ?」
「ありゃ理一がいる前提の案だ。俺一人じゃ無理」
「そうだろうな。わしらの中でここから飛び降りて、無事でいられるのはわしだけであろうし」
「そうよね。後はエレベーターを作るくらいかしら」
「む、エレベーターとはなんだ」
クロが尋ねて、鉄舟と園生も不思議そうにしたので、菊は自分の考えを伝えた。
菊が考えた方法はこうだ。まず、この谷の幅に合うくらいの土台を土魔法で作る。それを菊とクロの風魔法でコントロールしながら、谷底まで落とすと言うものだ。
当然谷の幅も一定ではないのだから、途中で引っかかったりこすったりする。そこは鉄舟が調整する必要がある。落下速度の調整もかなりの魔力と集中を要するだろう。
「だから、空中からの攻撃に対する防御は、園生任せになるけれど。どうかしら?」
みんなで一頻り考えたが、それ以上の案は出なかったので、一か八かの勝負に出ることにした。
再び断崖に向かう。魔物達は散開している様でいなかった事が少しの救いだった。早速鉄舟が周囲の断崖を削って作った、四角錐を逆さまにした様な土台に飛び乗る。土台は完成した瞬間から、谷底への落下を始めた。
落下を始めるとすぐに断崖に接触して右側に傾き始めたのを、鉄舟が土台を削って調整し、菊とクロが風魔法の風量を調整して戻していく。
菊とクロが少しでも気を緩めると、一気呵成に落下する。二人はこれまでにない集中を余儀なくされた。それは鉄舟も同じ事で、どこかが接触した瞬間には、土台の成形を瞬時に行う必要があった。
全く余裕のない3人に追い打ちをかける様に、土台の横から蜂型の魔物が飛び上がってきた。
滅多にない主力を任された園生は、泡を食って水刃の魔法を行使し、蜂の魔物を両断していく。しかし素早い蜂、キラービーは水刃を掻い潜って鉄舟に毒針を突き立てようとする。
狭い範囲での攻撃は回避されると考えて、園生は水矢の魔法を10本放った。その内の6本が命中し、キラービーが落下していった。
園生が活躍してくれているので、この分ならなんとかなりそうだ。菊がそう胸をなでおろした時だった。青銅の怪鳥パリデスが6体舞い上がってきた。
その金属の羽毛は、園生の水の刃も矢も貫通する事ができなかった。
「嘘、効かない!」
園生がパニックに陥る。水魔法が効かない。木魔法も植物がないので使えない。菊がコントロールを預かって、クロが助太刀するしかない。下手をすればひっくり返って落下するリスクもあるが、可能性に賭けるしかなかった。
そうなると菊も魔力を使い果たして、墜落する事は火を見るより明らかだったが、他に打つ手もないと諦めかけた時だった。
突然ピタリとパリデスが動きを止めた。それは自発的に動作を止めたと言うより、強制的に抑制された様な状態だった。
6体のパリデスが、空中に貼り付けにされた様に留まっている。
何が起きたのかと周囲を観察すると、スタッとおつるが土台に飛び降りて「どうだ」と言わんばかりにポーズしている。見ると、空中にキラリと光糸が、縦横無尽に張り巡らされていて、パリデスはその糸に雁字搦めに絡め取られていた。
「ナイスよおつる!」
「おつるちゃん、ありがとうぅ!」
倒せずとも動きを止められただけで十分だ。園生がおつるに今日はご馳走だと言うと、おつるは喜んでステップを踏んでいた。
なんとか虫系の魔物は園生が撃退しつつ、鉄舟と菊とクロの魔法で、時速40キロほどで下降していく。強い魔物さえ出て来なければ、このままなんとかなりそうだ。
とはいえ、菊も鉄舟も園生も、そろそろ魔力の限界を迎えそうになっている。
「あぁもう、早く谷底に着いて!」
「踏ん張れ菊! オラ魔石やっから、これ使え!」
「ありがとう鉄舟!」
鉄舟が回収していた魔石を投げよこしてくれた。それを魔力の補助に使用して、なんとか園生と菊も魔力の消費を抑える事ができた。それでも、魔力の残量が少ないことには変わらない。
(下に強敵がいないといいのだけれど……)
菊が不安に駆られてそう考えた時、断崖の幅が急に狭くなり、土台が大きく揺れる。どうやら谷底に近づいて、狭まっている様だ。
一層慎重になって魔力を注ぐ。慎重に、バランスよく魔力をコントロールするのは、至難の技だった。
自分も魔力操作や魔力のコントロールを、なぜ理一ほど訓練していなかったのだろう。そう悔やまずにはいられない。菊は確かに器用だが、この魔法の行使のさなか、いくらか無駄にした部分は確実にあったのだ。
そしてこの局面になって、それが顕著になる。
「きゃっ」
「キク、気を抜くでない!」
「わかってるわ!」
「鉄舟も出し惜しみしている場合ではないぞ!」
「わかってら!」
振動で園生が転がり、クロが菊と鉄舟を叱咤する。しかし、途中で大岩でもあったのか、大きく左に土台が傾く。
不味い。角度は既に三十度を超えた。この角度から風魔法で持ちこたえるのは困難を極める。足場が滑る。立っていられない。左側に滑り落ちる。
このままでは土台もろとも谷底に落下して、土台の土に巻き込まれて圧死する。本当に、出し惜しみしている場合ではない。
鉄舟が空中に放り出された、それを菊がすぐに追いすがって鉄舟の腕を掴んだ。即座にクロが園生を咥えて、菊の元に飛んだ。
空中に放り出された3人と1匹。菊とクロで風魔法を周囲に纏わせる。それでも地面が見えないほどの高度。どうなるか分からない。
そこに糸が飛んだ。風に乗せた糸がキラリキラリと谷に橋をかけていく。その糸を操る、猫ほどの大きさの蜘蛛。
おつるの掛けた糸が、かけた端から落下する岩に崩される。それでもおつるは糸をかけ続けた。正十二角形の蜘蛛の巣を、何重にも、何十層にもかけていく。
岩と、風魔法に防御された菊達が、無情にもその蜘蛛の巣を貫通していく。それでも、徐々にそのスピードは落ちていく。
地面が見えてきた。その頃には糸を出し切ったおつるが、力なくぽとりと地面に落ちたのがみえた。そのおつるの上に、巨岩がおつるの柔らかい胴体を押し潰さんと迫っている。
「おつる!」
菊が悲痛な声を上げておつるの名前を呼んだ時、菊達の目の前には硬い地面と、最後の蜘蛛の巣が菊達の到着を待っていた。




