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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
インスリーノ辺境伯領レオザイミの町
51/115

雄介との出会い

理一は、この世界では死を身近に感じる。恐らく人口構成はピラミッド型。栄えている街だとそうでもないが、田舎に行けば行くほど高齢者を見かけない。見る限り50代前後が寿命だ。驚くほど子どもが多く、反面妊産婦死亡率、新生児死亡率、乳幼児死亡率は極めて高い。

お金のある人は、医師に見せたり、お布施を払って教会の治癒魔法師に見せる。お金のない家の人は、流れに任せるしかない。田舎の方はそもそも医師も教会もない。ひどい地域では、感染症の患者を集めて隔離して殺害する地域すらある。


冒険者の生命や安全も保証されない。森の中で亡くなった人は、そのまま森に還る。たまたま通りかかった親切な誰かが、遺留品を冒険者協会に届けでもしない限り、「帰ってこないけど死んだのかな?」ぐらいの感覚で放置される。

少なくとも理一達は、遺留品を届けるような親切をしているのを、自分たち以外に見たことはなかった。だから、それをしている少年を見つけたときに、つい声をかけてしまった。


「君、は…」


その少年は、ごく薄い金髪、というよりほとんど白髪をしていた。ほっそりしていて背格好は理一と近い。そして、顔立ちも理一達に近いそれだった。話しかけて言葉が切れた理一に、その少年も驚いた表情をした。


「あんたの顔、見たことがある。日本人だよな?」

「ここではなんだ、場所を移せるかい?」

「ああ、いいぜ」


理一と少年は冒険者協会をでて、少年が宿泊している宿“猫の手亭”の1階にある食堂に腰を落ち着けた。少年は名前を六月一日雄介くさかゆうすけと言った。


「あんたは?」

「理一」

「…」

「…」


雄介は少しの間理一をじっと見て、少し悩んで小声で言った。


「…触れない方がいいか?」

「そうしてくれるとうれしいね。僕はただの理一だ」

「わかった」


雄介は頭も良く節度のある少年らしい。少しホッとした理一は、雄介と色々な話をした。話し相手に飢えていたのか、雄介は色々と自分のことを話してくれた。


雄介は最近こちらに来たそうだ。なんでも、受験勉強の息抜きに夜中にコンビニに向かっていたら、突然足元に魔法陣が出現し、その中に引きずり込まれたそうだ。気がついたらこちらの世界に来ていた。

雄介がいたのは逢魔の森の中にある、アクトー大峡谷。アクトー大峡谷は底の見えない巨大な谷で、はるか昔に発生した地割れの跡だ。大峡谷の中には鍾乳洞などの洞窟が広がっており、そこには強力な魔物がひしめいてダンジョン化している、非常に危険な場所だ。

雄介は突然そんな場所に飛ばされて、死に物狂いで生き残ったそうだ。


「真っ暗で何も見えねぇし、来てソッコー殺されかけるし、多分俺は最初の時は発狂しかけてたと思う。初めて魔物倒して食った時は、生肉のままだったから不味かったけど、飢え死にしなくて済んだと思って、安心して泣いちまったよ、はは」

「いきなりその環境では無理もないよ。随分大変な思いをしたね」

「まぁな。大峡谷を出て初めて気づいた。俺は髪なんか染めたことなかったのに、白髪になってんだもんな。確かにそれほどストレスだったし、必死だった」


真っ暗闇の中で魔物と戦って、獣のように魔物の肉を貪った。そうして何とか生き抜いて、強い魔物を倒せるようになって雄介はようやく安心した。そうして、どうにか脱出しようとさまよっていたら、大峡谷の奥に神殿を見つけたそうだ。

その神殿には魔物などもいなかった。誰もいなかった。ただ、最奥部の祭壇のある部屋は、壁も床も一面に文字が刻まれていた。そこに刻まれていた文字は日本語の古文だったそうだ。雄介はなんとかそれを解読した。


「さすがは受験生だね」

「感心するところはそこじゃないだろ? 日本語があることに俺は超驚いたんだぞ」

「確かに。神殿には何が書いてあったんだい?」

「要約すると、この世界の神は他の世界から無理やり魂を引っ張ってきて世界の均衡を図るような真似をする悪神だから、倒すべきだってこと」

「なるほど」


神殺し。どこかで聞いたような話だ。もしかすると「頭のおかしい色白」達が神殺しを謳っているのは、神殿を作った日本人の子孫や関係者なのかもしれない。


「雄介はそれを見てどうした?」

「無視した。確かに腹は立つけど、俺はそんなことよりも家に帰る方法を知りたいから」


理一達は死んでいるし、女神から説明を受けて、納得してこちらにきた。だが、訳もわからずこちらに引きずり込まれた雄介が、家に帰りたいと願うのは当然だ。雄介は受験生だし、将来も家族も友達もある。


「帰るために神殺しが必要ならそうする。でも、必要ないならしない。理一はどうやってこっちに来た? 帰る方法に心当たりは?」

「僕は死んでからこちらに来たからね。悪いけどもう日本には帰れないし、帰る方法も知らないんだ」


理一がそう答えると、雄介は驚いたようで目を見開いた。


「…死んだのか?」

「君がそれを知らないということは、君は僕が来るより前にこちらに来たんだろうね」

「そう、だろうな。あんたが死んだなんて一大事、知らないってことはそうだ」


ふぅと息を吐いて、雄介は椅子の背にもたれた。


「そっか、日本は年号も変わったんだろうな。こっちに来てどれくらい経ったのかもわかんねぇけど、早く戻りたい。じゃねーと、戻っても居場所がなくなる」

「そのヒントになるようなことは、神殿にはなかった?」

「いや、1個あった」


おもむろに雄介が腕を差し出した。薄汚れたパーカーの袖から覗いた腕の表面は、キンっと虹色を放つ透明な鱗に姿を変える。触ってみると硬い質感がする。


「金剛竜とでも言うのか? ダイヤみたいな鱗をした、すっげぇ硬ぇ竜を殺して食ったんだ。神殿で古代魔法を手に入れた後にな。そうしたら、食った魔物の能力が身につくようになった」

「飽食の悪魔?」

「知ってるのか?」


理一は園生とクロが禁忌のレベルを上げて、飽食の悪魔を獲得したことを伝えた。禁忌という概念がある事を雄介は知らなかった。理一達もこの世界の人たちに、その概念が浸透しているのかを確認したことはない。しかし聞いたことはなかった。


「神殿には大災害で失われた古代魔法だって書かれてたんだ。他にも6個あるらしい。古代魔法ならぶっ飛んだ魔法もありそうだし、元の世界に帰れる可能性はあると思うんだ。でも、多分今のこの世界の奴らは知らない。あんたらに禁忌として備わってるのは、転生者特典なんだろうけど、もし俺に禁忌があったとしても、その全部のレベルをカンストさせるのは難しい」

「うん、それに時間もかかると思う。手に入れるなら他の神殿を回った方が早いと僕も思う」


理一が言って、雄介が頷いた。


「なぁ、あんた達さえ良ければなんだけど、俺の神殿巡りに付き合ってくれねぇか? 一人で回るのは相当…」

「もちろんいいよ」

「早えぇよ。まだ言い終わってねぇし」

「あはは、ごめん。いいんだ、僕らの目的はこの世界を旅することだし、それが君の助けになるなら協力するよ」


ちょっと呆れたようだったが、雄介は肩を落として笑っていた。

もちろん理一の言ったことは嘘ではなかったが、理一には少し気にかかる点があった。


神殿を作った日本人は、神が魂を引っ張ってきていると主張していた。確かに理一達はそのためにこちらにきた。

だが、理一達には女神はお願いしてきたし、あの地震で相当数の死者が出たのだから、これ幸いと多数の日本人をこちらに呼び込めたはずだ。なのに、呼ばれたのは理一達だけ。


大体、そう言う方法を取れるなら今までの災害時も世界中から多くの人間を呼び込めたはずだし、わざわざコンビニに行く途中の受験生を拉致する必要はない。


次に、雄介は魔法陣に引きずり込まれたと言っていたが、理一達はそんなものを見た覚えはない。あの女神なら魔法陣など使わずとも、チョチョイのチョイで送迎できた。雄介を呼んだのは女神ではない可能性がある。


そして、神を殺す武器となりうる古代魔法、禁忌を、女神が理一達に持たせている。もしかすると女神は、神に匹敵する何者かの打倒を期待しているのではないか?


それに、頭のおかしい色白達。彼らもよそからこちらに拉致されてきた人間ならば、雄介のように帰る方法を模索すればいいのに、神を倒す方に躍起になっている。神を倒せば帰れると言うのなら理解できなくはないが、それはいささか不自然ではないか? こちらに連れてきた者を殺した後、どうやって帰る?


そもそも、拉致された色白達は帰る気があるのか? 神を殺してどうする?



考えれば考えるほど混乱する。何もかもが憶測の域を出ない。しかし、当面の目的だけははっきりした。

雄介を元の世界に還す。その為に、古代魔法を手に入れる旅に出ることに決めた。

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