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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
セーファ大迷宮
53/115

恒例行事

「異世界転移とかしたら小説や漫画みたいに、チートでハーレムでとか妄想はしたけど、妄想は妄想でしかなかった」


とは雄介の言である。ハーレムという点では、菊と園生に孫のように可愛がられるというある意味ハーレムを味わえているが、「いやそういうんじゃなくて」とガッカリした様子だ。

なにより雄介をがっかりさせているのが、どうも魔法の適性が低いらしいということだ。雄介も無属性のようだが、安吾のように全く使えないわけではない。だが、生活魔法の域を出ない。


ならば安吾のように鍛えて天然無双を目指そうと、安吾に相談してみる。雄介は武器なども何もなく、今までの人生でも持った事はないらしい。そんな雄介に持たせるならどんな武器がいいだろうかと聞いたのだが、安吾は腕組みをした。


「私の経験上、戦闘に関わらない人間は、武器を持つべきでは無いと思います」

「この世界は戦いの連続じゃないか」

「今はそうですが、雄介は日本に帰ります。自分の経験上、一度武器を携帯し始めると、武器が手元にないと不安で寝ることも出来なくなります。法治国家である日本で、その生活をするのは現実的とは思えません」

「なるほどね」


日本に帰った時のことを考えると、この世界で余計な習慣を身につけるのは良くない。雄介は少し残念がっていたが、銃刀法違反で捕まりたくはないと納得して引き下がった。

というわけで、旅の道中、雄介は安吾や鉄舟、時々クロとも格闘技で戦う練習をしている。


「自分や鉄舟と組手しているときはそうでもないんですが、クロを相手にすると雄介の動きが鋭くなるんです。大峡谷のトラウマでしょうね」


安吾に言われてみていると、確かにクロを相手にしているときは必死さも動きも違った。死に物狂いで大峡谷からの脱出に成功したのだから、雄介の魔物に対する敵愾心というのは、理一達のそれを大きく逸脱していた。


理一達は素材の確保も考えて、魔物を確実かつ最小限の損傷で仕留めていたが、雄介は執拗なまでにタコ殴りにしていた。最初は止めていたが、雄介も辛そうにしていたので、落ち着くまで見守ることにした。



昼間はなるべく距離を稼げるように全力で走って、夕方から野営の準備をして、園生のご飯に舌鼓を打って、夜は見張りをしながら交代で眠って。そうして過ごす内に、少しずつ雄介の精神状態も安定してきた様子だった。

理一が夜番をしているときに、雄介が起きてきて隣に座った。


「眠れない?」

「そういうわけじゃねーけど、なんか目が覚めた」


ぱちっと薪が小さく爆ぜるのを見たあと、雄介は空を見上げた。今日も満点の星空だ。


「日本にいたときは、こんな空は見たことがなかったな。でもこっちには月がないのか?」

「そうだよ」

「今初めて気がついた」

「そんな余裕がなかった?」

「そーだな」


雄介は星空を見上げて、理一は薪をくべる。ぱちぱちという音と、風に撫でられた森のざわめきや、獣の声が遠くに聞こえる。


「俺さ、結構必死で受験勉強してて」

「うん」

「だから、お母さんとか友達がさ、気分転換とかいって誘ってくるの、すげぇ嫌だったんだ。邪魔すんなっていつもキレてた。ホントに余裕がなかった」

「そうか」

「でもさ、俺こっちきて、真っ暗でずっと1人で、時間もわかんねぇし、自分が生きてるのか死んでるのかもわかんねぇし」

「辛かったね」

「ん……自覚なかったけど、辛かったんだと思う。自分の周りに人がいて、話ができて、飯が食えるってすげぇことなんだなぁって。俺、今ちゃんと生きてるんだって」

「人は、自分を写す鏡と言うからね」

「ホントだな。生きてるって実感するのって、人がいなきゃできないんだよな。だから早く、お母さんとお父さんと、ねーちゃんに会いたい」

「雄介はそう願って自分で行動してるから、きっと会える」

「そうかな」

「そうだよ」

「うん、そうだな」


思春期の少年なんて、誰でも少なからず反抗期はあって、家族に八つ当たりするのだって当たり前だ。だが雄介は普通はしない経験をして、少し大人になった。少し大人になって帰ってきた雄介を、きっと家族は泣いて歓迎するだろう。

今はまだ帰れる目処も根拠もないが、帰れると信じて今はただ進もう。決意を新たにした理一達は、セーファ遺跡まであと2日の距離に来ていた。





天嶮クロスト山の麓から丘陵地帯を領地に有しているクリンダ王国。山岳地帯にあるために決して豊かとは言えず、クロスト山から降りてくる魔物の脅威にも晒されている厳しい土地。元は西側の裾野の平原にも領地が広がっていたが、戦争中に飢饉が起きて敗戦し、領土を奪われたまま奪還できずにいる。

なので、隣接する西側のトキソ王国とは緊張状態であり、砦によって築かれた国境の警備は非常に厳しい。


元々色白差別の根強いこの世界の価値観に、この国の状況も相まって、理一達は通行を拒否されてしまった。理一達はそれに頭を悩ませたのだが、それに我慢ならなかったのが雄介とクロだった。


「なぁもう面倒くせぇ、押し通ろうぜ?」

「そうだ。此奴らなどわしが蹴散らしてくれる」


イライラしたクロが威嚇したせいで、近くにいた旅人達がまとめて気絶した。クリンダの砦兵もガタガタ震えながら槍を構えている。

少し考えて、理一はいつも通りの爽やか営業スマイルで、単身兵士たちの前に歩みを進めた。


「貴様! それ以上近寄るな!」

「申し訳ありません、うちの契約獣は気が短いもので。私は危害を加えるつもりはありません」

「色白の分際で、よくもぬけぬけと!」

「おっと」


怒りと興奮と恐怖とで、砦兵達が槍を突き出してきたのをバックステップで避けて、着地したときに光壁を張った。足元に展開した魔法陣から、淡い光が理一を包み込んで、砦の上から放たれた矢が弾かれる。

無詠唱で即座に魔法を展開した理一に、砦兵の驚愕と警戒は一層濃くなり、応援を呼ばれて更に兵士の数が増える。


「私たちに攻撃の意思はありません。ただこの国を通過して、クロスト山に行きたいだけです」

「構え、放て!」


全く聞く耳を持ってくれない砦兵達は、一斉に理一に向かって射撃を始めた。いよいよ面倒なことになり、理一は白目を剥きそうになるのをこらえて、中空に炎幕の魔法を張る。降ってきていた矢が燃え尽きて灰になり、熱気による上昇気流で勢いを失った鏃がポトポトと地面に落ちた。そのいくつかは、近くに佇んでいた旅人や商人のすぐそばにも落ちた。


「なにをするんだ! 娘に当たるところじゃないか!」

「もうちっと考えて撃てや!」


危うく怪我をさせられるところだったと、周りの人が口々に兵士に文句を言う。流石に無害な市民を攻撃したとあっては、兵士も不味いと気づいたらしい。理一は動揺を見逃さなかった。


「国境警備を厳重にすることは、護国防衛の為には重大であるということは理解できます。ですが、何の罪もない一般市民を攻撃することは、貴国においても犯罪となり得るはずです。国境を通過しようとするのですから、ここにいる人間には外国籍の人も多いでしょう。これは外交問題になりかねませんよ」

「うむ、責任者を呼んでもらおうか」


理一の言葉に同調したのは、馬車から降りてきた恰幅のいい男だった。いかにも大商人と言ったその男が出てきたことで、国境を預かる兵士たちは大慌てで上官を呼びに行った。

結局はその商人が話を通してくれて、理一を含め全員が身元を改められた後通過することができた。


「ありがとうございます。あなた口添えのおかげで国境を通過できました」

「構わんよ」

「よろしければお名前をお聞かせください」

「ワシはライナー=セリン。セリン商会の頭目だ」

「私達は黒犬旅団で……」

「なにっ! 黒犬旅団!?」


唐突にライナーは食いついてきた。虚をつかれた理一に気づいてか気付かずか、ライナーは興奮した様子で続けた。


「ピオグリタで話題になっていた、あの眼鏡を発明した!?」

「え? ええ」

「是非、是非眼鏡をうちの商会にも卸してくれんか!?」


さすがは商人、情報は掴んでいたようだ。すぐに鉄舟を呼ぶと商談話に移っていったので、理一達は先に宿を取ることにした。

宿に向かっている途中に、雄介がボソリと言った。


「この世界は外国旅行もままならねぇな。いつもこんな感じ?」

「まぁね、いつもこんなかんじだよ」

「あんたも大変だな」

「慣れたよ」


どこか同情的な視線を向ける雄介と安吾と子グモと共に、理一は溜息をつきながら宿を目指すのだった。



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