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黒犬旅団の異世界旅行記  作者: 時任雪緒
インスリーノ辺境伯領レオザイミの町
48/115

逢魔の森と女の戦い

逢魔の森は、思っていたのと少し違った。名前と範囲からして人外魔境かと思っていたが、少なくとも森の入り口付近はそれなりに整備されていた。森に来るのは冒険者だけでなく狩人などもいるし、薬草群生地などはハンター立入制限になっているし、森の入り口には冒険者向けの露店まで出ていた。


下はFランクからいて中々の人数を森の中でも見かけた。薬草や木の皮を剥いでいる人もいれば、ウサギなどを仕留めている人もいた。森自体はありきたりな森だが、所々にやたら太い幹の巨木があった。昔から手付かずというわけではないにしても、自然を破壊されるほどのことはないのだろう。


冒険者は原則自己責任だ。流れ矢に当たろうが、魔物に返り討ちにされようが、登録した時点で自己責任。流石に意図的に殺人を犯すのはダメだが、冒険者協会は原則冒険者の生命や安全を保障しない。仮にする気があってもできないからだ。だから冒険者となるには相応の覚悟が必要で、簡単だからと薬草採取ばかりこなしていても、いきなり動物や魔物に襲われて負傷するリスクはあるので同じだ。


というようなことを、キノコ狩りをしていたら魔物に襲われたという30代の夫婦を助けて思い出した。たまたま理一達が通りかかったときに、その夫婦はウサギに襲われていた。何度か理一達も食したことのあるウサギだ。

たかがウサギと静観していたが、どうやらそうではなかったようで、ご主人の方がかなり苦戦していたので加勢に入ったのだ。


「助かりました。ファイトウサギは俺たちでは中々…」


夫婦がペコペコとお礼を言う。その傍にあるウサギは、理一達の知っているウサギより2回りくらい大きく、黒い体毛に覆われていて、短い毛の下にも筋肉隆々なのが見て取れる。確かにこのウサギは、ウサギならではの脚力に乗せて中々の力で殴りかかって来るので、そこそこ慣らした人間でないと苦労しそうではあった。

原則魔物は仕留めた人間のものである。サクッとシメて頂戴した。


夫婦に別れを告げて森の奥へ向かう。アラクネのいる浄賢の滝は、入り口から北東に350kmほど向かった奥地にある。徒歩で向かうと相当の時間を要するので、園生と鉄舟はクロに乗り、理一達は走って向かった。

平坦な道と違って、木々に進路を邪魔される森の中では、十分にスピードを出すことは困難だった。朝日とともに出発したが、それでも滝の水音が聞こえるような場所に到着した頃には、太陽が中点からかなり傾いていた。


クロが昼食の時間をだいぶ過ぎていると言うので、おそらく14時か15時くらいだろう。流石にみんなお腹が空いたので、休憩にする。

予定通り川沿いの滝の上流の方に出て、少し歩くとひらけた場所があったので、そこに腰を落ち着けた。そこで昼休憩にして、園生のご飯に舌鼓を打つ。


今日のお昼ご飯はパスタだった。川エビとネギのトマトソースパスタに、ふわふわの白い丸パン。牛肉のソテーに、さっき捕獲したファイトウサギの肉も焼いてもらった。そうしてもぐもぐ食べていると、思い出したように園生が言った。


「そういえば、昨夜クロと一緒にステータスの確認をしたのぉ」

「へぇ、変わったことがあった?」

「うん、いっぱいあったのぉ」


そう言いながら園生がヘルプを開いて、プロフィール画面をみんなに見えるように開示した。


■四谷園生 ソノウ=ヨツヤ


種族:人間

LV:28

ジョブ: 管理栄養士 調理師 華道家 四谷流宗家家元 人間国宝 飽食の悪魔

スキル:健康体 回復再生 豊穣 水属性 木属性 悪食 料理 天歩 縮地 豪腕 風刃 投擲 テレパシー 毒耐性 麻痺耐性 暗闇耐性 魔力操作 即死耐性 ドレイン 撹乱 陽炎 酸矢 狙撃 酸耐性

ギフト:女神の祝福 言語干渉 異空間コンテナ 鑑定 リミッター(オフ)

禁忌:暴食 10→飽食の悪魔



「ね?」

「ねっていうか…なにこれ」


園生のスキルが信じられないくらいに増えているし、禁忌の暴食などレベルが上限に達して飽食の悪魔などとあだ名されている。


「クロも飽食の悪魔って言うのになってたの。いつの間になったのかはわからないんだけどね、飽食の悪魔って食べた相手の能力を取り込んじゃうみたいなの」

「と言うことは園生のスキルの増加は、魔物の肉を食べた影響ということかな?」

「多分そうなんだろうねぇ」



なんだろうか、その無敵そうな奴は。禁忌の到達点のようだから、利点ばかりでもなさそうだが、食べればスキルが手に入るなどと、これはとんでもない。

全員同じことを考えていたのだろう、渋ヅラを作って園生を見る。


「園生もクロもズルいわ」

「食って栄養になるって、お前はどんだけ摂理に恭順してんだ」

「羨ましいです」


園生としては菊達の言い分には困り果てたものだったが、理一が「園生はこちらに来るときにもっと美味しいものをたくさん食べたいと言っていたから、その結果だろう」とフォローを入れたのが功を奏した様子だった。


「うん?」


ふと、安吾が呟いた。彼に視線を向けると、安吾は自分の右肩を見ていた。安吾の肩には、男性の掌より大きなサイズの黒い蜘蛛が乗っていた。それに気づいた女性陣と理一はピシリと固まり、鉄舟は青褪める。安吾はというと、ワキワキと手を動かす蜘蛛を見つめていた。


その蜘蛛はたくさんの足を使って、一生懸命ハンドサインで訴えているようだった。安吾の手にするパンを指差し、自分を指差し、わっさわっさ手を振る。


「なんだ、パンを食べたいのか?」


安吾の問いかけに、蜘蛛が小さな頭をブンブン縦に振る。それで安吾がパンを一口大にちぎって渡すと、蜘蛛はそれを食べ始めた。美味しいのか、安吾の肩の上でステップを踏んでいる。それに気を良くした安吾が、パンにパスタソースをつけたものをちぎって渡す、それに蜘蛛が狂喜乱舞する。

もれなく全員その様子に引いていたが、安吾は気に入ったのか蜘蛛を餌付けしていた。


少しすると安吾は蜘蛛を森に返していたので、それを見届けて昼休憩を終わらせた。いよいよ目的地だ。今回の目標は蜘蛛の魔物のようだし、今の蜘蛛で免疫が出来ていればいいなぁなどと考えながら、理一達は下流へ向かった。



ドドドと滝の音が滝壺に響いている。比較的細めの川から流れ落ちる滝は、幾度か岩に叩きつけられて約200m下の滝壺に落ちる。この川から滝に放り出されたら、まず命はないだろう。滝などが割と好きだった理一は、嬉々として滝と滝壺を覗き込んでいた。


すると、滝の奥になにかがキラリと光った。太陽光を反射するそれは、いく筋もの光。その光を追っていた理一の前に、滝から飛び上がってきた者が着地した。

それは、水色の肌に青い髪をした美しい女、そう形容できるのは上半身だけで、下半身は黒い蜘蛛の形をしている。胴体からも6本の蜘蛛の腕が伸びていて、それは瞬時に周囲に糸を張り巡らした。


アラクネが出たと気づいて、理一達はすぐに陣形を取る。前衛に菊と安吾、次に鉄舟と園生とクロ、光栄に理一。相手が蜘蛛なら火魔法が効くだろうかと考えて魔法を発動しようとしたところで、理一の鼻腔を甘い香りが刺激した。その香りを嗅いだ直後から、知らず高揚する。


露払いとばかりに、菊は風刃の魔法を放つ。それを切り裂いたのは、アラクネの前に回った安吾だった。動揺する菊の前に、どこか虚ろな目をした安吾、鉄舟が構える。


「ちょっと貴方達…なんのつもりよ…」

「多分、魅了かなにかの…魔法だ…僕と、クロは、まだ…抗えるけど…」


検索には男は特に注意と書いてあった。そして、安吾と鉄舟がこちらに敵対する姿勢を見せたことから、アラクネのなんらかの能力であることがうかがえる。理一とクロがそれに支配されていないのは、おそらく精神耐性があるからだ。そして女性に効果がないということならば、異性限定の魅了のような能力だろう。

少し理一が辛そうにしているのに気づいたのか、園生と菊が顔を見合わせて頷いた。


「大丈夫よ、理一。あたしたちがあのバカ達を正気に返してあげる」

「理一は無理しないで離れててねぇ」

「…力になれなくて…ごめん」


とてもではないが、今の理一は力になれそうになかった。アラクネを倒したいのに、アラクネを守りたくて仕方がない。アラクネの強烈な魅了を、自分の意思で抑えつけるのに精一杯で、とてもではないが魔法を使える状況にない。

万が一、菊達を自分が邪魔する状況になってはならない。そう考えて理一とクロはその場から離れた。少しでもアラクネの効果の範囲から出るために。


それを見送って、菊と園生は正面に視線を戻す。自分たちに剣の切っ先を向ける安吾、鉈を掲げる鉄舟。アラクネと巣に留まっている無数の蜘蛛。

勝てるだろうか。自身の力量に十全の自信があるわけではない。それを悟ったのか、アラクネが嘲笑するように笑う。それをみて、二人の瞳に怒りの炎が灯った。


「なんか今、あたし達バカにされた?」

「あの蜘蛛女ムカつくねぇ。食べちゃう?」

「嫌よ、不味そうじゃない」

「私は食べちゃおうかなぁ。魅了なんて絶対重宝するもん」

「まさに悪食ね」


安吾が腰を落としたのを見て、菊が冷や汗をかきながら光壁を展開する。魔物も実力もわからない上に、あの天然無双の安吾と武器マニアの鉄舟相手に勝てる自信はない。それでも、彼女達はその矜持にかけて魔力を練った。


「園生、足止めできる?」

「私も捕まえるのは得意だよぉ」

「お願い。その間に、あの2人の眼を覚ますわ。あんな蜘蛛に操られているなんて、流石に可哀想だもの」

「うん、同感。なんかムカつく」


菊と園生の、女のプライドをかけた戦いが始まった。



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