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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
セーファ大迷宮
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セーファ大迷宮 断崖の失敗

 眠れぬ夜は君のせい。


 理一はそう脳内変換する。そう変換したら、どこか詩的でロマンスすらも感じた。

 だが現実はそうはいかない。


「鉄舟に続いて理一さんまで倒れて、自分達はハラハラし通しでした」

「理一が戦力外だったから、あたし怖くて眠れなかったのよ!」

「気絶するまで修行するのはぁ、街中にいる時だけって約束だったじゃないのぉ」


 頼られているのは喜ばしい事であるが、その責任を負っていながらも、責任を度外視した行動をとった理一が悪い。

 言い訳をするならば、最近になって自分の魔力量がよくわからなくなっていたからだが、そんなことは言い訳にもならない。


 理一が戦力外だったせいで、安吾達は防御と警戒のためにほとんど寝ることもできなかったのだ。これでは今日の活動やパフォーマンスに支障をきたす可能性がある。


「本当にごめん。次からは注意する」


 素直に謝罪して、みんなに治癒魔法をかけた。




 ゴーレム地獄の階層を抜けて、洞窟の道を行く。今度は分岐などもなく、登ったり下ったりしながら、左右に曲がりくねっている。お陰で方向感覚はさっぱりだ。

 どれほど歩いたかは分からないが、突然視界が開けて道が途切れた。


 洞窟を抜けたそこは、断崖絶壁だった。反対側も断崖絶壁でこちらと10m程離れていて、深い谷になっている。大峡谷を思い出したらしい雄介が「こっから飛び降りたらショートカットできる」などと血迷ったことを言い出した。そんなことをして生き残れるのは雄介だけである。


「死ななければいいというものじゃないだろう?」

「はっ……、俺、どうかしてた」


 自分で自分が信じられない様子の雄介。彼のトラウマも中々根深いようだ。慰めるように安吾が雄介の肩を叩いていた。


 しかし、雄介の言うことは一理ある。目的の神殿は、多分最下層にあると踏んでいる。ならば少しでも下に降りれるなら降りた方がいい。


 とはいえ、その方法が中々思い浮かばない。


 ただでさえ断崖絶壁。そして理一の索敵には、この峡谷の中を魔物が飛び交っている。のんびりボルダリングなどしていたら、すぐに魔物に見つかって攻撃されるだろう。


「空を飛ぶ魔法があればよかったのに」

「風魔法でもそのような魔法はないからな」


 菊とクロがそう零して溜息をつく。みんな考えることは同じだ。

 同じように考え込んでいた鉄舟が、ポンと手を叩いた。


「自分をどうにかするよりもよ、この断崖に道を作っちまえばいいんじゃねぇか?」


 鉄舟の提案を受けて、全員で断崖を覗き込む。


 この、どこまで続いているのかも全くわからない断崖絶壁に、下に到着するまで無理のない勾配をつけた道を、そこそこの道幅で作ると言う。

 いったいどれほどの魔力を消費することになるのか、想像もつかない土木工事に、菊達が一斉に鉄舟に詰め寄った。


「本気で言ってる?」

「ないわー、それはマジでないわー」

「また倒れる気ですか?」

「鉄舟て実はマゾなのぉ?」


 みんなに詰め寄られて鉄舟は不貞腐れてしまった。確かに悪い案ではないが、現実的とは言えない。

 それに、断崖絶壁に沿った細い道など、魔物達に襲ってくださいと言っているようなものだ。


 なるべく安全に降りることができて、魔物にもそんなに怯えずに済む方法。

 断崖、深い谷、飛行する魔物、愉快な仲間達。

 考えて、閃いた。


 理一の提案を受けて、菊がすぅっと息を吸い込んで歌い始める。


 菊が歌うのは、誘惑のヴォカリーズ。


 菊の歌声に誘われてやってきた魔物達が、理一達の前に滞空する。言い出しっぺの理一がまず、青銅の翼、嘴を持った、馬ほどもある大きな怪鳥パリデスに飛び乗った。

 パリデスは激しく身じろぎして、理一はあえなく振り落とされる。


「えっ」

「あっ」


 一部始終を見ていた仲間達は呆然とし、うっかり菊も歌が途切れた。その瞬間、正気を取り戻した魔物達が敵意を向けてきた。


 理一が谷に落ちた。もしかしたら理一のことだから生きている可能性もゼロではないが、ほとんどゼロに近い。

 かといって、助けにいく余裕はなさそうだ。しかし、放っておけるわけもない。


「俺行ってくるから!」

「自分も行ってきます!」


 すぐさま雄介と安吾が崖下に飛び降りていった。雄介は大丈夫だろうが、安吾は大丈夫なのだろうか。

 心配になったが、人の心配をしている場合でもなかった。


 わざわざ呼び寄せてしまった、空飛ぶ魔物が数十体。残ったのは菊と園生、鉄舟とクロとおつる。

 狭い洞窟の出口に、クロを含めたら一人立つのがやっと。足を踏み外せば谷底真っ逆さま。


 知らぬうち、菊の額を冷や汗が流れる。睡眠不足で判断力が鈍ったのかと、悔し紛れに苦笑した。


「理一の言葉を信じたあたしがバカだったわ。あたしったらまだ寝惚けているのかしら」

「そりゃアイツも間違うことくらいあるだろ」

「死んだ人の悪口言っちゃだめぇ」

「主人、まだ死んだと決まったわけではなかろう」


 クロに同調して、園生に抗議のジェスチャーをするおつる。

 この一連の無駄口で少々焦りの治った菊が、すぅっと息を吸い込む。それと同時に、襲いかかってきた魔物に対して、鉄舟と園生とクロが同時に魔法を放った。






 その頃、自由落下する雄介を、安吾が壁を蹴ったり魔物を踏み台にしたりして落下速度を落としながらも追いかけていた。

 時々安吾はスピードを殺す必要があるので、重力に従ってどんどん加速していく雄介に追いつけない。


「雄介もう少しスピードを落とせ!」

「安吾さんはゆっくりでいいよ!」


 雄介はそう言うが、そう言うわけにもいかないだろうと安吾も覚悟を決めた、その時だった。


「雄介っ!」

「ぐぇっ!」


 青銅の怪鳥パリデスが、落下中の雄介をすくい上げるように咥えた。数百キロで落下中の雄介を捕獲できるあたり、パリデスも高速飛行が可能な魔物なのだろう。

 パリデスは雄介を咥えたまま、そのまま谷に沿って飛んだ。


「わぁぁ! 安吾さんヘルプミィイィ!!」

「どうしろってんだバカ雄介!」


 別行動したらこうなるかもしれないと思ったからスピードを落とせと言ったのに。それを今更言っても意味がない。

 御誂え向きに、もう1匹パリデスがやってきて、安吾を捕まえようとしたので、嘴に手をかけてグルンと体を回転させて、そのままパリデスの首に乗った。


 パリデスは嫌がるが、安吾はパリデスの頭をぶん殴った。

 パリデスはなおも嫌がるので、もう一発ぶん殴る。


「俺の言うことを聞け」


 パリデスは安吾を上目遣いに睨んでいる。だからまたぶん殴る。

 ついにパリデスは涙目になった。


「さっきの奴を追いかけろ!」

「クェ……」

「さっさと行け!」


 またぶん殴られて、とうとうパリデスは泣きながら、雄介を連れ去ったパリデスを追いかけ始めた。





 その頃。



 風の魔法で上昇気流を発生させながらスピードを殺して、なんとか谷底に着地できた理一。


「死ぬかと思ったよ。あー……どうしよう」


 上を見るが、真っ暗で何も見えない。よほど深い谷のようだ。

 みんなもその内降りてくるかもしれないし、ここで待つのがいいかもしれない。せっかく降りたのに、また登るのも勿体無い。


「なんだかんだで、雄介の案に乗っかっておくのが良かったかもしれないな」


 今更そんなことを思ったが、過ぎたことは仕方がない。一人なのは少し、いや大分不安だが、どうにかやり過ごすしかない。



 何故かこの谷底は生臭い。生物が腐敗する一歩手前の様な、嫌な臭いだ。袖口で鼻を覆いながら周囲を確認する。

 見える範囲に魔物の気配はない。上にはいるが、結構距離がある様だ。みんなが谷底に来るのには、相当の時間がかかりそうだし、この辺を少し探索しておこうと考えた。


 そう思って右手に歩き出した理一に影がさした。目の前に現れたのは、2トン車程の大きさもある、石の怪物。

 索敵には反応がなかった。と言うことは、気配感知を遮断できる魔物だ。きっと強い魔物に違いない、理一が警戒して足に身体強化をかけた時には、石の怪物の口から炎の息吹が放たれる。

 それを跳躍で躱して飛び退ると、理一のいた場所の岩石が赤熱化して溶け出した。


 これはかなり強力な魔物だろう。敵を知るために鑑定した理一だったが、鑑定してみて後悔した。

 まさか、逢魔の森で「強すぎるから」という理由で討伐を諦めたガーゴイルと、理一が単身で戦う羽目になるとは。


 朝から説教されたり、作戦を間違えたり、今日は反省続きの1日だ。

 何をやってもダメな日というのはあるが、それはきっと今日なのだろう。


 ガーゴイルが理一の周囲一帯を燃やし尽くす。溶岩と化した高温の汚泥が理一を飲み込まんと襲いかかる。高温が肌を焼く、逃げた先にも炎の息吹が襲いかかる。

 みんなが谷底に来るのを待っている間に、自分が先に死んでしまいそうだ。


「あれ? これって実は、ピンチかも」


 理一はようやく、自分の状況に気がついた。


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